第2章 女だらけで身がもたない

第19話 みんなの平和を守りたい

 4月10日、午前8時15分。


 俺がこの『兎毬トマリ王国』で警察官モドキの仕事を始めて5日が過ぎた。

 「警察がひまなのは街が平和な証拠だ」とはよく言ったもので、元々人の少ない『兎毬トマリ王国』ではほとんど何も起こらない。

 いずれ俺が本当の警察官になった時には本物の交番でこうして街の平和を見守る日がやって来るのだろうが、流石にここまで何も起こらないという事は無いだろう。

 だとすれば、果たしてこれは未来のための練習となっているのだろうか。

 それとも、普通の警察官では経験できない貴重な時間と思って前向きに考えるべきだろうか。

 ゆっくりと流れていく平穏な時間の中で、何度同じ事を考えただろうか。

 だが、その平穏な時間も間もなく一時中断を余儀なくされる。

 そろそろ『奴ら』がここを通る時間だからだ。


「おっはよー、カケヤーン!」


「おはようございます、岡尾オカオさん」


「ああ、おはよう」


 金髪ツインテールの関西弁チビ、橘井キツイ 杏奈アンナ

 真面目で大人しい農業少女、瀬久原セクハラ 紗羽サワ

 どちらも16歳の高校2年生だ。

 数日前に春休みが終わり、二人とも毎朝この時間にここを通るようになった。

 どうせひまをもて余しているだけの俺にとってはこれも大切な『地域住民との交流』の時間と言えるだろう。


「カケヤン巡査!事件であります!」


「何だ?」


「サワリンが、サワリンが不良少女になってしまいました!」


紗羽サワが?」


 不良という言葉が全く似合わない紗羽サワが何かしたというのだろうか。

 当の紗羽サワ本人は「え?」という戸惑いの表情を浮かべている。


「見てください!これを!!」


 そう言いながら杏奈アンナ紗羽サワのスカートを勢いよくめくり上げる。


「きゃあっ!?」


 ピンク色の可愛らしい下着があらわになり、そしてすぐに紗羽サワの両手によって隠される。


「何やってんだお前は!!」


「見ましたか、カケヤン巡査!なんとサワリンが熊さんプリントのお子様パンツを卒業してもうたんです!!この女、お子様パンツを卒業して近々処女も卒業しようと企んでいるとしか………ふげっ」


 暴力が良くない事くらい承知しているが、俺は杏奈アンナの頭にチョップを喰らわせて強制的に黙らせた。


「くだらねぇ事を言ってないで、真面目に勉強してこい!!」


「くっそぉ………サワリンのカラダを『おサワリン』してええのはウチだけなんや!!」


「ほ、ほら杏奈アンナちゃん、もう行くよ!そ、それじゃ岡尾オカオさん、行ってきますっ!!」


「ああ、頑張ってな………」


 紗羽サワも苦労が絶えないな。

 あんなのが一緒でちゃんと勉強できているんだろうか。

 教室までついていって監視なんてのは流石にやり過ぎだしな。

 気にはなるが、いつまでも紗羽サワの事ばかりも考えてはいられない。

 面倒が一つ去った後には次の面倒がやって来るからだ。

 少し前に紗羽サワ杏奈アンナが通ってきた道を同じように歩いてくる二人組がいた。

 その二人は数メートル先から何か激しく口論をしている様子で、互いに声を張り上げながらこちらに近づいてくる。

 そしてそのまま俺の前を通過して通り過ぎてくれればいいのに、わざわざご丁寧に俺の前で歩みを止めて口論を続けるのだ。


「だからぁ、私は『毛』は描かない派だって言ってるでしょ!!」


「子供じゃないんだから、そんなツルッツルの大人ばかりいるわけ無いでしょ!?むしろ『毛』を描く事によってリアルな雰囲気を生み出す事が………」


 俺をここに拉致らちして連れてきた張本人、穂照ホテル 兎毬トマリ、19歳。

 グラビアアイドル並みのスタイルをもち、兎毬トマリと一緒に漫画製作をしている桑江クワエ 流乃ルノ、20歳。


「何だお前らは。また俺に新作コントを見せに来たのか」


「新作コントって何よ!そんなんじゃないわよ!!」


「なら芸人みたいに下手しもてからやって来て俺の前で止まるな。そのまま上手かみて側へけろ」


「ごめんね。どうしても翔琉カケル君のセンターマイクで一度止まらないといけないと思って♡」


「俺のマイクって………指を差すな!」


 杏奈アンナの下ネタを相手するのも疲れるが、こいつらのはさらにコッテリとしている分、性質タチが悪い。


「大体、コントじゃないなら何でお前らまで紗羽サワ達と同じ制服を着てんだ?」


「いやぁ~、今描いてる作品の舞台が高校なもので………」


「どう?似合ってる?」


「………それと!何でわざわざ俺の前でその茶番を披露する必要があるんだ」


「もちろん理由はあるわよ。ほら、お巡りさんは市民のお悩みを聞くのもお仕事でしょ?」


「そうか、お悩み相談なら仕方ないな。どんな悩みなんだ?」


 すると流乃ルノが俺の首に腕を絡めながら………


「実はぁ~、最近~、自分の指じゃ満足できなくなってきたの。どうしたらいいと思う?」


「………は?」


「だからぁ~、自分の指じゃあ………」


「それが悩みか?」


「そう。オ・ナ・や・み♡」


「帰れ!!」


 俺の怒りゲージがマックスに達し、大声で怒鳴る。

 気がつくと、あっという間に流乃ルノ兎毬トマリの姿はここから数十メートル先まで走り去った後だった。


「………意外と足が速いんだな、あいつら」

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