第8話 ギャルゲのイベントを発生させたい

 流乃ルノとの初顔合わせも一段落つき、俺達は元々の予定通り夕食を摂る事にした。

 こんな高級レストランのようなテーブルから、どんな豪華な食事が出てくるのかと身構えたが、予想に反して食事は各々のリクエストに応えてもらえるシステムらしく、紗羽サワ青椒肉絲チンジャオロースー定食、流乃ルノは鶏肉のつみれ鍋定食、俺は豚肉の生姜焼き定食を頼んだ。

 兎毬トマリだけはこの食堂の雰囲気の通りのフレンチのコースみたいなものを食べているが。


「それで、翔琉カケル君はギャルゲについてはどのくらい知ってる?」


 この場にいる者達がそれぞれに食事を進めている中、兎毬トマリが話題を切り出した。


「………どのくらいも何も、そういうジャンルのゲームがあるという程度の知識しか無い」


「そ。まあリサーチ通りかしらね。じゃあそんな翔琉カケル君の為に、ギャルゲについて簡単に説明してあげるわ」


 そう言って兎毬トマリの『ギャルゲ講座』が始まった。

 俺自身やった事は無いが、兎毬トマリの説明を聞いても特に意外だと思うような事は無かった。

 『ギャルゲ』というのは通称で、正確には『恋愛シミュレーション』というらしい。

 その名称からイメージする通り、要するに主人公の男が何人かの女の子の中から好みの一人を選び、平たく言えば『口説いて』いくゲームだ。


「全部のギャルゲがそうってわけじゃないけど、おおむねその認識で間違ってないわ」


「それでお前は俺に何をさせたいんだ?例えば俺と紗羽サワがイチャイチャ恋人ごっこをしたとして、それを眺めて楽しみたいのか」


「身も蓋もない言い方をするわね………。別にそれはそれで、アナタ達が本気で愛をはぐくんだ結果ならそれでもいいわよ。ギャルゲの醍醐味だいごみはそこに至る過程なんだから」


「つまり、俺に実際の『恋愛シミュレーション』をやって見せろって事か?」


「簡単に言えばそうなるわね。誰か一人との個別エンドでもいいし、複数同時攻略のハーレムエンドでもいいわ」


「ちょっと何を言ってるのかわからんが、最低でも誰か一人と恋人にならなきゃ俺は解放されないって事か」


「ま、そういう事ね」


「はー………」


 また頭が痛くなってきた。

 自慢じゃないが、俺は女の子と付き合った事が無い。

 彼女が欲しくないとは言わないが、こんな環境下に放り込まれて『普通の恋愛』ができそうとは思えない。

 最初から恋愛ゲームをやらされているという意識が嫌でも頭の中に刻み付けられるわけで、本気になれずに冷めてしまうんじゃないかという気がする。

 それともそんな風に思うのは俺が交際経験の無い童貞だからで、女の子は違うのだろうか。


「ふふん、悩んでるようね。まー私も君をギャルゲの主人公にするとは言ったけど、現実の女の子がそんな簡単にオチるとは思わない事ね!ふっふっふ」


 このヤロウ………誰のせいで悩まされてると思ってんだ。

 込み上げる怒りのせいで兎毬トマリを睨み付けてしまう。

 そんな怒りに震える俺の腕に、右隣の席の流乃ルノがそっと自分の腕を絡めてくる。


翔琉カケル君♡おねーさんは翔琉カケル君の味方だからね♡」


「食事の邪魔だから放せ」


 兎毬トマリに向けていた怒りの視線を流乃ルノに向ける。

 すると流乃ルノはプルプルと体を震わせ、顔を赤らめると………


「ああっ!その目、いい!抱いて!!」


「………おい。これはもう『オチた』って事でゲーム終了でいいんじゃないか?」


 俺に抱きつく流乃ルノを引き剥がしながら兎毬トマリに尋ねる。


「うーん、流乃ルノちゃん。もう少し三次元女子としてのプライドをもとうか?」


 どうやら兎毬トマリにとっては流乃ルノのこれはただの『発情』で、望んでいる『攻略』では無いらしい。

 どうすりゃいいのか全くクリア条件が見えてこないし、何より俺の目的であるアカねーちゃんからの課題がこんな事で達成できるとは思えなかった。

 俺に足りないモノ………か。




 兎毬トマリを納得させられる反論の言葉も思い付かないまま食事を終え、今夜は休ませてもらう事にした。

 部屋に戻って休む前に風呂に入りたいと思い、食堂を出る前に紗羽サワから風呂の場所を教えてもらう。

 風呂場………と言うよりも大浴場といった外観のそこは、まるで銭湯の入口のような造りとなっていた。

 青と赤の『男』と『女』と書かれた暖簾が掛かり、男湯側の暖簾をくぐり中へ入る。

 ため息をつきながら脱衣場に足を踏み入れると、そこには先客がいた。

 この屋敷の使用人の男か?と思いきや、そこにいたのは下着姿の兎毬トマリだった。


「きゃっ!か、翔琉カケル君!?」


「わっ、悪いっ!!」


 反射的に謝って外に飛び出す俺。

 もしかして男湯と女湯を間違えたか?と思い、入口の暖簾を確認するが男湯で間違っていなかった。

 じゃあ兎毬トマリの奴が間違えたのか?

 だとしても、中に半裸の女がいるとわかっていて再び入っていくわけにもいかず、外から声をかける事にした。


「おーい兎毬トマリ?どうやらそっちは男湯のようなんだが………」


「も、もう入っても大丈夫よ」


 兎毬トマリの返事が聞こえ、俺はもう一度中へ入る。

 すると先ほどの場所にタオルで体を隠した兎毬トマリが立っていた。


「もう、早速ラッキースケベイベントってわけ?」


 顔を赤らめながら体を隠す兎毬トマリ


「何を言ってるのかわからんが………とにかくここは男湯だ。お前が間違えたのはともかく、着替えを見てしまったのは悪かった。見ないようにするから早く女湯に………」


「間違えたわけじゃないわ。君が来るまでは基本的にここは女の子しかいないから、その日の気分で好きなほうに入っていたのよ」


「そ、そうか。だが今日は俺がいるわけだから女湯に………ん?」


「ん?」


「ちょっと待て。昨日までならともかく、今日は俺がいる事をわかってたよな?しかも俺は食堂を出る時、紗羽サワに風呂場の場所を聞いていたし、その場にお前もいたよな?なら何故このタイミングでお前はこっち側にいる?よく考えれば俺は食堂から一直線でここまで来たのに、お前はいつの間に俺を追い抜いてワープして来たんだ?」


「やぁねぇ、ここは私の家よ?君の先回りをしてお風呂で待ち伏せるくらい………あ」


「そうか。つまり確信犯か」


「あっ、いや、これはその、ギャルゲ特有のラッキースケベイベントを………」


「とっとと出てけ!!」


 兎毬トマリを脱衣場から追い出し、再び侵入されないように入口に鍵をかけ、浴室へと移動する。

 中は銭湯どころかスパ施設のように広くて設備も充実していた。

 今日のところは精々ここのあるじのせいで疲れた体を癒させてもらう事にしよう。

 本当に今日は散々なめにあって疲れた………

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