ヒロインと二人きりになりました1
わたしが連れてこられたのは王宮の一角にある厳重に結界を張られた、貴人用の牢屋だった。といってもよくある牢屋のように鉄格子に冷たい石壁むき出しの、というものではない。
高貴なる人が囚われる、一般の虜囚とは扱いの違う牢屋で、小さな窓と見張りのいる扉以外は普通の客用の居室とあまり変わらない。
わたしがここに連れてこられて二日目。
わたしの罪状はフローレンス・アイリーンをそそのかして、彼女に竜の卵を盗ませて黄金竜を魔法学園におびき寄せたこと。それ以前の彼女への度重なる嫌がらせ。
ちなみにアレックス教師はヴァイオレンツに嫉妬をされたのか、あのまま白亜の塔送りになった。どうやらわたしとアレックスが共犯ということになっているらしい。
まったく、どうしてそうなる。というか、よくもまあフローレンスのあの妄言を信じるなとわたしは呆れていた。明らかに話が破たんしていたのに。
さすがは乙女ゲームの世界。
この国ではフローレンスの言葉は絶対らしい。どんな魔法だよどんな法則だよ、と突っ込みたい。
幽閉されていると暇で、いろんなことを考えちゃう。
わたしの白亜の塔送りはたぶん確定で。
あーあ。結局はこのルートに逆戻りか、とか最後にレイルとちゃんと話をしておきたかったな、とか。
コンコン、と扉が叩かれたのはそんなとき。
役人が罪状を言いに来たのかなと、わたしは身構えた。
少しして入ってきたのはフローレンスだった。
彼女は、一人だった。
薄茶の髪に緑色の髪をしたごく普通の女の子。クラスの中で一番かわいいというわけでもなく、平均よりもちょっと上くらいの可愛さ。悪く言えば平凡な子。ってどこかのアイドルグループのコンセプトのような子がこの乙女ゲームのヒロインのフローレンス。
とまあ、普通の子っていうのはゲームの人物紹介にも書いてあるんだけどね。
そのヒロインがわたしの元を単独で訪れた。
おっとりとした顔だちにうっすらと笑みを浮かべている。
彼女は見張りの人間に「しばらく二人きりにして頂戴ね」と言づけている。何か言われたのか、肩を震わせて「大丈夫。彼女は今魔法を封じられているのよ」と笑って答えた。
今のわたしは両腕に魔法封じの腕輪をつけられている。
しかもわたしが今いるところは結界を幾重にも張った最重要警備の施された場所。逃亡も、彼女に危害を加えることもできない。あ、素手で平手打ちくらいならできるか。
まあしないけど。
見張りを宥めたフローレンスは扉を閉めた。
室内にわたしと彼女、二人きりになる。
いったい何を思って彼女はここに来たのだろう。
「うふふ。差し入れを持ってきたのよ。わたしの手作りお菓子なの」
乙女ゲームの世界観に合わせてフローレンスもお菓子作りが得意だったな、と思い出す。彼女の作ったお菓子が素朴で美味しいとヴァイオレンツの心を掴むのだ。
わたしは黙ったままフローレンスを見つめ返した。
「ヴァイオレンツ様もおいしいって褒めてくださったの。わたし、リーゼロッテ様たちと違って庶民の出でしょう。高級な材料なんてなかなか手に入れることなんてできないし、道具も同じ。でも、ヴァイオレンツ様は美味しいって言ってくれたの。当然よね。だって、わたしが作ったんだもの」
あれ。こんなこと言う子だったっけ?
わたしは内心首をかしげる。
わたしの知っているゲームの中のフローレンスっていう子は『でも、ヴァイオレンツ様は美味しいって言ってくれたの。お世辞だとしても嬉しかったわ』とか続けるくらい遠慮深い。
彼女は勧めていないのに、勝手に部屋の中央にある応接セットの椅子に座り、ローテーブルの上にバスケットを置いた。
中から取り出したのはクッキーやパウンドケーキ。
ポットに入ったお茶もある。
お茶会の道具を広げて、彼女は自分のカップにお茶を入れて飲みはじめる。
「リーゼロッテ様もいかが? それとも、わたしの作ったお菓子は口に合わないかしら。そういえば、そういうシチュエーションもあったはずなのに、この世界では一度もあなたとお茶する機会が無かったわよね」
わたしの背筋に冷たい汗が伝った。
いま、この子はそういうシチュエーションもあったのに、と言った。この世界っていったいどこの世界のことを言っているの。
わたしの疑問に、頭の中である答えが点滅する。クイズ番組で言うなら早押しピンポーンってランプが光るアレ。
「別に他意は無かったの。ただ、いつもタイミングが悪かっただけで」
わたしは慎重に言葉を紡いだ。
「そうね。いつもリーゼロッテ様は何か理由をつけてわたしの前に現れなかった。勉強が忙しいとか、宿題がまだ終わっていないとか、レポートの提出期限がどうのとか。まあ、それもいいように利用させてもらったけど」
でしょうね。わたしは乙女ゲームのヒロインと関わり合いになりたくて逃げ回っていたけど、逃げれば逃げるほどわたしが庶民の出のフローレンスを仲間外れにしているとか、一緒にいたくないって言っているとか、勝手に話が肥大して尾ひれがついてそれが真実になっていった。
「ここであなたの作ったお菓子を食べないと、またわたしはフローレンス様の慈悲を振り払ったとか、この期に及んでフローレンス様を非難したとか色々と言われるのかしら」
わたしは彼女の対面に座った。
「え、やあだぁ。そんな風に受け取ってもらいたくて言ったんじゃないのに」
フローレンスは慌てて両手をぱたぱたと振った。
とりあえず、わたしは彼女の持ってきたクッキーに手を伸ばした。
何かしていないと、間が持たない。
「おいしい?」
わたしがクッキーを咀嚼していると、彼女が聞いてきた。
「ええ」
素直に美味しかったからわたしは頷いた。
「料理の練習結構たいへんだったのよ。元から料理のスキルが付いているわけでもないから」
「わたしも小さいころからお菓子作りは頑張ったわ」
「あら、あなたもそういう努力はするのね。わたしは……あんまり好きでもなかったけれど、一応将来ヴァイオレンツ様に見初められたかったし。まあ頑張るか、って思って作り続けたのよ」
フローレンスの言い方がさっきから妙に引っかかる。
それはきっと、わたしが転生者だから。
「せっかく、フローレンスになったのに。ヒロインになれたのに。この世界はちっともわたしの思い通りにならない。ねえ、あなたどうしてちゃんと悪役令嬢をしてくれないの?」
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