ヒロインと二人きりになりました2

 フローレンスの言葉にわたしの呼吸が止まった。


 いま、彼女ははっきりとわたしのことを悪役令嬢だと言った。そんな言葉、この世界に無いのに。

 わたしは、自分の考えが当たっていたことを確信する。


 目の前のフローレンス・アイリーンもまた転生者なのだ、と。


「な、なにが……言いたいの? 悪役……令嬢ってなんのことかしら」

 わたしはとぼけることにした。

「あなた……とぼけているの? それとも、バグでも起こしているのかしら」


 フローレンスはわたしをじっと見て、それからひとりごとのように呟いた。


「あなたのせいでわたしゲーム内でのイベントを何一つクリアできなかったし。最初の風の精霊以降、水も風も炎も、全部の精霊と守護契約を結べなかった。これってリーゼロッテがシナリオ通りに動いてくれないからよ。そのへんのことちゃんとわかっている?」

「何のことを言っているのか、さっぱり分からないわ。わたしは、自分のやりたいように生活をしていただけよ」


 本当は故意にフローレンスと接点を持たなかったし、ゲーム内でのイベントを発生させて彼女を有利にしたくなかったから、イベントが発生しないようにわたしは行動してきた。


 水の精霊と彼女が契約を結んだのは、悪役令嬢リーゼロッテが彼女の大事なペンダントを湖に落として、フローレンスがそれを拾おうと湖の中に飛び込んだから。わたしは彼女のペンダントに触れもしなかったし、そもそも湖のほとりでキャンプ(お嬢様仕様の豪華版)自体のイベントを休止するよう根回しをした。


 ほかのゲーム内イベントも理由をつけて中止にしたり、フローレンスが精霊と契約するシーンを発生させないように注意深く振舞っていた。


 すべては悪役令嬢としてのバッドエンド回避のため。

 こっちも自分の人生がかかっていたから必死だった。


「そう。それよ。自分勝手に動き回ってくれちゃうからわたしはちっとも楽しくなかった。ヴァイオレンツ様と、他の攻略対象はわたしを好きになってくれたけど、このゲームの醍醐味は精霊と黄金竜の逆ハーなのよ。なのに、どこぞのあなたのせいで、ぜーんぜんうまくいかないし。レアキャラの黄金竜の貴公子はともかく、精霊との契約が風のみってひどくない? 酷いよね! もうちょーあり得ないっ」


 フローレンスの言葉遣いが現代日本のものになりつつある。

 あーこれ完璧前世日本人じゃん。

 ま、わたしの心の声もかなり砕けまくっているけどさ。


「そんな悪役令嬢のあなたは、最後の最後にイミフな行動起こして、死んじゃったとか思っていたのに実は生きていましたとか。余計にわけわかんないわ。しかも! 黄金竜と仲良しとか、炎の精霊から庇われているとか! 何様なの?」


 フローレンスが一気にまくしたてる。

 その様子は完璧に人格が入れ替わっている、というかフローレンスの元になった前世の人間のもの。


「あなた、どうして竜の卵を盗んだの?」


 わたしはそれだけ尋ねた。

 どうにも、彼女の行動原理が分からなかったから。


「ああそれ。だって、精霊がゲットできなかったし。やっぱりヒロインたるもの、特別な存在になりたいじゃない。なのに、どこかのあなたのせいでわたしの周りには精霊も黄金竜も現れなかったし。だからわたし、自分から見つけに行くことにしたのよ。アレックスって、あれで竜の生態に詳しくてね。だから彼に持ち掛けたの。竜の卵を盗ってきて、孵化させようって」


 わたしが水を向けるとフローレンスは嬉々として語り出した。


「孵化させてどうするのよ」

「どうするって。決まっているじゃない。きっとその子はわたしのことを頼ってくれるわ。わたしも竜の子供を庇護してあげる。わたしは、その子の竜の乙女になるのよ」


 嬉しそうに、自分の考えが素晴らしいかのように語るフローレンス。

 わたしは、自分勝手な彼女の考えに怒りを覚えた。


「そんなことのために、ルーンから卵を奪ったの?」


「ルーン? ああ、竜の名前ね。あなた、そんなにもその竜と親しくなったの? 悪役令嬢のくせに? わたしのことをいじめる役回りしかないくせに。何様のつもりよ」

「わたしは、リーゼロッテ・ディーナ・ファン・ベルヘウムよ。リーゼ様って呼んでくれていいのよ?」

「ああ、それよそれ。リーゼ様って。よく知っている台詞だわ」


 そりゃそうでしょう。わたしだってよぉく知っている。

 もちろんわざと言ってやった。


 わたしはまだ、怒っている。自分勝手な思いでルーンから大切な卵を奪った彼女に。

 ルーンの卵が孵らなかったらあんたのせいだ。

 わたしがキッとフローレンスを睨みつけると、彼女は笑うのをやめた。


「ああそう。その顔、いかにも悪役令嬢らしいわね。まあ色々とあったけれど、最後はよしとするわ。やっぱり断罪イベントはちゃんとやらないとすっきりしないし」


 彼女は自信を取り戻していた。

 優雅に背もたれに体重を預けて、それから足を組んだ。

 口元にはヒロインらしからぬ意地悪な笑み。どっちが悪役だよ。


「ちゃんとね、あなたを断罪してあげる。シュリーゼム魔法学園の被害は甚大よ? 建物壊れちゃったし。幸いに重傷者死人はいなかったけれど。全部あなたの罪にしてあげたから」

「あれはあなたとアレックス先生の罪でしょう」

「いいえ、違うわ。あなたの罪。わたしが泣けばヴァイオレンツ様はわたしの味方になってくれるもの。さすがはゲームのメイン攻略対象よね。彼はフローレンスにめろっめろなの。ゲームのシナリオながらすごいわ」


 フローレンスはけらけらと笑った。


 それはもう楽しそうに。彼女はわたしのことを役立たずな悪役令嬢としか見てない。


「あなたは、あなたにとってはこの世界はおもちゃのようでしかないのね」

「んー、リーゼロッテ様にはわからないかもだけどぉ。この世界はわたしを中心に回っているの。だから早いところ変なバグは取り除いておかないとね。わたし困っちゃう」


 フローレンスは肩を揺らした。

 それからカップの中のお茶をくいっと飲んで、ローテーブルの上を片付ける。持ってきたバスケットの中にお菓子の残りやカップをしまって、彼女は立ち上がった。


「じゃあね。断罪イベント楽しみにしていてね。もちろん、ベルヘウム公爵家は今回のことにもノータッチだから。薄情な両親を持って、あなたも可哀そうね」


 フローレンスはひらひらと手を振ってから扉に手を掛けた。

 一か八か、逃げだしてやろうかなんて考えたけど。


 わたしはすぐにその考えを打ち消した。

 逃げたって、魔法を封じられた今のわたしにできることなんてないに等しいし、それに王宮から逃亡しても、今度こそ路頭に迷うだけ。女一人でできることなんて限界がある。


 わたしは一人取り残されて、ベッドにあおむけになった。


「あーあ……」


 ついてないなぁ。

 まさかフローレンスも転生者だったなんて。

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