第21話 河村瑞賢の相場問答

京橋から駿河町の三井越後屋まで江戸土産の反物を、買おうと二人は出向いていたのだ。

店先で綺麗な女人と顔を合わせました、粋な着物を羽織っています見たところ十五か十六歳の若い女(ひと)です、ボディガ-ドでしょうか若い男の店員を従えていました。目鼻立ちは整い上品な着物を着ています、ここのお嬢さんでしようか可愛らしい人です。

「あのう其処のお若いお人、是非うちの店に寄って観て下さいね」

「お嬢さん変な男に声掛けては、いけませんよ私が後でお叱り受けます!」

厳しく監視付けられて、少しかわいそうな気がしますね。

「おお此処が、最近江戸で評判の呉服店か」

「あれ若旦那のれんには、越後屋三井八郎衛門と書かれていますよ」

「ん三井高利、ではないのか?」

「聞いた話しは高利は、五十二歳で日本橋で開業したらしいです」

「現金商売掛け値なしで、大店にのし上がったと聞いているぜ」

人生五十年と云われてる時に、五十二歳での開業は皆びっくり仰天した。

「凄いですねぇ伊勢の松阪の人は、あっ今は紀州徳川家の飛び地領土でした、で伊勢屋を名乗らんのですかねぇ今は紀州商人ですね」

それで店員がにこやかに応対してきた、理由もわかりました。

「うん紀州から来たと言たら、ころっと扱い方変わったしなぁ」

「私も早く江戸に来て商売したいなあ、江戸の町は人が多いし金が溢れている!」

ふと 後ろの方から誰かに、声を掛けられたような気がして、後ろを振り返る見たような人がいた。二人ずれのようであった。

「あっこれは河村瑞賢師匠、お久しぶりで御座います!」

「文兵衛どのいや今は、紀伊國屋(紀ノ国屋)文左衛門でしたかな、最近の活躍の噂は聞いていますよ」

文左衛門は周辺を見渡し茶屋を探し、河村瑞賢を誘い三人で店に入る。もう一人のお方は目が少し悪いようであった名前を聞くと杉山検校といって針術の大家で、当時神技と云われていた名医で将軍お抱えでもあった。

「河村殿儂は野暮用有り、此処でおいとま致すまた後程お会いします!」

と言いながら茶も飲まずにそそくさと立ち去った、多分気を効かしたのだろうと思う。

「紀文どのお主に伝えたき事あったが、会えぬじまいで今に至った」

「私もお会いして、相場の事などお教え願いたく思っていました」

「うむ~さしあたって伝える事は投資投機時人の欲は限りが無いので、その欲を自らが抑えるということかのう」

「逸れは欲張りは儲からないと、いうことでしょうか?」

瑞賢は言葉を一言一言、噛み締めて言う。

「材木屋のような投機的商売において、休むも相場である肝を据えて張るべしだ相場は自然で世の中である。世の中は何が起こるかわからんから常に謙虚におらねばのう」

動あれば反動ありで、相場も一直線に単純に動くべきにないものそう波をうって動く。

日本罫線で始値より終値が高ければ陽線と言い、逆に始値より安ければ陰線と呼ばれます、途中高かろうが安かろうが罫線の形は変わますが、基本的終り値が大事なのである。

罫線はあくまで逸れまでの値段動き傾向を観るのであり、予測する目やすに過ぎず逸れを元に絶対こう成るというものでも無い。

人々のウツプン溜まれば狂った者現れて付け火の火事も頻繁に起こるので、材木相場の上がる可能性も出るのです。

「人々の暮らし生活も、相場(商売)する者の注意すべき事です、そして保会い相場と云って値段が上にも下にも動かぬ時は休むベし」

紀文は 一言も聞き漏らさぬように、耳をそばだてながら真剣に聞くのである。

「何事も限度が有り強欲なれば、目がくらみそれが全く見えなくなるのじゃ、あっそれと相場は一つの戦争だ孤独に耐えるべしだ」

「逸れはかなり難しい、ものと感じますね」

「そうだのう罫線を見たりしてその相場の傾向を自分で判断して、上げ相場か下げ相場かもしくは保合い相場かを知り、かつ自分の今の運も考慮しなければ成功しないのである」

「逸れはわかりますが、だからつい人に喋りたくなりますねぇ味方というか仲間というかそのときの自分の考えに、意見やら賛同が欲しくなりまして仲間が欲しくなります」

「有無其れは己が考えや思いに確信が持てぬからだ慎むべし、近ずく相手は敵かも知れぬからなぁ、常に世の中変わる相場も変わる頭を固定せず柔らか頭で時代の変化に合わせ相場を考えるのだ相場とはつまり相せる場だ」

此処でお断り申し上げたい、相場格言を書いていますがあくまで商品相場格言です、株式相場にはあまりあたりませんなぜかと云うと株式には倒産があるからです、もしに格言どうり万人弱気時だよしいまだと買って、運悪く倒産に当たれば大損します。注意が必要です。また思わぬ自然災害も有りますしね。少し脱線しています、このころは株式投資は有りませんでした。商品相場は有りました。

「師匠の戒めよく心得たいと、思いますで師匠大切な急ぎの用事の方は?」

「どちらも忙しいからなぁそれでの儂が書きためた相場の、覚え書きを渡そうと出向いたのだ、しかし逸れは絶対では無い参考にな」

と言い本を手渡すと、一気にお茶を飲む。

「其れでは有り難くこの本を頂きます、此からは私が相場の事を書き足していきます」

「ではこれにて失礼致す、幕府公共の仕事でこれから柳沢吉保という担当の役人と打ち合わせが有るでの、このお方は中々の切れ者でのういずれ紹介する事もあろうかの?」

此処で柳沢吉保の名前が出たので少し補足しますが彼は将軍綱吉の御小姓役から出世して一万石の大名となって御側用人となり後に幕府内で力を振るう事になる大物で紀文が江戸に来た時瑞賢に紹介され材木商売にて成功のきっかけとなる人である。

「では師匠、くれぐれもお身体を大切に!」

川村瑞賢は江戸城にと急ぎ籠を呼ぶ、それに乗って早々に紀文の前より立ち去った。

此処で少し叉脱線します、河村瑞賢は他の商人が私利私欲に走る中幕府内で特異な存在でした、金銀鉱山の経営やら公共の道路の修理とか安治川、淀川、中津川の治水工事もやりましてとうとう幕府旗本に成りました。まあ主人公で無いのでこの辺でお開きします。

瑞賢にしてみればこれはと見込んだ者が成功し出世する様をみるのは、欲をのけて我が事のように楽しく嬉しいので御座いました。

紀文が後に江戸へ行った折にも何かにつけて、支援をして貰う事と成ります紀文にとっては瑞賢は貴重な後援者ですね。瑞賢に紹介された杉山検校や柳沢吉保などこの人との出会い繋がりが、後に莫大な金を産むきっかけとなるので御座います。

紀文は貰った相場覚え書きを少し目を通し読んで見た、(眼に強変見て強変の淵に沈む事なかれ、動揺せず心鎮めて冷静に売りか買いか定留るベし!)

「なかなか良い事を書いてる、自分の思案を人に言うなか言えは人に裏掛かれる恐れあるし、考え当たらねば人に恨みをかってその人に、一生言われ続け何の得にもなりません」

戒めの言葉やなぁええもん貰たな、大事にしとかなあかん儂の一生の宝に成るな。相場も商売と考えるならば元がねがいる。金なくば商いは出来ぬチャンスの時、はれる資金が大事ですお金を貯めるも必要ですね。

富豪と名高い河村瑞賢はこの頃十六万両の資産を持っていたと、世間では噂されていました紀文この頃まだ駆け出し青二才でした。

紀文の不思議な能力、かって広八幡神社の神主、佐々木利兵衛が言っていた、何故か教えたくなる不思議力が影響していたかも、知れませんまあ誰かに伝えないと、技や教訓はその人と共に消えますが。

紀文は高垣と共に、舟で佃島に帰る。

「あっ若旦那お帰りやす、蜜柑のほうはどうなりました」

「売った売った十二万両で! けどなぁ儲け少しほんの四万両だ」

 みんなは桁が違うので、うわのそらでぽかんとしています。

「千両で買って四万両なら、そらぁまぁ儲かってるやろう!」

 それを聞いて、皆納得したようだった。

「それで、蜜柑の荷降ろしは順調かな」

「蜜柑方役人が来て問屋連中に指図し、めいめい自前の舟で蜜柑持ち出して、変わりに手形や現金置いていきましたよ」

「儂らも肩の荷、降りました」

 皆晴ればれとした、顔で御座います。

「あのう若旦那東北から来たという、松前藩からの船頭が訪ねて来てますよ?」

「船長室で待ってます、でかい船やとびっくりしてました」

紀文は凡天丸の船室へ急ぐ、中に西洋の机と椅子が有り、棚には稲荷神社が祀られていましたた。

「お待たせした。それでご用件は?」

「生類憐れみの令で、江戸で魚価暴落し売れなくて困ってます」

「私も立て札を見て、知りました大変な事になっていますね」

 文左は机の上にワイン出す。

「それで紀ノ国屋さんに、買って貰いたいと思いまして」

「それで値段の方はいかほど?」

「私共の仕入れ値で、お願いしたいのです」

相手は損しまいと気が急いている、紀文は立て看板見た時に方針を決めていた(人の行く裏に道有り花の山)を思い浮かべました。

「わかりました、そしたら今ある手持ちのぶん其れ全部買い取りましよう!」

「あのでは此処に来てない仲間の分も願います、大方は塩鮭です私共が積み込みます」

この時にまとまって魚を買って呉れる人も無く、物がなまものなので腐る恐れも有りました。売り方としては損なしで捌けたら逸れてよしとしなければ大損します、商いは来年もあるので御座います。

「では頼みます二万両で足りますね、東北は小判でよいですね」

「へ、紀伊国屋文左衛門どのありがとうさんにございました!」

 不安だった話がつき、船主達は皆大喜びで帰って行った。紀文は足元を見て決して買い叩いたのでは有りませんでした。

「では積み込み宜しく頼みますよ二万両で足りますね、東北は小判で良かったですね!」

「へ勿論です紀伊国屋文左衛門どの、助かりました誠ありがとうさんにございました!」
























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