第10話 新展開





「いやマジでババアは呼んでねえよ……。そういう趣味だと思われたのか?」



 疲れて俺はそうぼやいた。

 さきほど来た老女には帰ってもらった。

 めっちゃ押し強くて『本当はワシが良い癖に~~~』とか言われてキレそうになった。

 俺の初めてをお前にやれるわけねえだろ。



「はー、疲れちった。というか萎えた。……何かな、眠くなってきた」



 もうとっくに深夜だ。

 これ以上は夜更かししてもしょうがない。

 まあ今晩はお預けになったが、俺は勇者のお兄ちゃんだ。

 これからも機会はあるはず――と思っていると。




 コン、コン、コン。

 と、また誰かがノックしてきた。



「……今度はなんだ? 爺さんとか来たらマジで勘弁してほしいんだけど」



 そう呟きながら俺はベッドから上半身を起こし、「どうぞ」と声を掛けた。

 すると、「失礼いたします」と言いながら入ってきたのは。



「あれ? イユさん。どうしたんですか、こんな遅くに」



 入ってきたのは、俺に魔法の修行を付けてくれていたイユ・トラヴィオルさんだった。

 夜だからか、彼女も神官の服装ではなく、薄くて光沢のある生地で作られたナイトウェアを着ている。



「あの……ごめんなさい。こんな夜遅くに」

「ああ、いえ。お気になさらず」



 イユさんは、今のところ俺が異世界でまともに交流できている唯一の異世界人だ。

 ぞんざいな扱いはできない。

 部屋に入るように促し、俺もベッドに腰かけることにした。



「それで、どうしたんですか? こんな夜遅くに」

「あの……実は、とっても言いにくい相談があって。……すみません、こんな時間に」

「いやいや、良いんですよ。俺でよければ相談くらい乗りますよ。まあ俺に何ができるかは分かんないスけど」

「ほ、本当ですか!? ……あっ、でも、その前に他に人が入らないようにしたいんです。これ、扉に掛けておいてもいいでしょうか?」



 そう言って彼女が俺の部屋にある机の引き出しから取り出したのは、ホテルとかで見かける『起こさないでください』と書いてあるカードだった。ほら、扉のドアノブに引っ掛けてスタッフが入らないようにするやつ。

 というか、それあったんだ。

 デスクの中にあったので気付かなかった。



「ああ、もちろん。構わないッスよ」



 というと、彼女はそのカードを部屋の扉の外のドアノブに掛けてドアを閉めると、そのままガチャリとドアの鍵を閉めた。



「あれ? 鍵も?」

「……ええ、これで。二人きりっになれましたね」



 ……えっ?

 どういうこと?

 なんで……二人……。

 ――ひょっとしてそういうことですかぁあああああああああああああ!?

 まさか、イユさんも俺とワンナイトを過ごしたいということでしょうか!?

 マジで!? 

 えっ、そういうこと!? 

 お母さん!! 俺もやっと男に――。





「これで、?」



 俺に背を向けたまま、イユさんはそう呟いた。

 ……?

 なんで関西弁なんですか?

 そう聞こうと思ったが、しかし俺が それを言葉にする前に。



「固有魔法・展開」



 イユさんのその言葉の直後、彼女の身体が眩い光に包まれた。

 


「うおっ!? なんだ!?」



 あまりの眩さに一瞬 目を閉じた、

 そして俺が目を開けると。



「……え?」



 そこに立っていたのは、褐色の肌に、毛先に掛けて青紫色になっていく金髪のウェーブヘアと、パープルの瞳が美しい眼は白目の部分が黒く染まっており、更には鋭い牙を持ち、上段中段下段と三対で合計を持った美しい女性だった。


 その上、彼女は首にはチョーカー、更に もはや衣服と呼んでいいかも分からないボディーハーネスで何とか胸部を覆い隠し、光沢のあるタイトミニスカートを履き、足は網タイツとハイヒール、そして軍帽のようなデザインのキャップを被り、両耳には大きなフープピアスをしていた。

 加えて下腹部にはクモの巣のようなタトゥーが入っている。

 一言でいうとをしている。



「えっ、あの。イユさん……ですよね?」



 いや、彼女は確かにイユさんだろう。

 顔をよく見れば、確かにイユさん その人だ。

 しかし、あまりにも雰囲気が変わり過ぎた。



「ああ、そうや。といってもそれは偽名なんやけどな。……ウチの本名は『レイユ・ストラ・ヴィオール』。人間に見捨てられたヴィオール家の末裔のアラクノイドや」

「……うん? ヴィオール? アラクノイド? 何ですか、それ?」

「ああ、異世界から来たばっかりのアンタは知らんで当然やな。ま、ほな分かりやすく言うわ……。ウチは。そして間抜けな勇者のお兄ちゃんを攫って魔王への貢ぎ物にするっちゅー訳や」



 言いながら、彼女はカツカツとハイヒールの足音を立てて俺に歩み寄ると、座ったまま動かないでいる俺をベッドに押し倒し、腹の上に跨ると、舌なめずりしてから。



「せやから、ウチの餌になってや」



 そう言い放った。

 そ、そんな……。

 俺が信じていたイユさんは……、俺を利用しようとしていただけで……。



「きゃははっ! 声も出えへんか。情けない奴やなぁ」



 こんな淫らな格好をして、こんな……人を見下したような眼をして……。



「ま、安心してええで。アンタのことはちゃーんと骨の髄までしゃぶりつくしてやるからな」



 こんな……。

 こんなのって……。



「ドスケベ測定器5000兆点!!!!!!!!!!!!!!!」



 ――パァアアアアアアアアアン!!!!



 俺の叫びとともに、室内に爆発音が響いた。

 イユさんがびっくりして後方に飛びのく。



「えっ!? ちょお!? 何やねん!? 何が爆発したんや!?」

「あっ、すみません。興奮のあまり俺のパンツが爆発しました」

「いや何でやねん!?」



 キレのあるツッコみを受けつつ、俺は股間を抑えながら立ち上がった。



「俺たちのいた世界だと性的に興奮すると、パンツが爆発するんですよ」

「いや絶対ウソやろ!! そんな雑な嘘には騙されへんぞ!! ていうか何にそんな興奮したんや!?」

「はぁああああああああああああああああ!? そんなもん アンタの身体に興奮したに決まってるだろうが!!」



 何を下らないことを訊いてんだ!!

 しかし、彼女は俺の言葉の意味が分からないといった様子で狼狽する。

 いや何でそんなエロい恰好してるくせに困った顔してんだよ!! 



「は、ハア!? ウチのどこに興奮すんねん!?」

「全部だよ!! めちゃめちゃエロい体をしためちゃめちゃ良い女がめちゃめちゃエロい恰好してんだから興奮するに決まってんだろうが!! なに言ってんだよボケ!!」

「なっ!? 何を言ってんねん!! 下らんウソ言うな!! あと股間 抑えて前屈みになるのやめろや!!」

「仕方ねえだろ!! お前がエロ過ぎて こうしないと大変なことになっちゃうんだよ!! スケベな身体しやがって!!」

「っていうか何でさっきからキレてんねん!! 意味わからんわ!!」

「はあぁあああああ!? お前の身体がエロ過ぎるからキレてんだよ!! この歩く18禁!! ウォーキング・セッ〇ス!! セックスシンボルの遊園地!!」

「どっ、どういう罵倒やねん!! ……ていうか、お前も一目見たら分かるやろ」

「あん? イユさんがドスケベな身体してること?」

「違うわ!! ウチが『化け物』ってことや!!」



 彼女は六本の腕を大きく広げて そう叫んだ。

 ああ、まあ確かに腕が六本というのは異世界に来ても見かけなかったが。



「まあ腕が沢山ならカワイイお手手も沢山あってオトクじゃん」

「いやウソやろお前!! 腕が六本あることに対してポジティブすぎやろ!!」

「そのお手手でいっぱい触って欲しい」

「なっ、何を触んねん!!」

「何をって……そら、ナニをだろ」

「お前イかれてるんか!?」

「あと腋も六個に増えるのがエロ過ぎる。それもう実質S〇Xみたいなもんだろ!! こんなん最早S〇X界の産業革命や~~~~!!!!」

「意味わかれへん!! S〇X界の産業革命ってなんやねん!! 腕が六本あるんやぞ!! 気持ち悪いやろうが!!」

「いやドスケベではあるけど気持ち悪くはないかな。俺達の世界だと多腕がエロいくらい一般性癖だったよ」

「マジで!? アンタらの世界ヤバすぎひん!?」



 まあ『多腕』でPi〇iv検索かけたら3000件弱はヒットするし。

 検索で100件超えたらそれは一般性癖だってツ〇ッターで同人作家が言ってた。



「じゃ、じゃあ……お前、マジでウチの腕に興奮してるん?」

「まあ腕だけじゃなくて普通に全身に興奮してますけど?」

「……白目が黒くなってるのは?」

「夜空みたいでキレイじゃん」

「……歯が牙みたいに尖ってるのは?」

「その牙で俺の首筋をハムハムして欲しい」

「…………お、お前、変態やな」

「よく言われますね。あと肌の色もとっても好きです。太陽に愛された美しいチョコレートスキンだ。あとは顔が良い。好み。切れ長で睫毛の長いの凄く良い。そしてエロい、身体が」



 オッパイでかいし。

 そのオッパイで魔王軍の尖兵は無理でしょ。



「お前マジで頭おかしいな!! セクハラやぞ!!」

「自覚ないみたいだから教えてあげるけど、イユさんは今 男の部屋にSM嬢みたいな恰好でいること自覚してる? 完全に痴女だからな、そのカッコ」

「あっ!? ホンマや!! いや、でも、ちゃうねん!! 言い忘れてんけど、固有魔法を発動するためには魔法衣っちゅう魔力で作られた衣装に勝手になってしまうねん!! そんで魔法衣のデザインは本人の深層心理が反映されるから、それで訳わからんデザインになったりするだけやねん!!」

「それつまり深層心理でイユさんが痴女ってだけなんじゃないの?」

「違うわボケ!! しばいたろか!! ああっ!! もう埒が明かんわ!!」



 彼女は苛立ち、上・中・下に一対ずつある六本の腕を自在に動かし、その指先から糸を出すと、一瞬で俺の両腕を縛り上げ、更に糸の先を天井に張り付けて俺が身動きできないように拘束した。

 ひゅひゅっと風を切るような音がしたかと思うと、本当に一瞬で縛り上げられてしまった。



「うおおお!? 何だこれ!?」

「ウチはなぁ、蜘蛛の力を持ってんねん。だから指先から魔力の糸を出したり、それを自在に操って相手を捕まえたりできんねん。どや、凄いやろ」



 そう言いながら、彼女は下両腕を腰に当て、中両腕では自分の生み出した魔法の糸であやとりをし、上両腕は頭の後ろで組んだ。

 しまった。

 性欲に任せて遊んでいたら、あっさりと捕まってしまった。

 し、しかし……。



「ハァハァ、こうやって俺を締め上げて拷問して翠に関する情報を吐かせるつもりか!! しかし、俺は屈さないぞ!! だから、拷問でも何でもいいから早く俺にその責め苦プレイをぉおおおおおお!! ハァハァ!!」

「息遣い荒いのキモイわ!! なんやねんドMかお前!!」

「えっ、そうですよ」



 俺はいつだってエッチな美人にシバかれたいよ。



「お前……マジでキモイな」

「……んっ、手が使えない状態でそういうの言われるのメッチャ“良い”ですね」

「なんか、一周回って凄いな、お前。ああでも、悪いけどなぁ。お前の相手はウチやない」

「えっ」



 どういうこと?

 そんなSM嬢みたいなカッコしてるくせに?



「お前はこのまま魔王軍の奴に渡すことになってんねん。だから――」

「すみません。その魔王軍の奴って女性ですか?」

「……悪いがごつい蟲系の魔族のオッサンや」

「いやだぁああああああああああ俺は美しいものに蹂躙されたいのであってオッサンに好き放題されたいわけじゃないんだぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」

「ちょッ!? 声でか!?」

「むぐっ!?」



 咄嗟に声を上げた俺に対し、イユさんが糸を何重にも巻き付けて俺の口元を覆った。

 しまった!!

 よく考えると最初から助けを呼ぶべきだったのでは!?

 と今になって気付いても後のフェスティバルだ。



「別にアンタ個人に恨みはない。でもなあ、ウチは人間そのものを恨んでんねん!! だから、悪いがアンタはウチが魔王軍の中で上に行くための餌になってもらうで」

「むごッ!! むぐ!!」



 クッソ!!

 俺がイユさんに蹂躙されるのは良い。

 だって我々の業界ではご褒美ですから!!

 だがオッサンは嫌だ!! 

 オッサンなんて美しくないものに嬲られても何も気持ち良くない!!

 いやだ!!

 そんなのは嫌だ!!

 俺は美しく強いものに蹂躙されたいのだ!!

 漫画にありがちな殴られればいいだけのくだらないM気取りと一緒にするな!!



「ほな、城の連中に気付かれる前にアンタを連れて――」




 彼女が言いかけた時、俺の身体がに包まれた。





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