第11話 愛のカタチは色々




 気づくと、俺の両手を縛り上げていた糸がすっぽ抜けていた。



「……え?」



 それだけではない。

 先ほどまで俺はバスローブを着用していたはずだ。

 しかし、俺は今なぜか深いグリーンのスーツに、ペイズリー柄の入ったピンク色のネクタイを締め、グリーンの革靴ローファを履いている。

 あれ? 何でスーツ着てんの、俺。

 まあ好みのデザインではあるのだが。



「……ま、まさか。お前、それ」



 困惑する俺に対し、なぜかイユさんは酷く焦った様子だった。

 何だ?

 何が起きたんだ?



「――クソッ!! こんなところで しくじってられんねん!!」



 と、そんなことを叫びながら、イユさんが六本の腕を動かして新たな糸を俺に向けて飛ばしてきた。

 その速さに俺は付いて行くことができず。



「うわッ!? ちょッ!?」



 と情けない声を上げて身体を丸めるので精一杯だったのだが。

 ――ヌルっと、襲い掛かってきた糸が俺の体表面を滑っていった。



「……んんん?」



 ここまでくれば、俺も察しがつく。

 これは、ひょっとして。



『目覚めたか』



 俺の背後に、全身ローションまみれのヤバい感じのおっさん――もといヌルヌルの精霊が現れた。



「えっ、何をさも俺のスタンドみたいな雰囲気で現れてんの? 呼んでねーぞ帰れよ。通報するぞ。竿役の出番はねえんだよ!! このモブおじさんモドキが!!」

『お前、自分の精霊相手になんだ、その態度は! ……ハァ、お前も察しはついているだろう。お前が固有魔法を発動させたから見に来てやったというのに』

「マジで!! やっぱり!!」


 俺の固有魔法が発動したのか!!

 ひゅ~~~~~~!! やったぜ!!

 俺だけのオリジナル魔法なんてテンション爆上げだぜ!!



「クソっ!! やっぱりか!! こんなタイミングで固有魔法なんて完成させよって!! 何やねん お前!!」

「いや何やねんって言われても知らんけど」



 できちまったもんはしょうがねえじゃん。

 ク~~~~~~!! しかし、俺だけの魔法か!!

 マジでワクワクする。

 超かっけえじゃん!!



「で、俺の能力って具体的に何すんの? あれか? 敵の攻撃を受け流す能力とか!?」



 ヌルヌルの精霊の加護なんぞ得た時は完全にはずれだと思ったが、結構 便利そうな能力じゃん!!



『いや、お前の能力はワシが見たところ“全身からヌルヌルした液体を出すことのできる能力”だな」

「おい何だ そのクソみてえな能力!?」



 全身からヌルヌルってどういうこと!?

 


『クソみたいなとは失敬な!! ワシが力を貸してやった能力だというのに!!』

「ふざけんな! むしろ お前が俺の精霊になってしまったせいでこんなワケ分からん能力になったんやぞ!! 全身からヌルヌルした液体を出せることで何ができるんだよ!!」

『何を抜かす!! この能力のおかげで お前は敵の拘束を抜け出し、攻撃を防ぐことができたのであろうが!!』



 ああ、それは確かにな。

 あれ? だが。



「別に俺の手首はヌルヌルしてないぞ。それにさっきはスーツ越しに攻撃されたが、普通に攻撃 効かなかったじゃん。ヌルヌルの液体っていつ出たの?」

『ふむ、ヌルヌルは自在に出したり消したりできるようだな。拘束から逃れるために一瞬だけヌルヌルを出したんだろう。ほれ、試しに念じてみろ』



 とりあえず言われた通りにしてみる。

 ヌルヌルよ、俺の手のひらに出ろ。



「うっわ何か出た!?」



 確かに、俺の両手に薄いピンク色の液体が出てきた。

 ……液体っていうかほぼローションだな。

 


『何かとは失礼だな! その能力は非常に便利なのだぞ!!』

「便利って、ヌルヌルで敵の攻撃を防ぐだけじゃねえの? もしくはローション出るだけじゃん」

『何を言う!! 色も変えられるから着色することもできるわ!!』

「それただの絵具じゃねえか!! 文房具レベルかよ!!」

『それに乾くと固まるから糊の代わりにもなる』

「だから文房具じゃねえか!! お前もう文房具の精霊に改名しろ!!」

『何だと!! 糊とか絵具とかウッカリ忘れやすいものをカバーできるから学校で先生に「も~○○君また絵具 忘れたの?」とか言われてクスクス笑われながらクラスの友達に借りたりせずに済むようになるだろうが!!』

「これからの人生で そんな機会もう無ぇよ!! っていうか何で精霊の癖に日本の学級事情に詳しいんだよ!!」

『ああ、あとお前のスーツが敵の攻撃を受け流すのは、そのスーツがお前の生み出したヌルヌルによって作られているからだな。見た目は普通だが、実際にはヌルヌルで出来たスーツなんじゃ」

「ヌルヌルで出来たスーツって何? そんな日本語 初めて喋ったわ!!」

「やかましいねん!! 何時まで意味わからんこと言うとるんや!!」



 と、俺とヌルヌルの精霊の口論の間にイユさんが割って入ってきた。



「固有魔法の習得は長い年月の修行か、何かの強い精神的ショックが必要だとは言われるが、……まさかこんなタイミングでアンタが固有魔法を習得するとはな。何やねん、ホンマに!!」

「いやあ、すみません。忘れてましたわ。俺、神に愛されてる系パーソンだったんすよね。溺死する~~~自分の才能に溺死する~~~~!!」

『分かりやすく調子に乗っておるな』

「――お前ぇ!! 舐めるのもええ加減にせえよ!!」



 イユさんはそう言うと、あやとりでもするかのように糸を絡み合わせて――糸で作られた大きな怪鳥を生み出した。



「えっ!! 何それカッコいい!! 俺の能力もそういうのが良い!!」

「やかましい!! ウチが魔王軍の手先だと知られた以上お前はこのままにしておけん!! 喰らえや!! 銀糸ストリングス怪鳥ファルコン!!」


 そうは言われても、アンタの方から明かしたくせに!!

 などと呑気なことを考えていると、彼女の作った怪鳥が大口を開けて俺に襲い掛かってきた。

 いや普通に怖――。

 とは思ったが、怪鳥は俺の体表面をヌルっと滑っていって、そしてそのまま――俺の背後にあった高級そうな壺を叩き割った。

 ガッシャーン!! と大きな音をたてて、壺が砕け散ってしまった。



「……いーけないんだ! いけないんだ! せーんせいに言っちゃ~お~う!!」

「そ、そんな。この技でも効かんなんて!!」



 ふざける俺とは対照的に、イユさんは焦った様子だった。

 まあ自分の技がローションに防がれるってまあまあの屈辱だよな。

 とかなんとか考えていると。



「おい!! 何か音がしたぞ!!」

「あっちの部屋だ!!」



 と、外から声が聞こえてきた。

 おっ、やっと騎士か誰か来たようだな。



『む、ワシは人間に会うと面倒だな。イチイチかしこまった態度を取られるもの面倒だし。では、さらばだ!!』



 ヌルヌルの精霊なんぞにかしこまった態度とか取る? 

 と俺が言う前に、ヌルヌルの精霊はどっかに消えた。

 まあアイツほぼ不快害虫みたいなもんだし、どうでも良いんだが。

 とにかく騎士も来てくれるし、これで俺は無事に済みそうだ。



「はわわわ!! どないしよう!? どないしよう!? に、逃げ……いやでもがっつり顔バレしてんねんもん どうにもならへんやろコレ!! うわあああああああ詰んだウチの人生ぃいいいいいい!! ムカつく上司にもペコペコ頭ぁ下げて一生懸命に頑張ってきたのにぃいいいいい!! 詰みや!! ウチの人生詰み詰みザウルスやぁああああああああああああ!!」



 いや人生詰み詰みザウルスって何?

 っていうか異世界にも恐竜っていたんだ。

 ……というかめちゃめちゃテンパってるな、イユさん。

 まあでも魔王軍の手先だし、俺も売られかけたし、まあ衛兵に捕まえてもらうのが丸いかな。

 と思っていたが、いや……待てよ。



「ねえ、イユさん。取引しません? イユさん次第で貴方のこと黙っててあげますよ」

「えっ!? それホンマに言うてる!?」

「ん? いま何でもって――」

「言うてへんわ!!」



 しまった、フライングだった。



「あああああ!! でも もういい!! 時間ないねん!! 取り引きくらい応じたるわ!! はよ要求 言えや!!」

「おっ、マジですか。じゃあ――」










「大丈夫ですか!? 一体なにが――」


 マスターキーで部屋のドアを開けて駆け込んできた騎士たちは、俺達の姿を見て絶句した。

 何故かと言うと。


「このッ!! 豚野郎ぉおおおおおおお!!」

「んぶひぃいいいいいいいいいいいい!!!!」



 俺たちがSMプレイに興じていたからである。

 俺は両手を縛られた状態でケツを差し出し、イユさんが俺のケツを鞭――なぜか部屋の押し入れに入ってた――でシバいていた。



 なお、イユさんは変装魔法を使って人間の姿に戻っている。

 変装魔法と固有魔法を同時に発動することはできないそうだ。

 なので彼女は はだけたネグリジェ姿になり、顔だけSMプレイで使われそうなマスクを付けている。

 このマスクも何故か室内にあったのだ。

 どうやらこの客室はどんなプレイにも対応できるようになっているらしい。


 あと俺も固有魔法を解除したのでパンツ一丁の姿である。

 なお、俺のパンツは先ほど爆発したので、これも室内にあった予備のものなのだが、何故かブーメランパンツしかなかった。

 まあM男っぽくていいんじゃないかと思いますねハイ。


「……え? あの。勇者の兄の瀞江桃吾さんと……ひょっとして神官のイユ・トラヴィオルさんですか?」

「いいえ、ここにいるのはブタが一匹とそれを調教する女王だけよ。それとも、何かしら? ひょっとした参加したいの?」



 騎士の言葉に、イユさんが鞭をスパァアアンと叩きながら応える。

 可哀そうなことに、騎士は完全にビビってしまっていた。

 まあいきなり目の前でSMプレイされたらビビるよね。



「いっ、いえ! 何か大きな物音がしたもので……」

「プレイの一環よ。何が文句でもあって?」

「いえ! ありません!! ……で、では、危険性はないようですので我々はこれで」



 騎士たちは引きつった笑みを浮かべ、部屋の外に去っていった。

 ドア越しに聞こえる、



「……あれ神官のイユさんだよな。優しそうな人だったのに。人は見かけによらないんだな」

「勇者の兄の方は話通りヤバい奴みたいだったな」

「で、でも俺はあのイユさんちょっと良いなって思っちゃった……」

「「えっ!?」」



 という騎士たちの会話が遠くなっていくのを聞いて、俺は彼らが完全に歩き去ったのを確認した。





「ふー、危ない危ない。ギリギリセーフでしたね」

「いや どう考えてもアウトやろ!!!!」


 額の汗を拭う俺に、イユさんが全力でツッコミを入れた。



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