第9話 勃起する春です!





「ほら、お兄ちゃんの部屋はこっちですから」



 そう促されて、俺はやたらと豪華な雰囲気の部屋に入り、そのままベッドに寝そべった。



「お水、こちらに入れておきますね。柑橘類の果汁を絞って入れているので、悪酔いしにくくなりますよ」



 翠と一緒に付き添ってくれたウェイターが、そう言いながらガラス製の水差しをベッドサイドのテーブルに置いてくれた。



「あっ、すみません。ほら、お水を飲んで、お兄ちゃん」

「ん~~~翠ちゃんの口移しなら飲む~~~~」

「死ね。じゃ、私には別室があるそうなので。お休み、お兄ちゃん」



 なんかメッチャ辛辣なことを言われた気がするが、アルコールでダメになった俺の脳では理解できない。

 俺は翠がウェイターとともに部屋を出ていくのを眺めていた。



「……なんで酒って神???? なわけ???」



 俺は自分でも何言ってんだコイツと思いながら訳の分からないことを喋りつつ、水差しからグラスに水を注ぎ、呷った。

 ウマい。

 良く冷えている上に、すっきりとした酸味が酔った身体に嬉しい。


 そのまま俺はシャワールームに向かった。

 酒を飲もうがどうしようがシャワー浴びないとと眠れないんだよな、俺。

 話に聞いていた通り、シャワーは本当にお湯が出た。

 すげえ、なんか魔法で上手いことやってんだろうな、よく知らんけど。

 そんなことを思いつつシャワーを浴び終えた俺は、置いてあったバスローブに袖を通し、2杯目の果実水をグラスに注いだ。

 果実水をチマチマ飲みながら、俺は室内を歩いて回る。


 部屋の中にはダブルサイズのベッドと、意外と簡素な調度品、湖畔にしゃがむ女性の絵画などが置かれている。

 華美にするよりも、調和の取れた美しさを目指しているらしい。

 まあ俺は派手なものの方が好きなんだが。

 なんでシーツが白なんだ。

 ピンクにして派手な柄を入れろよ、ペイズリー柄とか。

 などと思いながら歩いていると、ベッドサイドに置かれた小さな本棚に目が付いた。

 すっげー、表紙が革だ。

 なんというか、ファンタジー映画に出てくる魔法の書って感じだ。



「……ん?」



 そこで俺は気付いた。

 文字が読めるのだ。


 いや、当然ながら俺は日本語の読み書きは人並みにはできるし、ついでに英語も多少は読めるし、中国語は『高橋たかはし』を『ガオチャオ』と読むことも知っている(大学で学んだ。あとの中国語は全部忘れた)。


 つまり、どういうことかというと、異世界の文字が読めるのだ。

 この世界の文字はファンタジーらしいよく分からないグニャグニャした文字だ。

 俺の既存の知識では全く読めないはずなのに、表紙の文字の意味が理解できる。



「……会話も識字も困らないタイプの異世界で良かった」



 そう呟きながら、俺は本を一冊 手に取ってみた。

 タイトルは『えっ!? 何で俺が異世界で勇者に!? ~普通の引きこもりだった俺が勇者と呼ばれるまで~』だった。



「いやラノベか!!」



 と、ツッコみながらも試しに冒頭を読んでみると、どうもこの世界に来た初めての勇者の伝記らしい。

 時代は今から300年ほど前、タイトル通り引きこもりだった主人公が偶々 外出した際に子どもを交通事故から助け、その際に異世界に来たそうだ。

 いや だからラノベかよ、そう思いながらも俺は読み進めていった。

 そのうち寝落ちするだろ、そう思って。



 ……。

 ………………。

 ……………………………………………………。



「いや面白いな、これ?」



 勢いで100ページほど読んでしまった。

 俺は読書は早い方だが、それはそれとして本も読み易いし面白いのでページを めくる手が止まらない。


 話の粗筋としては、先述した通り日本で死んだ青年が女神に導かれ、異世界に転移し、そこで魔王軍と戦っていくというものなのだが、まず最初は人間側の争いがある。

 というのも、魔王だけでなく人間・エルフ・ドワーフ・ハーフフット・ビーストなどが、互いに『我こそが人間だ』と主張して争っていたのだ。

 確かに、創作物ではエルフたちが『亜人』などと呼ばれるが、例えばエルフからすれば『エルフが人間』なのであり、『それ以外が亜人』なのだ。

 そのため、エルフもドワーフもハーフフットもビーストも、元々は彼らの言葉で『人間』と言う意味だったそうな。

 なので、俺達から見た人間は多種族からは『ヒューマン』と呼ばれていたそうだ。

 ……単に英語で人間じゃん。


 と思ったが、これ俺の脳内で勝手に訳されてるから こうなってるだけで、本来の言語のニュアンスは違うのだろう。

 多分だが、女神あたりの基準でわかりやすく翻訳された弊害なんだろうな。

 俺が言語クラスタだったら『余計なことしやがって』と発狂していたところだ。

 まあ別に言語そのものに極端な関心はないので どうでも良いが。


 おっと、話が逸れた。

 そうやって『我こそは人間』と言い張るせいで、侵略しに来た魔王軍との戦いも覚束おぼつかない人間達に対し、主人公が説得して回り、共闘して信頼を築き上げ、魔王軍と戦うための『人類軍』を作り上げたそうだ。


 ……いや、すげーな勇者。

 お前、元 引きこもりなのに凄いな。

 まあ女神から選ばれるだけあった異世界で活躍できる素質はあったらしいが、それでもすげーだろコイツ。

 異世界に来ると こんなに活躍するんだ~~~。

 勇者だもんな~~~~。

 まあ俺は勇者ではないので働かないが。



「しかし割とマジで面白いな。児童書っぽいけど、そのおかげで国の歴史とか文化が よく分かる。序文を読んだ限り基本的には史実に基づいてるっぽいし、これ書いた奴すげーな」



 そう呟きながら次のページをめくろうとすると。

 コン、コン、コン。

 と、部屋のドアがノックされた。

 異世界でも入室のノックは3回なんだな……、と思いながらも俺は「どうぞ」と声を掛けた。



「……失礼します」



 そう言って部屋のドアを開けたのは、シルクのネグリジェを着たグラマラスな金髪碧眼の女性だった。

 太ももや胸元を露わにしている。

 年齢は20代半ばだろうか。

 女性はうるんだ瞳を俺に向けると、こう言った。


「ああ、起きていらしたんですね。……良かった。瀞江桃吾さんですよね。すみません、こんな遅くに……。あの、もしよろしければ私とお話しませんか?」




「なんで?」




 俺は疑問に思ったので そのまま尋ねた。

 するとその女性は「えっ!?」と声を漏らした。



「なんで、って。その……、私の姿を見て何も感じませんか?」

「??? 寒そうだな、とは思いますが……。あっ、バスローブの余ったのありますけど、……要ります?」

「いや要りませんよ! えっ、うそ……。この反応はちょっとショック……」



 何をブツブツ言っているんだろう。

 もっと腹から声出せ。



「あの、俺、本 読んでるんで。用ないなら帰ってもらっていいですか? ドア空いてると落ち着かないし」

「えっ、あっ……。そ、そうですか……。分かりました。すみません、お邪魔しました」



 女性はそう呟いて、悔し気に下唇を噛みながら部屋を去っていった。

 何だったんだアレは。

 まあ良いや。本の続き読も。

 そう思って、俺は眼鏡を掛け直す。


 コン、コン、コン。


 そう思ったのに、また部屋がノックされた。



「……どうぞ」

「失礼するわね」



 次に来たのは20代後半くらいの、褐色黒髪の美人だった。

 先ほどの女性と同じくシルクのネグリジェを着ているが、さっきの女性よりも色味も柄も派手だ。

 カッコいい、アレ俺も着たい。

 


「瀞江桃吾、よね。……ねえ、ちょっと良かったらお姉さんとお話ししない?」

「何で?」

「えっ!?」



 この女性も俺の言葉に驚いていた。

 何? むしろこっちがいきなり部屋に来られてビックリしてるんだけど。

 しかし、今回の女性は先ほどの女性と違い、驚いた表情を浮かべた後に楽し気な笑みを浮かべ、上唇を舌で舐めた。



「へえ、あの子が凹んで帰ってくるわけね。面白いじゃない……」



 そう言いながら、彼女は両手を頭の後ろで組み、肘を上に向かってあげると、背を大きく逸らした。

 まるで自分の腋を俺に見せつけるように。



「ねえ、分かってるんでしょう? どう、お姉さんは?」



 彼女はそう言って、薄い笑みを浮かべながら俺を見つめてきた。

 ……そうか、なるほど。

 

 完全に理解した俺はバスローブを脱ぎ、パンツ一枚の姿になった。



「……あら、もうやる気なのね。良いじゃない。それに……なかなか良い身体ね。お姉さん気に入――」



 言いかけたところで、その女性は固まってしまった。

 俺が、頭の後ろで両手を組んで肘を上げ、腋を見せつけるようなポージングを取っているのを見て。



「えっ……? あの、貴方なにを――」



 戸惑う彼女に対し、俺は大きく息を吸い込んで。



「男性ホルモン受信中!!!!!!」



 肘を左右に動かしながら、俺は そう叫んだ。

 ――キマッた。

 そう思った俺に対し、女性はポカンを口を開けていた。

 あれ? ひょっとして滑った?



「……あの、お姉さん。これ、ひょっとして俺にお笑い芸人のワ〇キーの一発芸をやって欲しいということではなかったんですか?」

「違うわよ!! だれ!? ワッ〇ーって!?」

「違うのぉ!?」



 世の中の一発芸で俺これが一番好きなのに……。

 知らない人は『男性ホルモン受信中』でググって欲しい。

 でも、そっか。

 異世界だもんな。

 ワ〇キーの一発芸も異世界じゃ無名か……。

 けど、大丈夫。

 ワ〇キーはいつだって俺の心の中で生きているんだ。

 知らんけど。

 これ以外のワ〇キーのネタ知らんし。



「えっ、でも『男性ホルモン受信中』を要求したわけでもないなら、何で俺に腋を見せたんですか?」

「こ、この子。ひょっとして、この私を相手に言葉攻めの羞恥プレイ……? あなた、やるわね」

「え? 何? シンチー・プレイ? シンチーってひょっとして『少林サッカー』の監督してた映画監督のチャウ・シンチーのことですか?」

「知らないわよ!! 誰それ!? ……はあ、全く。なかなかの強敵ね。私でもダメなんて。良いわ、出直すことにしましょう。じゃあ、私は帰るわ。いきなり失礼したわね」

「失礼な自覚があるなら、こんな時間に他人の部屋に来るべきじゃないと思いますよ」

「こ、こいつっ!!」



 そんな話をしながら、彼女は去っていった。

 いやマジでなんなんだ……。

 本の続きを読みたいのに。

 そう思いながらバスローブを着直していると、またしても部屋がノックされた。

 うっせーなマジで。

 本が読めねえだろ。



「はいはい、どーぞ!」



 ちょっと苛立ちながら、俺が答えると「し、失礼します」と緊張したような面持ちで、またしても女性が入ってきた。

 ……いや、少女と言うべきか。

 彼女は薄いピンクの髪をツインテールにした、10代前半の少女だった。

 彼女もネグリジェを着ているが、……先ほどの女性たちのものよりも更に薄いデザインのものだった。



「あ、あの……。瀞江桃吾さん、だよね。もし、お兄さんが良かったら、私とお話を――」

「お嬢ちゃん、君のご両親はどこで何をしているの?」



 彼女の言葉を遮って、俺は尋ねた。



「えっ? ……あ、あの。パパとママは……お家で、寝てると思います」

「パパとママは、こんな夜遅くに、君が、見知らぬ男性の部屋に来たことを知ってるの?」

「えっ? えっ?」



 彼女は明らかに困惑している。

 これは……ひょっとして……。



「ねえ、お嬢ちゃん。ひょっとして君はパパかママに言われて、こんな時間に誰か男性の部屋に行けって言われたの?」

「……えっ!? い、いや。そういうのじゃなくて……」



 彼女はしどろもどろになりながら応えようとするが、その反応で俺は理解した。

 俺はスリッパを履き、更に部屋のドア付近に吊り下げられていた長さ70センチほどの木製の靴ベラを手に取った。やや重いが、しかし頑丈そうだ。

 これなら問題ないだろう。



「よし、お嬢ちゃん。君のパパとママはどこに居るんだい? おじちゃんが君のご両親の頭蓋骨に児童虐待防止法の重みを叩きこんであげよう」

「ああああああ!! 違うんですよ、そういうんじゃないんです!!」



 彼女は両手を広げて俺を止めた。



「ん? 違うの?」

「はい、大丈夫です! そう言うのじゃないです! じ、実は私ハーフフットと言う種族でして! 大人になっても見た目が子どもっぽいだけで、実は29歳なんです! ほら、耳もちょっと尖ってるでしょ!! ヒューマンじゃないんです!! 私29歳なんです こう見えても!! あなたよりも年上なんです!!」



 言われて見れば、確かに耳が少し尖っている。

 それに今 読んでいた本でもハーフフットの紹介文は やや耳が尖っていて大人になっても子どものようだと書いてあった。記述と一致する。



「……そうですか。分かりました。困ってる子どもが居なかったって言うなら、それは良いことです。で、だったら俺のとこに何しに来たんすか? もう日付け変わりましたよ? 睡眠不足は お肌の大敵なのに」

「えっ!? 結構 きわどい格好してるのに その反応!? ……勇者は総じて鈍いっていうけど、これは予想以上ね……。というか児童の性虐待の可能性は考慮するのに、何で自分がそうなるとは理解していないのかしら?」



 うん? 何を言ってるんだろう、この人は。

 あと勇者とか何とか言ってるけど、俺は勇者の付き添いなので勇者ではないぞ。

 用がないなら帰れよ。



「……はー、マジで強敵なのね。じゃあ、私も帰るわ。じゃあね」

「はあ、そっすか」


 そう言って俺は去っていく彼女を見送ってから、ベッドに寝転がった。

 なんなんだ、3人も来るなんて。

 大体、こんな夜更けに薄着で異性の部屋に来るって、そんなのお前……。

 お前……。

 おま……。



「うああああああああああああああああハニートラップじゃんアレぇえええええええええええ!!!!!」



 何で気付かなかったの!?

 馬鹿かよ俺は!!

 酔ってたからか、酔ってたから気付かなかったのか!?

 いや結構 前から頭はハッキリしてたぞ!!

 ――そうか、俺これまでの人生でモテたことないから『自分が異性に言い寄られる』と仮定したことが無いんだ。


 高校までは男子校のクソ真面目なガリ勉だったし、大学に入っても堅物だったから異性交遊ほぼ無かったし……。

 というか、我ながら児童の性的搾取の可能性にはすぐ気づくのに、だからと言って自分のところにハニートラップに来たとは一切考えないのは徹底してるな。


 ところで、これは俺の持論だが、童貞は二つに分けられる。

 一つ目は、すぐに『あれひょっとして俺この子に好かれてんじゃね?』と思って相手を気にして好きになる奴。

 そして二つ目が『異性が俺のことを好きになるはずがない』と固く信じてる奴だ。


 そして俺は圧倒的後者ッ!!!!

 おかげで自分がハニートラップされるなんて考えもしなかった!! 

 道理で薄着だと思ったぜ!!

 普通に『風邪ひくだろバカ』とか思ってたわ!!

 馬鹿は俺だ!!


 どうする? 三人も断ったから もう誰も来ないか!?

 ワンチャンあの人たちをまた探すか?

 いま思うと褐色のお姉さんとか結構 好みだったし……。

 合法でもロリはちょっとアレだし、金髪美人は……何か……普通だったし。美人だけど普通な人はなんか物足りないんだよな。


 となると褐色お姉さんが やっぱ一番だ。

 よっしゃ!! 探しに行こう!!

 よーし!! 俺も異世界でオトコになってモテまくって謎のポージングをしながら『勃起する春です!』とか言うんだ!!



 などと考えていると、

 コン、コン、コン。

 と、再度ノックがあった。

 なんてこった!! またしてもチャンスが来た!!

 ありがとう神よ!! まだ俺を見放してはいなかったのか!!

 あっ、でも神様の足を今日しゃぶったんだったな。

 あんなので興奮していた俺が馬鹿みたいだぜ!!

 俺も今日から全身しゃぶしゃぶだ!!

 うおおおおおおおおおお興奮してきた!!!!!!



「はい空いてます!!!!!! どうぞ!!!!!!!!!!!」



 俺は今までに無いくらい元気よく返事をした。

 すると、部屋に入ってきたのは。





「ほっほっほ、瀞江桃吾クンじゃな? どうじゃね、ワシと暑い夜を――」

「チェンジで!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 部屋に入ってきたババアに向かって、俺は全力のデカい声で叫んだ。



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