九.H

「なんと! ミラルネはまだ未経験な子供でごぜゃーますぞ!」

 ミーナの親方が身を乗り出した。あー、名古屋弁か。

「そう、まだ見習いやそうやな。故に思いもよらぬ事を考えるもの。現にこの発案は、ミラルネから出たものや」

 官房長は、何やら図や文字が書かれた木板の束を片手で示した。板は有り合わせのものらしく、厚さも大きさもまちまちだ。

「いつの間にあんなものを」

 親方がミーナを睨む。小さくなったミーナをかばうように官房長は、

「寝る時間を削って、目をあこうして描いたもんや。大目に見てあげなはれ」

「は」

「ウニオはんには今後、神装機や魔法具を仰山作ってもらわんとあきませんよって、これに関わる暇もありませんやろ。せやけど、彼女に足らん経験は補うてほしい。よろしおすな」

 親方--ウニオさんっていうのか――は頭を下げた。

 代わって、衛士隊の隊長さんが身を乗り出す。

「恐れながら申し上げもす」

 こちらは武人で、薩摩弁っぽい感じか。つくずく俺の感性がベタすぎる。独創性がない。

「この島を守る以上、衛士隊に属すべきものと考えもす。ジルナリンはまだ経験も浅く、官房長様のお役に立つには未熟。そこの少年に至っては、神装鳥乗りですらありもはん」

「確かにジルナリンは未熟ですなあ。他の衛士さんたちが勝ち目がないと見切って荷の引き上げに懸命な中、地上の人を守らんと人型にただ一人向かっていかはったくらいですしなあ」

 そう言われ、隊長はうつむいた。後ろから表情は見えないけど、体が小刻みに震えている。

「無論、デヘイヤはんがおらしてたら、荷も守り、人々も守れたと思います。まことに恐るべきは二日酔い、ですなあ」

 あー、この人、酒で潰れて、参加してなかったのか。道理で見た覚えがない。

「その事は、別途罰をお与えください。それはそれとして」「それもこれも一緒くたに解決するのが私の流儀ですよってな」

 もう議論する気は無い、そう言っている事は俺にも分かった。隊長も黙って頭を下げた。


「三人は、私の直属になってもらいますわ。その代わり、治療費の半分は私が持ちます。残りの半分をアルス、残りをジルナリンとミラルネが分け合う、それでよろしおすな。無論、三人には給金をきちんと払いますよって。返済はアルスが二年、ジルナリンとミラルネが一年、というとこですかいな」

 顔を見合わせる。二人とも明るい表情。

「ほな、これでよろしゅおすな」

「「「はい」」」

 俺たちの声が揃った。

「ところで」

 盛り上がった所に官房長自ら水を差してきた。

「アルス、君は地上では、少なくともロジェスカでは、死んだことになってます。その前提で、ツケや借金はチャラになってますし、警備隊からも名誉除隊になってます」

「あ」

 そういえば、色々な所にツケを残してたっけ。

「そういう訳やから、ここでは別のなーを名乗ってもらいます。なんにします?」

 俺はびっくりした。ここまで、一度も同意を求められていない。だけど話は分かる。

 俺はちょっと考えて答えた。

「じゃあ、エイイチ。エイイチ・アマノ」

 いい機会だ。元の名前にしておけば、呼ばれても気付かない、とか思い出せない、という事もないだろう。

「よろしおす」

 官房長は横に控えている女性にうなずいた。

「エイチ・アマノで」

 いやエイイチ、って言おうと思ったら、ジーナに手をひっぱたかれた。あー、偉い人の発言を下々が訂正したら駄目なのか。

 もういいや、エイチでも(諦め顔)。

 どうせここは異世界だ。

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