第33話 ミレイの憂鬱③
あの戦闘から24時間が経過していた。
報告書は早々に作り終えている。
その後の休息に飽きてしまって外へ出たは良いが遊ぶような金も無く、部屋に戻って寝てはみたものの1時間で目が覚めてしまう。
結局はターミナルの一角に陣取って、電素列車が並ぶ中で機械巨人の修理作業を眺めていた。
(生きて戻って来られた)
自由都市『カラカス』は緩やかな起伏の上に作られた街である。
近くのハバナ湖はかつて漁が盛んだったそうだが、今では水質汚染が進んで産業の中心は鉄道へと移っている。
敗戦で職を失った帝国軍の技術者たちはここで電素列車の開発を始めたそうだ。
それまで太陽光キャパシターは発電量の問題から
様々な苦難を乗り越えたのは別の物語であるが、とにかく電素列車は完成してそれまでの『石炭と水を使った汽車』と一線を画す乗り物が誕生したのである。
あとはその利便性に乗じた共和国が巨額の投資をして線路を整備し(これは首都近傍を除いて挫折してしまった例が多い)、鉄道網は完成に至った。
かつての敵国が培ってきた人材のよる技術的ブレイクスルーの恩恵を受けることに何を感じたのかは知らなかったが、なかなかに厚顔無恥だとは思う。
(歴史の勉強ってたまに役に立つ……)
しかし『オンスロート』と『ストロングホールド』を乱暴に積んだせいで、電素列車の荷台は使い物にならなくなっていたのだ。
乗る際に蹴ってしまったせいで梯子状に締結しているフレーム部分が歪み、ロック用のバーが動かなくなってしまったのである(注記しておくが、牽引する機関車が壊れたわけではない)。
こんな状態で長距離を走れば機体が徐々にズレて落ちてしまうか、反った車台のせいで車輪が浮いて脱線する恐れがあった。
武器コンテナを捨てた分で積載重量に余裕があったものの、鹵獲した『ナイン・タイタン』まで運べたのは幸運だったのだろう。
(まったく、厄介極まりない)
例の宿場からは相当離れている。
辺境とはいえ、鉄道網が整備されたカラカスの街は一応程度の物資が手に入った。
だが弾薬は補充できても十分な整備は望めない。
リノの街のような機械巨人のアリーナが無いため、民間の整備工場が皆無である。
ここは自由都市を名乗るだけの規模を持っているため、共和国軍は在中していなかった。代わりに軍が要請すれば今回のように鉄道を使える。
当然のようにカラカス自身が防衛組織を持っていて、
弾薬の補充に応じてくれただけマシな対応ではあったが。
「はぁ……」
そんなわけで申し訳ないが青空の下でメカニックに作業をしてもらっている。
作業する高さを少しでも低くするために足を伸ばした状態で座らされている『ストロングホールド』は何とも間抜けである。
その背後では足場が組まれ、これまた借りてきたクレーン車が複雑なパイピングの先に波打つフィンを持った部品を吊り上げていた。周囲のヘルメットをかぶった作業者たちが声を掛け合って、取り付けを進める。
オイルジェルが漏れたせいで清掃の手間もあり、黒く染みたウェスがあちこちに散乱していて異臭を放っている。
それでも破壊された熱交換器の予備パーツが手に入ったことは僥倖だった。
出所は昨日交戦した『ナイン・タイタン』である。
隊長殿は四肢を攻撃するのに留めてくれたおかげで(パイロットを殺す気は無かったらしい)、背中にある熱交換器は無事だった。
それをいただいたのである。
私の愛機は『タイタン系』でも『コロッサス系』でも無い特殊な
修理が仕事の人間からすれば面倒なことこの上ないだろう。
「浮かない顔だねぇ、ミレイちゃん」
憂鬱な気分で突っ立っている私の横に、筋肉質な中年ランニング男がヌッと現れる。
いや、隊長殿と訂正しておこう。
昨日の出撃のせいか疲労の色が見て取れた。短く刈り込んだ黒髪はいつも以上にボサボサで、目も赤い。
「そちらも浮かない顔なのでお互い様です」
「休む間もなく働いているおじさんのルックスに文句言われてもねぇ」
「とりあえず、おつかれさまです。上からの指示はありましたか?」
「変わらんよ。報告書をあげた後は現状待機の一点張りさ」
肩を竦めたところを見るに、私と同じく上に不満があるようだ。
少しくらいは戦果を褒めてくれてもいいのに。
「本当にこれが『コード912』なんて大層な名前の付く作戦なんですか?」
「
有り得る話だ。
あの『ナイン・トゥエルヴ』がターゲットなのだから、討ったとなれば大金星である。
手柄を誰のものにするかで腹の探り合いをしているのだろう。
あまりに無縁で不気味な世界を想像するとゲンナリした。疲労が倍加したかのような錯覚に陥ったため、別の話題に切り替える。
「そういえば、あの青年は何か吐きましたか?」
「アッチはアッチで強情だねぇ。なぁ〜んにも話しやしない」
「では情報を得られていないということですね……」
「いや、そうでもないさ。鹵獲した『ナイン・タイタン』の肩アーマーに企業ロゴが入っていただろ? そこから色々と調べられたよ」
そういえばあったような気がする。
どんなマークだったかは具体的に思い出せなかった。
「身元が分かったんですね?」
「名前はヨルズ・レイ・ノーランド。20歳。リノの街のアリーナで去年の新人王に輝いた有望株の機士だってさ」
「ノーランド?」
「そう、ノーランド。知り合い?」
「違います」
残念ながら知らない。
伝説的なチャンピオンならともかく新人王程度では余程の物好きでなければ名を耳にする機会も無いだろう。
「どこかで聞いたことある名前なんだけど、おじさん思い出せなくてさぁ〜」
「年齢の所為ではないでしょうか?」
「うわっ、辛辣ぅ」
「ツッコミませんよ。ということは
「その通り。あの『ナイン・タイタン』はテンガナ・ファクトリーとかいう工場で仕上げられたカスタム機だそうだよ。コックピットの中も見たけど電素探知機が装備されてなかったからねぇ。火器厳禁の場所で戦うヤツがST8を2丁も持っていたのは謎だけど」
「アリーナ上がりからの傭兵家業。所謂、機士のエリートコースですか。鼻につきますね」
「そういうとこだよ、ミレイちゃん」
「すいません」
「俺らは俺らでいいんじゃないかな。何せ『ゲリラ殺し』の隊長に、『上官殺し』の部下だもん。あまり気取らなくても……ね?」
実に体裁の悪い二つ名を喋ってくれるものだ。
デリカシーが無いに等しいのに、その上でウィンクまでするのは寒いのでやめて欲しい。
私達は汚れ仕事と引き換えに、軍に生かされているだけの存在なんだと嫌でも思い出してしまう。
「ここから、おじさんの勝手な予想なんだけど上の連中はこう言うんじゃないかな? 整備が終わったら再戦してこい……ってね」
「それでは2度手間です。最初の戦闘で『ナイン・トゥエルヴ』を討てばよかったじゃありませんか」
「あの時点じゃホンモノかどうかも分からなかったからねぇ。
「今なら、勝てるとでも?」
弱気になってしまう自分が嫌だった。
相手は……あらゆる火器が通用しない化け物である。
そもそも地上最強の兵器であるアニヒレイターが通用しない時点で、どうしろというのだ。
「勝てるさ」
隊長殿は嫌に自信満々である。
この人がこう見えても切れ者で、腕が立つことくらい知っていた。
実際に『ナイン・トゥエルヴ』と交戦した際も、バカみたいにはしゃぐパブリック回線通信の裏でコッソリと私に指示を出していたのである。
あれだけハイテンションな独白が実は演技で、その裏で冷静に喋れているのだ。なかなかの役者である。
武器コンテナの中身を可能な限り試すから、敵が気を取られている間に『ナイン・タイタン』をパイロットごと電素列車に乗せろ……と。
そういう命令を密かに受けていた。
「50年前の帝都包囲戦でもね、あの黒い
「特殊な力場?」
「光を捻じ曲げて、物体の運動を逸らす不可視の力場だねぇ」
「本当に光が曲がっているなら、こちらは敵の姿を正しく認識することすらできない筈です」
「揶揄だよ、揶揄。現にミレイちゃんだって黒い悪魔にコッチの攻撃が効かなかったところを見てるだろ?」
「あり得ない技術です」
「だが現実には存在していた。戦時中の帝国軍が、宇宙人をメカニックに雇っていたというバカげたウワサも案外本当だったりしてね」
「人類は空を飛ぶことすらできていないのですよ。月の浮いているさらに上など行ける筈もありません」
「ロマンがないなぁ」
無闇に反論すると隊長殿は苦笑いした。
私は光を捻じ曲げるというとんでもない現象を目の当たりにしている。
不可能とやらの証人になれてしまうのだ。
隊長殿は感慨深げに空を仰ぐ。その目には珍しく強い色が宿っていた。
「意外と攻略方法はあるよ。推察の域を出ないけど『ナイン・トゥエルヴ』は自分の発生させる力場のせいで飛び道具や電素探知機が使えないんじゃないかな? 昨日だってランス1本しか武装が無かったみたいだし。普通に考えれば2丁あるST8をタイタンとトゥエルヴにひとつずつ持たせるでしょ?」
「一理ありますね……」
「ま、お偉いさんにも全部報告したけど……どう判断するんだろうねぇ」
「『ナイン・トゥエルヴ』には観測手を付けているんですよね? それならば戦力を集結して叩くべきです」
「それがさ、送った連中から定時連絡が来ないんだ。勘付かれて攻撃されたんじゃないかな?」
「そんな……」
「確認のために次の人員を送ったけど、『ナイン・トゥエルヴ』は例の宿場町からは動いてないそうだよ。しかも敵はさらに白い
ケルベロス部隊が特殊な
あの宿場町から1番近い位置にいるのは私達だ。
放っておいたらそのまま逃げられてしまう可能性が高い。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、ミレイちゃん。あのヨルズ君とやらには人質としての価値があるんだ。おかげで敵の行動に縛りをかけられているよ。戦力を集めているのは彼を奪還するためじゃないかな」
「アリーナの機士が『ナイン・トゥエルヴ』の護衛に雇われていただけじゃないんですか?」
「思い出してみてよ。最初に『ナイン・タイタン』が突っ込んできて、その後で『ナイン・トゥエルヴ』が来たでしょ。この場合は護衛に時間稼ぎさせて、黒い方はそのまま逃げる……っていうのがセオリーだよねぇ?」
「けど、敵は『ナイン・タイタン』を助けに来た……」
「そうだね。それに捕まえたパイロットがただの傭兵ならば、拷問された時点ですぐに情報を吐くさ。頑なに拒むってことは、『ナイン・トゥエルヴ』は身内の人間が乗っているんじゃないかな」
「それも一理あります」
「ヨルズ君は殺さないでおくよ」
「その後は人質にして敵に投降を促すつもりですか?」
「アリだけど回りくどいから他の方法を使おうかなぁ。あの宿場町から動かないのであればチャンスだからねぇ」
遠くでは熱交換器の取り付けが終わったらしく、メカニックたちがスリット入りの装甲板をクレーンに釣り上げている。
確かな殺気が隊長殿から滲み出ていた。
くたびれた様子とは裏腹に、鋭くて仄暗い。
「起動する前に狙撃するよ。『オンスロート』と
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