【短編】絵描きの息子

Lie街

絵描きの息子

車もめったに通らない、鬱蒼とした山奥に佇む一軒家は夜になると砂金のように煌めく夜空とそれを引き立たせる闇とに挟まれて黒いシルエットを浮かべる。その家には絵描きとその息子が住んでいた。


「ねぇねぇ父さん。」


玉のような目をかがやかせながら、絵描きの息子のジンは絵描きの体を揺さぶった。


「どうしたんだいジン、また素敵な疑問でも閃いたのかい?」


絵描きはいかにも愉快そうに顔のシワを寄せた。それは砂漠の波打つ砂のように。


「そうなんだ!聞いてくれるかい父さん。」


「そうか、そうか、なんでも聞いてやろう。言ってみなさい。」


握っていた筆を作業机の上に置いて、改めてジンの黒い瞳を絵の具まみれのカラフルな顔で見つめた。


「さっきお外を通った大きな怪物は何?僕を前にすると動かなくなって、離れたら走り出したんだ。速さも猪と同じくらい早かった。いや、それ以上かもしれないよ!」


ジンが熱心に語る姿を見て、また、その愉快そうな顔をより一層愉快そうにして、ワハハとワニのような大口を開けてひとしきり笑ったあと、頬をフグのように膨らませたジンが絵描きに向かって言った。


「何が、何がおかしいのさ!!」


絵描きは少しからかいすぎたと思いながら、自分によく似たもじゃもじゃの頭をワシワシと撫でてやった。


「すまん、すまん。ジン、お前の表現があまりに可愛かったから、ちょっと楽しくなってしまったんだよ。」


絵描きはジンの頭から手を離すと2回頷いた。


「あれは、車って言うんだ。」


「くる…ま?」


初めて聞く単語にジンは少し、考える素振りを見せて。その言葉を何度も復唱していた。九九でも覚えているようで微笑ましかった。


「くるまは動物?」


地面を見つめて思考を巡らせていたジンが突然意識を取り戻したかのようにほとんど反射的に絵描きの方を見て言った。


「いいや、車は機械さ。」


「嘘だ、機械はあんなに速く走ったりしないよ。機械はもっと小さくて持っていったり出来るやつならあるけど、あんなに大きいやつは持っていけないし!」


ジンは絵描きが使っているスマートフォンしか機械を知らない。だから、機械は小さくて持ち運べる便利な箱だと思っていた。そこで絵描きは筆を取った、そして画用紙を1枚目くって頭のイメージを投射した。


「君が見たのとは多少違うかもしれないけど…」


そう言いながら、筆を生き物のように動かして絵を描いていく。紙に注がれた眼差しは真剣でどこか優しい気持ちになれる様な気がした。

絵描きは画用紙を慣れた手つきでひょいと取って、そこに描かれた絵をジンに見せた。真っ白い画用紙の真ん中に割と大きめに綺麗で立体的な絵が描かれていた。


「これが車さ…どうだい?これが生き物にみえるかい?」


絵描きは簡単なみんなが思い浮かべるような白いビンテージ感のある四角い車を描いた。


「ううん、全然。僕が見たのはこんな形をしていたの?」


「全然違う?」


「暗かったから分かんないよ。」


少し困ったような顔でもじもじと指を組んだり外したり手をもんでいたりした。


「そうか。でも、ジン。夜中に出歩いてはダメだろう?次からはお父さんもちゃんと連れていくこと!」


「ごめんなさい。」


「分かった?」


「はーい!」


ジンは元気に返事をした。

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