佐藤小夜の視点4
ページにはべっとりと赤い文字で最終警告が書いてあった。『注意』と。…でも、やっぱり、ここが何なのか、坂倉はどうなってしまったのか、やはり知りたかったので、ページを思い切り開いた。
「日記……?」
時乃アズサの名前が怪しく光る。…って、この名前、タイムマシンの、時乃アズサ博士じゃないか。確か、あの、蘇我隆平と研究を進めていた、あの。その後、上りに上がった知名度を利用して、一躍有名人になり、本も何冊か出している著明者だ。
私は焦るようにページをめくる。
『今日は阿佐ヶ谷研究施設で、大規模の実験がある。これが成功すれば、事実上の大発明、俗に言うタイムマシンの完成だ。この日をずっと待っていた。』
『大変なことが起きた。タイムマシンの起動は大規模なバグを巻き起こしてしまったようだ。今日の日付は7月25日。そして、昨日の日付も7月25日。この世界は、7月25日から動いていない。』
『責任をとることにした。7月25日からタイムマシンを逆行させる。人類はもう一度7月25日からやり直す。それは誰の記憶にも残らない。しかし、始点と終点がなければ線が引けないように、こちらの世界に誰かが残る必要がある。勿論一人で。責任は私にある。怖くないわけではない。が、やらなくてはいけない。幸い、無機質の輸送にはバグの発生はないことは分かっているため、手紙でのやり取りはできる。』
『ある可能性が浮上した。始点は引き継がれなくてはいけないものなのかもしれない。それは、例えば私が死んだとき。次の一人がいなければ、始点は行き場を失ってしまう。次の誰かに受け継がれなくてはならない』
……え。
『可能性は正解だった。死刑囚で実験を行ったと、手紙が来た。始点がずれて、終点の一人にバグが発生。『生きているのにしんでいる』状態に陥り、壁に上半身を突っ込んだ状態で振動し続けているらしい』
『手紙が届かなくなって半年が過ぎた。私の見解が正しければ、大方政府の手が入ったのだろう。今頃私は、駅の壁なんかに捜索願として張り出されたいるのではなかろうか』
『しかし、さびしい。孤独って、こんなに辛かったんだ。苦しい。あぁ、厭だ。…いや、だめだだめだ。ここからだ。ここから始めよう』
『いつもどおりの一日をおくる。特に変わることなどない。変化は同種族の生き物がいて始めて起こると気づいた』
『ルネサンスに関しての記事がデパートに落ちていた。私はやはりミケランジェロが好きだ。綺麗な像を掘り出すような研究者になりたかった』
『はじめから分かっていたことだが、一人というのは退屈なものだな』
『ガムシロップが切れた。これじゃブラックコーヒーしか作れない』
『せっかくなので、発電所のメンテナンスが自動でできるようにした。自立機械が修復できないほどの故障があれば(まぁ絶対にないだろうが)私の所へ通知が来る』
そこで、日記は終わっていた。その後はシール帳のようにシールが乱雑に貼られている。突然ブツリと生命線を切られたようで、なんだかよく、分からなかった。
私が、始点。次の、始点。そして、すべて知ってしまった私は、この世に存在してはいけないのだ。
顔も名前も知らない誰かに、世界のために連れ去られて。ここで、一生、一人ぼっち。
佐藤小夜は高く笑った。可笑しくて可笑しくて仕方なかった。坂倉に電話をかけようとしたが、電話番号は受付拒否になっていて、それがさらに笑いを誘った。
あははははは。うひゃ、うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ。
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