第22話 みんなでレベル上げ(3)


「それってなに?」


 メイアの指先で輝きを放つ球体を眺めながらユイは疑問を口にした。物体は昨日、スライム退治の後に残っていたものと色は違えど同じ大きさだ。


「見たことないの?」

「うん。初めて見る」

「これは魔核コア。……まさか、これも知らないの?」

「うん、あまり見たことないかな。けど、魔物を退治したら落ちてるのは知ってるよ」

「魔核っていうのは魔力の源みたいなもの。魔物を討伐したら例外なくが落ちてんの」

「さっき錆剣これで叩いた時に何かが割れる音がしたけど、それって魔核を壊したってこと?」

「多分、魔核じゃないかって言われてる。弱点の一つみたいなもので魔物は全員、体のどこかに鉱石みたいなの持ってるの。それが壊れてまた再生したのか魔核とは別物かよく分かってないけどね」


 メイアは魔核を太陽光に透かすように掲げた。


「武器や武具、薬を作る際に核として使うからまあまあの金になるよ」


 金、という言葉にユイは背負っていた鞄からスライム狩りの際に入手した魔核を入れた小袋を取り出した。中には二十四個の魔核が入っている。


「これも?」

「それは『1モノ』。金額だと大体一ベニーってところかな」


 一ベニー。日本円で約百円。言葉でいえばたったのそれだけだが、貧乏なユイにとっては例外だ。


「そんなに貰えるの?」


 爛々と輝く瞳でメイアに詰め寄った。『1モノ』といえど二十四個分、つまり二十四ベニーあるのだ。嬉しい以外のなにものでもない。


「あんたって本当に変わってるわ。『1モノ』なんて子供しか喜ばないよ」

「でもお金になるんだよ?」

「じゃあ、これはあんたにあげるよ」


 緑色の魔核を受け取ったユイは破顔した。


「いいの? ありがとう!」

「あんたと会ってから初めてみる一番のいい笑顔」

「だって嬉しくって」

「友達と会うために貯金しているんだっけ。なら、今日、手に入れた魔核は全てあんたにあげるよ」

「いいの!?」

「これまたいい笑顔だね」


 苦笑しつつメイアはアリスへと視線を投げた。


「ちょっと、アリス。いい加減にしな」


 アリスはきょろきょろと周囲を見渡していた。何かに警戒している様子だ。


「アリスはどうかしたの?」


 その普通ではない様子にユイは片眉をひそめる。


「ああ、あれね。さっきの芋虫の悲鳴って仲間を呼ぶから警戒しているみたい。あんなに叫んだからけっこうな大群がくるよ」

「……仲間?」


 聞き捨てならない単語に、もう一度、「仲間?」と問うとメイアは先程同様とてもいい笑顔を浮かべた。


「そうよ。あんたのレベル上げが目標なんだから、わざと苦しめたの」


 その時、遠くの茂みが不規則に揺れた。


「あ、来たみたい」


 メイアが楽しそうに視線を向ける。先程の芋虫より一回り大きめの個体が茂みから顔を覗かせていた。空気を嗅ぐようにふんふんと鼻先を動かしながら、ゆっくりとした動作でこちらに向かってくる。


「姉さん、けっこうな数が近寄ってるよ」


 顔を青くさせたアリスが小声で囁いた。


「私とユイさんは姉さんと違って戦闘系じゃないのよ!」


 ユイは娼婦。アリスは医者。一応、武器は持っているが戦闘系の職業ではないし、攻撃魔法やスキルは持ち合わせていない。蟲が一匹ならどうにか対処はできただろうが、向かってくるのは一匹どころか五十匹以上。

 アリスは「姉さんの馬鹿!」と叫ぶと顔を覆った。


「けっこうな数っていっても五十体ぐらいでしょ。成虫はその一割程度。これならあんた達を守りながらでも私一人で戦えるし平気」

「……姉さんはユイさんに説教できるような人じゃないと思う」

「急に冷静になるね」


 すんっと無の表情になる妹を一瞥するとメイアは剣を持ち上げた。芋虫に近づくと先程同様、体を真っ二つにする。


「ユイ。早く止めを刺してあげな」


 断末魔の叫びを聞きながらメイアは「早くしないと仲間を呼ぶよ」と付け加える。

 メイアの言いたいことを理解したユイは嫌そうに眉間に皺を寄せた。

 メイアがなぜ、弱い芋虫に狙いを定めたのか今、分かった。芋虫に仲間を呼ばせるためだ。近寄って来た仲間を倒し、レベルを上げつつ、また集まってくる芋虫を倒す。これなら広大な森林を徘徊せずに同じ場所に留まるだけで獲物は向こうから来てくれる。無限ループの完成だ。

 その叫びを止めるためにユイは芋虫に走って近づいた。飛び散る体液が皮膚に付着し、そこが焼けるように痛いが構うものか。早く止めを刺さなければ、あの気持ちの悪い蟲が大群で押し寄せるのだ。


「メイア! 場所ってどこらへん?!」


 錆剣で芋虫の体を何度も突き刺すが魔核には擦りもしない。草木が揺れる音が大きくなるにつれユイの額には不安と恐怖で汗が浮かぶ。

 このままではらちがあかないとメイアに助けを求めた。


「それの位置を知るのも勉強よ。あと、アリスがいるからって怪我するな。後で説教ね」


 無慈悲だ。メイアがこういう唯我独尊な性格なのは会った当初から薄々気が付いていたが、こんな絶対絶命のピンチにも遺憾なく発揮されるとは思わなかった。

 見かねたアリスが場所を教えようと口を開くがメイアがすかさずその口を手で覆った。


「頑張ってー。ほら、もう五体も来てるよ」


 ちらりと見れば草陰から明るい緑色の物体が顔を覗かせている。

 その背後には木々の狭い間隔をすり抜けるように飛ぶ蝶の姿。メイアが言っていた成虫なのだろう。


「後、三十秒待ってあげる。過ぎたらこいつらも半殺しにするからね」


 無慈悲すぎないか。鬼や悪魔でももっと慈悲の心はあるだろう、と内心で叫びながらユイは一心不乱に錆剣を振り下ろした。

 振り下ろし、刺し続ける度に細切れとなった緑色の肉片が紫色の体液と絡み合う。混ざり合う度に鼻を塞ぎたくなるぐらい酸っぱい異臭は濃くなるがそれでもユイは手を止めない。はたから見れば、十分精神異常者に見える表情で魔核を探した。

 残り十秒をきった時、カツン、と切先から聞こえた。

 それは昨日、たくさん聞いた音。聞き間違えるはずもなく——すぐさま音の鳴った場所に錆剣を突き刺した。


「やった!」


 ガラスが割れた音と共に塵となる芋虫の体を見て、ユイは喜びのあまり、拳を強く握る。

 と同時に耳に届いたのはまた新たな断末魔が五体分。その現実を知りたくも見たくもないがメイアが楽しそうに「早くしないと来るよ」と地獄の言葉を投げかけてきたので恐る恐るその方向を見た。


「……嘘」

「じゃないよ。幼虫が三体とさなぎが一体、成虫が一体の計五体」

「メイア、手伝って——」

「手伝わない。自分で魔核探して潰して周りな。けど、アドバイスだけあげる。仲間を呼ぶのは幼虫だけ。先に幼虫を殺せ」

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