第23話 みんなでレベル上げ(4)


 視界を埋め尽くす肉塊を前にユイはただがむしゃらに錆剣を振り下ろすしかなかった。危険を察知し、研ぎ澄まされた聴覚は確かにこちらに向かう一行の音を捉える。その音が近くなるにつれ、手にはじっとりとした汗が浮かぶ。


(無理、無理、無理……!!)


 汗を服で乱雑で拭い、ユイは肩で息をしながら肉塊を見下ろした。


(魔核の場所、全然わからない。二人は一目で場所を分かっていたのに)


 幼虫はこれで三体目。一体目は時間をかけて倒し、二体目は偶然切先が魔核にかすったので短時間で破壊することができた。三体目はどんなに時間をかけて、何度も肉塊に剣をぶっ刺しても魔核に擦りもしないため不安と焦りが募っていく。

 ユイは周囲を見渡した。ざっと見る限り、幼虫が十体に蛹が八体、蝶が三体が新たに集いつつあった。幼虫や蛹はその体型から動きがのろいため、ここに来るまでまだまだ時間がかかるだろう。問題は蝶だ。変態前と比べ、飛行能力を手に入れた彼らはまるで踊るように木々の間をすり抜け、近づいてくる。


「姉さん! さすがにこの数は無理よ!」


 集まる蟲達に、アリスが叫んだのが聞こえた。

 流石にまずいと思ったのかメイアがため息混じりに「……流石にこれは手伝うしかないか」と一歩、前にでる。手伝ってくれるのだろうか。淡い期待に、ユイはそちらに視線を向けると左手に魔導書を携えたメイアが一行に右手を突き出しているのが見えた。


「『黒雲が空を支配する時』」


 この状況下でも酷く落ち着いた声音が淡々と言葉を紡ぐ。

 すると右手の先が黒く輝きだした。黒い輝きは少しずつ強くなり、それは電気を帯び始める。


「『神の怒りが地を揺るがす』」


 ばちばち、と空気を震わす雷鳴が耳に届いた。


「——黒雷砲」


 轟音を伴った黒雷は地面を抉り、触れた葉を焦げつかせ、真っ直ぐに一行に向かう。

 直後、聞こえたのは悲鳴ではなく完全なる静寂。総勢二十体もの蟲が、周囲を巻き込んで消し炭と化していた。


「なっ……」


 驚きで言葉がでない。


「そっか、ユイには魔法がないから知らないんだった」


 呆然とした表情がおかしいのかメイアは愉快そうに笑いながら近づいてきた。


「今のは詠唱っていって、魔法を使う場合は決められた言葉を噛まずに発する必要があるの。威力が大きいほど詠唱は長くなるし、その反対に威力が小さいほど詠唱は短くなるわ」


 そう言いながらメイアは切先で今までユイが悪戦苦闘していた芋虫の体を突き刺した。その一差しで魔核は壊れ、肉塊は塵となる。


「すごいんだね。魔法って」

「まあね、でもあたしは威力を弱めたりすんの苦手なのよね。細かいコントロールっていうの? ド派手にバーって撃つしかできないの」

「……それでいいんじゃない?」

「だって、今の威力のままじゃ仲間を呼ばせることなんてできないでしょ? 麻痺状態にする魔法もあるけど、それじゃあ喋れないし、やっぱ剣で切り刻むのが一番ね」


 あくまでもメイアの目的はスパルタ式レベル上げのようだ。ユイはまだ続くであろう地獄を覚悟した。


「ユイさん、こちらに」


 どうにかして魔核の位置を感知しなければ、と考えているとアリスが肩を叩いてきた。振り返ると魔導書を開いたアリスが心配そうに眉を寄せていた。


「酷い怪我。ごめんなさい。あの状態の姉さんは私では止めれないんです」

「うん、私が妹でも止めれないよ……」


 というよりも止められる人間はこの地上にはいないだろう。


「私の治癒は副作用で眠たくなるんです。だからこういう戦場では本当は使えないのですが姉さんがいい案を教えてくれたので試してみましょう!」

「……どんな方法?」


 ユイはどこか自慢げなアリスに懐疑かいぎ的な眼差しを送った。自分のために考えてくれたのは嬉しいが、それがメイア考案というのが恐ろしい。今回の無限ループのように理不尽な考えではないことを心の中で願った。


「心配しないでよ。我ながら完璧な案だから」

「姉さん、回復完了まで時間稼ぎお願いね!」

「はいはい」


 短く言葉を交わすとアリスが治療の準備に取り掛かり、メイアは集まってきた蟲狩りへと駆け出していった。


「それでは回復しますね。……『それは癒しの灯火。万物が創りし永劫たる輝き。どうかこの傷つきし者に慈悲を与えたまえ』——癒しの聖炎せいえん


 ほのかな光が体を包み込む。全身の痛みが緩和され、徐々に思考を支配するのは安らかな眠気。それにあらがすべはユイにはなく、重くなる瞼を閉ざそうとする。が、


 ——バシャッ!


 勢いよく顔に液体のようなものをかけられた。微睡みという名の沼地から意識を力付くで引っ張れたような感覚に襲われ、ユイは飛び起きた。


「なに、これ……?」


 頬を撫でる。確かに液体をかけられたはずなのに指先は肌を撫でるだけで、他の違和感は感じない。まるでアルコールが気化した後のようだ。


「異常状態用の回復薬です」


 空になった透明な小瓶を持ち上げながらアリスは答えた。その言葉からその小瓶に入っていた液体がどのようなものか把握したユイはなんともいえない表情を浮かべる。


(それって人の顔にかけていいものなの……?)


 数種類の薬草をすり潰して、煮詰めたような独特な匂いはとても人間にかけていいものとは思えない。目に入りでもすれば失明する、と言われても納得の異臭なのに、と思っていると蟲狩りを終えたメイアが手を振りながら戻ってきた。なにやらとても楽しそうだ。いつもより色が深くなった緑瞳を細めるとアリスの肩をバシ! と思いっきり叩いた。


「アリスには異常状態を治す魔法もあるけど、それだと魔力の消費量が半端ないからね。魔力用の回復薬は高すぎるし、こっちの方がお金も労力もあまりかからないの」

「回復薬にも色々あるんだね。知らないことばかりだよ」

「あんたは知ってることの方が少なそうね」

「……耳が痛い」

「まあ、今日でいろいろ学べたし、これからもあたし達が教えてあげるから安心しなさい」


 なんて頼りになる先輩だろうか。胸を張って自信満々に告げるメイアを見て、今まで胸中で渦巻いていた不安が薄れていくのが分かる。が、 


「だからもっと戦って、戦い続けてレベルをあげるよ!」


 無慈悲にも地獄の無限ループの開始を告げた。

 メイアが指差す方向を見れば、雷魔法によって遮蔽物がない分、スムーズに進行を続ける一行の姿。恐らく、三十体はゆうに越えている。

 やはり、地獄はなくならない。その事実が分かり、溜まりに溜まった感情を吐き出すようにユイは錆剣を握る力を強くした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る