第21話 みんなでレベル上げ(2)


「——よしっ! じゃあ、行こうか!」


 鬱蒼と茂る森林の前に辿り着き、メイアは天に向かって拳を突き上げると大声で宣言した。表情は今朝同様、とても輝いている。まるでご馳走を前にした子供のように無邪気だ。


「姉さん、戦うの大好きなんです」


 その笑顔にユイが押され気味になっているとアリスが小声で耳打ちしてきた。


「娼婦になっても気分転換にここに来ていたみたいなんですけど、今日はユイさんがいるから張り切っているようです」

「あ、だからすごい格好しているんだ」


 メイアの格好——というよりも装備を見て、ユイは乾いた笑顔のまま頬を掻く。メイアが着用しているのは銀色のよろいだ。ずいぶんと年季が入った代物のようで光沢の代わりにところどころに火で炙られたのか黒ずんだ跡や無数の切り傷が刻まれている。


(すごく似合っている。けど……)


 鎧自体に飾り気はない、素朴なデザインなのに可愛らしいおもてにとても似合っている。桃色の髪を高い位置で結いあげているからだろうか。


(防御の意味なさそう)


 似合ってはいるが胸元や胴体、腰しか守られていない。手足や首は無防備だ。これでは防具としての意味はなさそう、とユイが考えていたらその視線を感じとったのかメイアはふんっと鼻で笑い、胸をそらした。


「これはスピード重視の特別製よ」

「スピード?」

「そう。蟲系って素早い個体が多いからね。こっちもすぐ動けるようにしなきゃ。だからわざと守る面積を少なくして軽量化してあるの」


 戦国時代の武将のように全身防具で固めるのが一般常識だと思っていたがメイアの言う通り、それではスピードは出にくそうだ。あえて鎧を薄くして、面積を減らすことで防御より素早さを取るというのも一つの手段なのか……、とユイが納得しかけていると「ユイさん、違います」と後ろ手に袖を引っ張られる。


「確かにあれだと素早く動けます。けど、蟲型は毒を持つ子が多いので本来なら蟲型用のきちんとした防具を用意した方がいいですよ。肌が見えているのは危険ですので。姉さんの場合はレベルが高くて蟲型では太刀打ちできないからあの格好でも大丈夫なんです」


 防具の種類についてやメイアのレベルについてなど、色々聞きたいことがあるが一番に気になった点は、


「毒持っているの……?」


 弱くて経験値もまあまあ入って初心者向きと(メイアに)教えてもらった蟲型が毒持ちという事実。触れてかぶれたり、刺すような痛みを感じる程度ならば問題ないのだがアリスの言い方だと毒性は強いと予想できる


(スライムですらあの攻撃力だし……)


 一応、スライム狩りの教訓を生かして厚めの生地で作られた長袖とパンツを履いているが急に不安になってきた。メイアとアリスのレベルは知らないが自分のレベルは低く、防御も力もそれに見合った数値だ。一撃、否、かすりでもしたら即致命傷だろう。


「ユイさんだと死にます」


 アリスが追い討ちをかけてきた。


「えっ、死ぬの……?」

「異常状態解除のスキルと魔法は持っているので安心して下さい!」


 可愛らしく両手をぐっと握る仕草は可愛らしいが、言っていることは全くもって可愛くない。


(大丈夫かな……)


 昨日より酷い怪我になりませんように、とユイが祈っていると遠くで茂みが揺れた。風ではない。不規則に、まるで何かが根本でうごめいているように揺れている。

 いち早く気づいたメイアが剣を構え、アリスがユイを庇うように背に隠した。


「雑魚だね」


 ぐねぐね動きながら茂みから顔を覗かせたのは芋虫だ。鮮やかな緑色の肉体に、混じり気のない赤い斑点が目を引く。中型犬サイズの芋虫。

 その常識外の大きさにユイは唇の端を引き攣らせた。高校生になっても蝶やバッタ、カブトムシなどの虫が好きで素手で触れれるがこれは無理だ。手のひらサイズの蜘蛛やゴキブリですら臆さず戦えるが、この大きさは無理すぎる。


「ユイ。ちょっと待っててね。すぐ半殺しにしてくるから」

「メイア、危ないよ。違うのにしない?」

「大丈夫だって。あんな雑魚、楽勝よ」


 メイアは薄く微笑みながら毛虫に近づき、手にする剣を持ち上げた。


 ——一閃。


 銀の尾を残し、切先は毛虫の胴体を真っ二つにした。

 直後、響くのは断末魔。毛虫が激しく緑色の体液を周囲に撒き散らしながら苦しそうに身悶える。


「ちょっと! なに考えてるの?!」


 アリスが顔をさっと青くさせて叫んだ。


「仲間、来ちゃうじゃない!」


 その意味深な叫びにメイアは答えず、いい笑顔で振り返り、ユイを見ると、


「さあ、ユイ。れ」


 鳴き叫ぶ毛虫を指さしながらメイアはまたもやいい笑顔で言った。

 ユイは自前の錆びついた剣を胸に抱えてふるふると首を左右に振る。よく分からない(恐らくだが毒性の)体液を撒き散らす芋虫になんか死んでも近づきたくない。


「大丈夫よ。毒っていっても猛毒ではないし。だいたい、ここらへんにそのボロ鉄を振り下ろしてみ?」


 からからと笑いながらメイアはユイに近づくとそっと錆剣を握る手に己が手を重ね、ぎゅっと握った。そこに絶対に離さないという意志を感じさせる。


「無理無理! 規格外!」

「大丈夫。ここら辺なら最弱だよ」

「ぴくぴく動いてるよ?!」

「まだ生きているからね」

「なんで身体真っ二つなのに生きているの?!」

「ほら、早く。楽にしてやんな」


 とんっ、と背中を押された。目前には身悶える芋虫。体液の噴射は先程よりかは勢いもなくなっているがグロテスクなのは変わりない。

 アリスに助けを求めるべく、ユイが背後を振り返るがアリスは深刻な表情で周囲を見渡してこちらには一瞥もくれない。すぐ諦めた。

 嫌がってもメイアは許してくれない。それに元々自分のレベル上げのために二人が付き添ってくれているのだ。


(覚悟、決めないと)


 心の中で自分に一喝する。


「大体、この辺かな」


 ユイは深く空気を吸い込むと息を止め、メイアが指さす部分に向かって錆剣を振り下ろした。

 すると耳に届いたのは何かが割れる音。その音が鳴ったのと同時に悲鳴は聞こえなくなり、芋虫の体は傷口から徐々に崩れ去る。ちりとなって消え去った後には緑色のガラス玉が転がっていた。昨日、スライム退治をしたものと同じ物体だ。


「なんだ。ただの『3トリ』か。やっぱ雑魚ね」


 それを拾い上げるとメイアはがっかりだとため息をついた。

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