第50話 「も…もう!!やめてよ父さん!!」
〇二階堂 海
「も…もう!!やめてよ父さん!!」
咲華が真っ赤になって、神さんの腕を掴む。
「まあまあ…咲華…」
そう言って咲華の背中をポンポンと叩いたのは…苦笑いのさくらさん。
「もう…ほんとに…ごめんなさい…」
咲華が小さな声で俺に謝る。
「なんで?俺は…楽しいけど…ふっ…」
「笑った!!」
「い…いや、これは…おかしくて笑ってるんじゃなくて…可愛いからつい…」
咲華が真っ赤になって阻止しようとしたのは…
自分の小さな頃の映像。
桐生院家に訪れて…どれぐらいだろう。
外からはヒグラシの声。
ここは、なんて心地いいんだ。
「見ろ。これは咲華が三歳の時だ。」
神さんは俺の首をグッとホールドして。
「可愛いだろう。」
…真顔。
「…はい。本当に。」
テレビ画面の中、咲華は…
『とうしゃん、しゃく、にかいにないたいよ〜。』
なぜか…『二階になりたい』を連発。
「懐かしいわ…咲華の『二階になりたい』。みんな、悶絶してたわよね。」
そう言ったのは、さくらさん。
当の咲華は眉毛を八の字にして、唇を尖らせている。
そんな顔は…
「…今、映像と同じ顔してるぞ?」
俺が咲華にそう言うと。
「ああ、この頃の咲華は、知花が入院してたから寂しくて…毎日こんな様子だった。」
神さんがすかさず答える。
…どうせなら、咲華の隣で見たいのに…
神さんが俺の隣をガッチリキープ。
咲華は、さくらさんと知花さんに挟まれている。
『しゃく、こえ。』
『ん。』
『ん。』
『ろん、こえ。』
『ん。』
『ん。』
「……」
画面の中で…咲華と華音が何かをやりとりしては『ん』と顔を見合わせている。
その微笑ましい光景に、みんなはウットリしたが…
「…あれは何を?」
何となく不思議に思えて咲華に問いかける。
「…別に何てことないのよ…ご機嫌伺いみたいなもの。」
「ご機嫌伺い?」
「ああ…よくやってたな。庭の小さな花を一つだけ摘んで。」
神さんが『俺は知ってる』みたいな、少し自慢げな声でそう言うと。
「機嫌が悪いと、受け取らないのよね。」
知花さんが…懐かしんだ様子で言った。
…俺の妹に何しやがる…か。
華音は俺の親友と思ってたが…
それでも許せなかったんだな。
これを見ると…分かる。
華音が…双子とは言え、兄として咲華を守ろうとしていた事。
でも、あんなに力いっぱい殴るなんて…
全く。
大部屋と呼ばれる和風のダイニングキッチンにいるのは、俺と咲華と神さんと…眠ったリズを抱えた知花さん…
そして、さくらさんと、華月と聖。
その他大勢は…和室で寝てたり飲んでたり、さくらさんの作った料理を食べたり…らしい。
廊下で神さんに頭を下げて…ひたすらグラスに注がれるビールを飲んだ。
いつもなら酔ってもおかしくないペースで飲んだが、全く酔えない。
それは…神さんも同じだからだ。
俺の首を抱き寄せてるのは、酔ったふりをしているから出来ている事で…
本当は、殴りたい気持ちでいっぱいなのかもしれない。
さっきから…首が苦しい。
三歳の映像が終わって、咲華がすかさずテレビの電源を落とした。
「もう見ないで。見なくていい。見たくない。」
唇を尖らせて神さんにそう言った咲華に。
「…華音は?」
俺がそう言うと。
「…知らないっ。」
相変わらず唇を尖らせたままの…咲華。
「そういや、俺帰ってから一度もノン君見てないな。」
聖がそう言うと。
「バツが悪いんじゃない?いきなり海君の事殴ったりして。」
華月が立ち上がって和室に向かったようだった。
「…えっ?海さんを殴ったの、親父じゃねーの?」
「俺は殴ってない。」
「えー…俺はてっきり…」
「今からでも殴りたい。」
「…覚悟は出来てます。」
「千里、やめて。」
「……」
知花さんの言葉に、みんなが黙る。
どうも今日は…色んな人から聞いていた知花さんとは違うような…
「お兄ちゃん和室にいないけど、出かけたのかな。」
華月がそう言って戻って来て。
「部屋じゃないの?」
さくらさんが立ち上がった。
「……」
「……」
つい、咲華と顔を見合わせる。
部屋にいるとしたら…きっと紅美も一緒だ。
咲華、行って。
やだ。あたし知らない。
そんなアイコンタクトをしていると…
「あー、よく寝た。」
噂の当人、華音がやって来て。
「……なんだよ。そのイチャつきぶりは。」
俺と神さんを見て、目を細めた。
〇桐生院華音
まだまだ紅美とベッドに居たかったが…渋々と…まずは広縁に向かった。
そこではじーさん(高原さん)を中心に、何やら次の企画の話で盛り上がってる風なSHE'S-HE'Sの面々と。
ぐっすり眠ってる沙都と曽根とアズさんと。
いつ来たのか…早乙女さんとこの奥さんと朝霧さんの奥さんが、麗姉と三人で酒盛り中。
俺はそれを見ないフリして大部屋に向かった。
背後に。
「紅美、どこにいたのよ。」
「ちょっと外に出てた。」
って麗姉と紅美の声を受けながら。
大部屋には…桐生院家。
あと…海と…金髪の子供。
なぜか親父は海をホールド中。
俺にだってしねークセに。
何ベタベタしてんだ。
ふいに、ばーちゃんが俺を見上げたもんだから…
「あー、よく寝た。」
つい…空欠伸なんかしてしまう。
で。
俺を振り返った親父と海に…
「……なんだよ。そのイチャつきぶりは。」
目を細めて言ってみた。
「……」
「……」
「……」
「……」
誰も…何も言わねー。
立ったままの俺は、何となくバツが悪くて…
「…咲華、来い。」
「え?何…」
「いいから。」
「……」
咲華を連れ出した。
騒がしい広縁を右側に見ながら玄関を出る。
いつもは静かな庭も、今日ばかりは酔っ払いの声が響いて…騒々しい。
「…幸せなのか?」
池のほとりまで歩いて言うと。
「…うん。」
咲華はしゃがみこんで鯉を見ながら言った。
「…朝起きたら…あの人が隣に居て。最初は嘘でしょ!?って思ったけど…」
「……」
「嘘でもいいから、夫婦って形のままでいたいって思うようになって…」
「……」
「そしたら…海さんから…告白されて…」
「……」
「すごく自然に…あたしもあの人の事、すごくすごく好きになってて…」
「……」
「…あたし、たぶん初めてなの。」
「…何が。」
「男の人の事、守りたいって思ったの。」
「……」
咲華は顔を上げて、広縁を見た。
そこには、相変わらず…盛り上がってる風な面々と…
心配そうにこっちを見てる、海と親父と…子供を抱えた母さんがいた。
「あたしに海さんを守るなんて出来ないかもしれないけど、それでも思ったの。」
咲華はそう言ってゆっくり立ち上がって。
「あたしの旦那様に、何すんのよ。」
そう言ったかと思うと…
パチン。
「……」
猫パンチほどの平手を…俺にくらわせた。
「…ふっ…」
「…あたし、有り得ないほど幸せ。」
「……」
俺は塀に並んで咲いているコスモスを一輪摘んで。
「…ん。」
咲華に差し出した。
咲華はそれを無言で…少し呆れたような顔で見てたが。
「…ん。」
手にして…少しだけ笑って、コスモスを見つめた。
そして…
「…ん。」
俺に、返す。
「……ん。」
誰に教わったわけでもない。
俺達二人の…昔からの儀式みたいなもん。
めったにしねーケンカの後とか…
おやつに不満があった後の…ご機嫌伺いとか。
「…華音。」
「ん?」
「……」
「……ふっ。」
咲華に無言で見つめられて…俺は小さく首を振ると。
「はー…仕方ねーな…」
ポケットに手を入れたまま、玄関に向けての階段は使わず、斜面を歩いて広縁まで歩いた。
そこには…相変わらず親父にホールドされたままの海がいて。
俺は海の胸ぐらを掴んで。
「てめえ、妹を泣かせたら承知しねーからな。」
そう言った。
すると海は。
「…心しておく。」
優しく笑った。
そんな海を見た親父は…
「…飲み直すぞ。華音、おまえもだ。」
その場に座り込んで。
「…お付き合い致します。」
正座する海と…
「俺も入れて。」
嬉しそうに入って来た聖と。
「あら、楽しそう。みんなで飲んじゃう?」
ばーちゃんの一言で…
桐生院家、始まって以来の…大大大大大宴会に突入した。
〇二階堂 海
華音の言う『桐生院家始まって以来の大大大大大宴会』が始まって。
ひたすら、飲まされた。
寝てた面々も起こされて、改めて…乾杯と言う事になって。
「もっとゴタゴタすると思ったけど、やったなあ!!ニカ!!」
と、トシが言うと。
「揉めてほしかったって聞こえるぞ、曽根。」
華音がそう言ってトシの頭を抱える。
「いてててっ!!そんな事っ!!言ってなーい!!」
桐生院家以外も勢揃いとあって、中には幼い頃会った事のある方や、ほぼ初対面の方もいて…
俺にとっては、アルコールと緊張と…だけど幸せと。
忘れられない一日となった。
明日の事を考えて…と、タクシーで帰って行ったのは、朝霧さん夫婦と…父さんと世貴子さん。
門の前まで見送りに行った俺に、世貴子さんは…
「嬉しい。ほんっっっと、我が子の結婚みたい。おめでとう、海君。」
そう言って…ハグしてくださった。
…感激だった。
瞳さん夫婦も、ついさっき帰られて…
聖子さんは、あの騒ぎの中一滴も飲まなかったという島沢さんの車でお帰りに。
陸兄と麗姉は二階で寝る。と、空いた部屋へ。
和室には、沙都とトシと聖が寝てて。
紅美は華月の部屋へ。
それを恨めしそうに眺めてた華音は、俺の右隣で寝てる。
ここは…大部屋。
ここには、俺とさくらさんと、知花さんと高原さん…
咲華は風呂で…
神さんは…俺の、左隣で寝落ち。
…両サイドに、咲華の父と兄。
場所移動をしたいが…
「そのままそのまま。」
さくらさんに、そう言われた。
本当は…あわよくば、どさくさに紛れて咲華の隣に…なんて思いもあったりしたけど。
こんなに両サイドで頑張って寝られちゃ…仕方ない。
宴会の途中、今夜は帰さねーぞ。と神さんにすごまれて。
光栄な事に泊まらせてもらえる事になった。
浩也さんに電話をすると。
『おめでとうございます。しっかり楽しまれて下さい』
…少し涙声だった。
「可愛いなあ。」
高原さんが、眠っているリズの頬を触って…目尻を下げている。
「ね、本当…可愛らしい。」
さくらさんと知花さんも…デレデレだ。
「そう言えば、海さん。ちょっと聞いていいかしら。」
さくらさんが何かを思い出したように、手をポンと叩かれた。
「はい。何でしょう。」
「先代のお見舞いに行った時、施設の入り口にすごく高性能な防犯システムがあるなあって。」
…高原さんと知花さんの前だけど、いいのか?
少しそう思いながら…
「ええ。あそこはかなり…厳重に守られていますから。」
「高性能な防犯システムって?」
意外にも…知花さんが興味津々な目をされた。
「えーと…分かり易く言うと…」
俺が頭の中で専門用語を簡単にしようとしていると…
「例えばね?VPワームのセンサーを入り口に付けるとして、そこから10m以内にID登録してない人物がいると、PIPが作動して警報が鳴るの。」
さくらさんが、何でもないようにさらっと言った。
「へえ…VPワームのセンサーかあ…」
「……」
あまりにも知花さんが納得してる姿を見て、俺がキョトンとしていると…真向いで高原さんが「いつもの事だ」と小声で言って首をすくめた。
「…それって…うちでも作れるんじゃない?」
え。
知花さんのワクワクした口調での言葉に、瞬きをしてしまった。
目が…キラキラしてらっしゃるが…
「えっ…な…何に使われるのですか?」
「最近物騒だなって思って…庭とか裏口にどうかな。」
「あ、それいいかも。」
「……」
さくらさんは…二階堂で実績のある人だから分かるとしても…
「…その知識はいったいどこで…?」
「な。ビックリだろ?昔からこんな感じで、機材も作ったりしてた。」
高原さんが『お手上げ』なポーズで笑われた。
咲華のお母さん…だよな?
ふわっとした印象はそっくりだが…
咲華には、きっとこんな知識はない…はず…
「…それにしても、良かったな。」
「本当。幸せいっぱい。」
そう言った高原さんとさくらさんの前に…コスモスが一輪。
…庭にいた華音と咲華のやりとりは…
俺だけじゃない。
神さんや、知花さん…
三歳の二人の映像を見たみんなが、胸を熱くした。
華音と咲華には、二人にしか分からない絆がある。
あの後、華音は俺に…
「お兄ちゃんって呼ばれてやってもいいぜ?」
そんな事を言いながら…絡み続けて。
「幸せになれよ…」
最後は…抱きついて何度もそう言った。
「海さん、お風呂…って、まだそんな状態?」
風呂上りの咲華が、俺の両サイドを見て呆れた顔をした。
「ははっ…ま、最悪明日の朝でもいいよ。」
「えー…このままここで朝を迎えるつもり?」
「それでも構わない。」
俺の言葉に、咲華は首をすくめたが…そうしたい気持ちが大きかった。
本当は、この結婚を認めたくないはずの二人。
それでも…こうして迎え入れてくれている。
…俺には…縁のない事だと思っていた。
結婚。
もし、そうする事があったとしても…二階堂関連の相手を見付けたと思う。
それが…一般人と結婚なんて…
あの時、確かに難しい現場を終えた後だったが…
俺は、なぜあんなに酔ったのだろう。
そんなに…現実逃避したかったのだろうか。
…ふっ。
だが、失敗だったはずの出来事が…結果大成功とはな…。
目を覚ました時、つい腕を押さえて上に乗ってしまった。
俺に抑え付けられた咲華は…目を真ん丸にして、口をパクパクさせながら首を横に振った。
…今思い出すと、可愛かったな。
あの驚きよう…。
「…咲華が先代に会ったって聞いて…なんて言うか、こう…みょ~な感じがしちゃった。」
咲華と知花さんが、和室の様子を見に行ったのを確認して…さくらさんが首をすくめて言った。
「先代…二階堂 翔氏か。」
「祖父をご存知なんですか?」
「ああ…何度か。」
高原さんが先代を知っているとは…不思議な気がした。
「…二階堂の事、皆さんには?」
さくらさんに問いかけると。
「華音となっちゃん以外は知らないの。結婚式、こっちでもするなら打ち明けるけど。」
さくらさんはそう言って、Lizzyで撮った写真をスマホに出して見せた。
「…沙都から?」
「さっき見せてもらって、ちょうだいってお願いしたの。」
その写真を見るために、高原さんがさくらさんの肩を抱き寄せる。
…LIVE Aliveの映像で見せてもらった二人の色々…
素晴らしい歌だった。
「…If It's Love…感動しました。」
俺がそうつぶやくと。
「嬉しい事言ってくれるね。君があの歌を知ってるとは、意外だが。」
高原さんは…笑顔。
「LIVE Aliveの映像で何度も。それに、向こうで華音が歌って聴かせてくれました。」
「…君も、愛以上を持って…咲華と幸せになって欲しい。」
そう言って、頬を合わせる二人は…
不思議と、とてもお若く思えて。
色々な事を越えての今があるなら…
俺と咲華も、こうして歳を取っていきたい…と思えた。
…何があったとしても。
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