第49話 「まったくおまえは…」
〇朝霧光史
「まったくおまえは…」
俺が額に手を当てて言うと。
「ごめん…でも、さすがに本人達より先にバラすわけにはいかないからさあ?」
沙都は出来るだけ小さくなろうとでもしているのか、肩をすぼめて首だけを前に落とした。
沙都が帰国するのは知ってたが…今日だとは知らなかった。
しかも桐生院家に『帰って来た』ってのはどうだ?
おまえは、うちの子じゃないのか?ん?
話を聞くと、どうも…マネージャーの曽根君共々、海君とサクちゃんの成り行きを見届けに来たらしい。
「おめでたい事だしさ…サプライズって事に…」
沙都はそう言って曽根君と頷き合ってるが…
「神さんの気持ちを思うと、サプライズで済まされない。」
俺は二人にピシャリ。
「…ごめんなさい…」
「すいません…」
俺に叱られた二人はさらに小さくなった。
ああ…全く…
それでなくても、今…俺は神さんに隠し事があって、顔が見辛いのに…
…俺『達』は、か…。
「でも、みんなが心配してるサクちゃんの元婚約者の事も、ちゃんと丸く収まってるし…いいような気がするんだけどなあ…」
ぶつぶつと唇を尖らせる曽根君。
「丸く収まってる?」
「ええ。あの男前、ニカの妹と付き合い始めたし。」
「……」
曽根君の言葉を頭の中で復唱した。
ニカの妹と付き合い始めたし。
ニカ…
それはきっと、海君の事だろう。
二階堂のニカ。
華音の事を『キリ』って呼んでたのを聞いたし…きっとそうだ。
えーと…
ニカの妹って事は…
空ちゃんと泉ちゃん。
空ちゃんは…渉と結婚してるから…
「…泉ちゃんと?」
眉間にしわが入ったかもしれない。
でも、泉ちゃんは確か…
視線だけで探したが…どうもここにはいない。
大部屋か。
…しかし泉ちゃんと彼もまた…別れていてもおかしくはない。
社長に就任してからの彼…聖君は、多忙過ぎる。
たまに息抜きだ。って詩生が連れ出してるだの華音が飲みに誘っただのって噂は聞くが、新聞でその名前を見ない日はないほど、国内に留まらず海外にも出向いて仕事をこなしている。
…桐生院の親父さんが残した物を、守り抜く意志の強さが見える。
そんな中で…泉ちゃんと付き合っていくのは難しいかもしれない。
彼女もまた、仕事に誇りを持っている二階堂の一人だ。
空ちゃんが渉と結婚して一線を退いてからは特に…そう聞いている。
「…父さん。」
「ん?」
「僕、向こうで海君とサクちゃんの幸せぶりを目の当たりにして…自分の中にも変化があったよ。」
沙都が、らしくない事を言った気がした。
…これが変化なのかな。
「どんな変化だ?」
目の前の空いたグラスにビールを注ぐ。
「誰かを幸せにするって…自分も幸せになりたいって思わなきゃダメなんだなって。」
「……」
「僕、今までは好きな人が幸せならいいやって思ってたけど…それじゃ釣り合わないよね。相手の幸せがあって自分の幸せがあるんじゃなくて、自分の幸せを相手に分けてあげる事も必要じゃん?」
「…そうだな。」
瑠歌が聞いたら、『誰がそんな事言ったの?』って言いそうだ。
沙都は誰からも愛されるタイプで、いつも笑顔で…朝霧家では癒しの存在だ。
そんな沙都だからこそ…今までは誰かの幸せを願い、自分は今のままでいいと思っていたのかもしれないが…
「海君が幸せになりたいってハッキリ言ったの聞いて…カッコいいなって思ったんだ。今まではそういうのって、貪欲過ぎる気がして、相手にだけ押し付けてた気がする。」
「……」
俺はグラスを沙都に渡すと。
「おまえにも、そういう相手が出来るといいな。」
乾杯をした。
「俺にも乾杯してくださいよ~。」
沙都の隣で小さくなったままの曽根君がそう言って。
「曽根さんも何かいい事言わなきゃ乾杯しないよ?」
沙都が茶化す。
「えー。俺は毎日割とハッピーだから、幸せについて考えた事もないよ。」
「……」
曽根君の言葉に、沙都は眉を下げたが…俺は…
「……曽根君、沙都がお世話になるね。これからも宜しく。」
「あざーす!!」
曽根君とグラスを合わせた。
ちょっと変わった子だが…
毎日割とハッピーな曽根君となら…
沙都も、まだまだ頑張れそうだな…。
〇桐生院華音
「どこにいるのかと思ったら…」
俺が部屋にいると、ノックもなく…紅美が入って来た。
「…何閉じこもってんのよ。」
紅美は首をすくめて俺の隣に座ると。
「縁側では高原さんが惚気を交えた昔話をしてて、大部屋ではついにちさ兄が海君とビールを飲み始めてるけど。」
別に小声で言わなくても誰もいないのに…俺の耳に口元を寄せて言った。
「…沙都と曽根は。」
「朝霧さんと三人で乾杯してたよ。」
「……」
「何が面白くなくて海君を殴ったの?」
紅美にそう言われて、俺は目を細めて…大きく溜息をついた。
「ん?何々?」
「……」
「海君の事が気に入らないの?」
「…別に、海が嫌いなわけじゃない。」
「じゃあ何よ。」
「……」
どう言えばいいんだろうか。
天井を見上げて考えてると。
「カッコいい事言ってやろうとか思わずに、今思ってる事をぐちゃぐちゃでもいいから言葉にしてみてよ。」
…くそっ。
こいつ、全部お見通しかよ。
「…あいつ…」
「あいつ?」
「咲華。」
「うん。」
「…あいつには、普通に幸せになって欲しいって思ってたんだ。」
「……」
そう。
普通に。
俺らみたいな業界人でもなく、志麻や海みたいに命を懸ける仕事でもなく。
まあ、言えば…曽根みたいに酒屋の息子でもいい。
…曽根は沙都のマネージャーになったからアウトだが。
志麻にとことん待たされて…待ってばっかの咲華を間近で見て。
それでも咲華が志麻を好きなら仕方ねーよなとは思ってたけど…
咲華にも限界が来てた。
それならやっぱ…OLの咲華には、同じ会社の男とかさ…
取引先の奴とかさ…
志麻や海とは違うスーツの似合う男が、俺は良かったんだ。
それなのに…
傷心旅行先で出会ったのが海だ?
志麻となんら変わりねえ…いや、志麻よりもっと危険な立場だ。
その上、金髪の子供まで引き取ってる。
海の隠し子じゃねーのか?
もう、色んな妄想が頭の中に渦巻いて…殴らずにはいられなかった。
咲華の普通の幸せを、何ぶち壊してやがんだ!!って。
さらには…
酔っ払って結婚しただと!?
「愛し合ってるって言ったよ?」
まるで心が読めてるのか…
紅美が俺の顔を覗き込んで言った。
「…言ってたな。」
「結婚のキッカケなんて、どうでもいいんじゃないの?酔っ払って結婚しても、愛し合えたんならOKじゃないの?」
「……」
「まあ…子供を引き取ったってのは驚いたけど。」
「おまえは…」
「ん?」
「いいのか?海が…」
「何。」
「……」
「何よ。」
「…海が、子供を作ってもいいのか?」
「……」
しばらく見つめ合った。
…見つめ合ったと言うより…
紅美の目は『あんたバカ?』って言ってる気がする。
「…もしかしてさあ…」
紅美は俺から視線を外して、前に足を投げ出すと。
「あたしがノン君と付き合い始めた腹いせに、海君が咲華ちゃんと結婚した。ぐらいに思ってる?」
「なっ…!!」
バカな!!
…と言おうとして…
いや…もしかしたら俺は、それも少し思ったのかもしれない。
まだ海は紅美を好きなはずだ。
なのに、なんで咲華と結婚!?
ってのも…頭をかすめた。
「…違うって言いたい所だけど、ちょっと図星だから黙ってんの?」
…ああ、もう…
なんで紅美は俺の事がそんなに分かるんだ!!
「…そーだな…カッコ悪すぎだけど、そういうのもあるな。」
前髪をかきあげたついでに、頭を抱えて髪の毛をクシャクシャにする。
あー…マジカッコ悪いぜ…
俺のカッコ悪いのなんて今更だが…今更だからこそ、カッコいい所見せて挽回したいのに…
「ノン君。」
予想に反して、紅美はなぜか俺に抱きついて。
「今から大部屋行って、海君に謝ろうよ。」
俺の目を見て言った。
「…なんで謝ま」
「シスコンなの?」
言葉を遮られてまで言われた言葉がそれで、俺はかなりムッとした。
「バカな。」
「じゃあ別にいいじゃない。幸せな事よ?それとも、知花姉が言ったみたいに、ノン君が結婚する時に咲華ちゃんに反対されたい?」
「……」
「あたしはやだな…反対なんてされるの。まあ…だから今慎重になってるってのもあるけどさ。」
「……」
「特に、自分の味方になってくれるって思ってる人からの反対なんて…絶対へこむ。」
紅美は…
『絶対へこむ』の『絶対』を、やたら強調して言った。
それはすでに咲華と海がへこんでる。って言わんばかりに。
「ノン君が家族想いの優しい人ってのは分かってるからさ…」
紅美は俺の肩に頭を乗せて。
「大部屋に行って、二人を祝福しようよ。」
チュッ…と音を立てて、俺の耳元にキスをした。
「……」
「ね?」
「…も一回。」
チュッ。
顔を向けて、そのキスを唇にもらう。
「もう…」
「ちょっとだけ。」
「ちょっとになんないよ…いないってバレる…」
「どうせみんな酔っ払ってて気付きゃしねーよ…」
紅美を抱きしめながら…思った。
絶対親父に殴られる事は想定済みだったはずの海。
今愛し合ってんなら、酔っ払って結婚したなんて言わなくてもいいのに。
…バカ正直な奴。
殴られても、反対されても。
それでも、咲華と愛し合ってるって言った海を…羨ましく思う俺もいた。
紅美が何て言おうと…陸兄を黙らせて奪いたい気持ちはある。
だが…
紅美はずっと色んな事で傷付いて来た。
だから…紅美の幸せは、出来るだけ…反対されない形をとりたい。
…仕方ねーな…
終わったら…
大部屋行くか。
「えっ、まだすんの?」
「もう一回。」
「いい加減大部屋行こうよ~……」
「…もう一回。」
「…行く気ないでしょ。」
「もう一回したら行く。」
パン。
「……」
紅美に両手で頬を挟まれる。
「どうするの。」
「……」
「さ、行こ。」
「……」
紅美がベッドから降りて。
「早く。ほら、服着て。」
脱ぎ散らかしてる俺の服を投げた。
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