第48話 「あ~、ほんっと可愛い。天使~。」
〇桐生院咲華
「あ~、ほんっと可愛い。天使~。」
「……」
メロメロになりながら、リズちゃんをあやしてくれてるのは…
「リズちゃん、こっち向いて?ほら、いい顔して~。」
母さんと…おばあちゃま。
あたしと海さんとリズちゃんは、母さんに腕を引かれて大部屋へ。
そこには裏口から来たばかりのおばあちゃまもいて。
「えっ!!結婚!?咲華と海さんが!?」
すごく驚いてたけど。
「わー!!おめでとう!!」
笑顔で…抱きついてくれて。
「ね。すごくお似合いなのに、何で殴るかな。」
母さんは海さんに濡れタオルを渡してくれて。
「まあ、千里さんたら。」
「ううん。殴ったのは華音なの。」
「えー?もう、華音たら。」
「親子だなって思っちゃった。」
二人はブツブツとそう言って。
「大丈夫。ぜっっっったい、これ以上反対なんてさせないから。」
あたしと海さんに、笑顔で言ってくれた。
「母さん…おばあちゃま…」
あたし、つい…泣いてしまった。
海さんはいきなり華音に殴られるし…
父さんは冷たい顔しかしなかった。
華月はその後ろで困った顔をしてて…
…聖はいない。
そして、やたらと多い第三者。
聞く耳も持たない父さんと華音。
そんな中で…おめでとうって笑顔で言ってくれる母さんとおばあちゃま…
それが、すごく嬉しいんだけど…
華音が海さんを殴った事…ショックだった。
なんで殴るの?
父さんでも踏み止まってくれたのに。
まあ…華音に先を越された感じもあったけど…
リズちゃんを目の前にして、一瞬躊躇してた。
…父さんは分かってくれるかも…って思ったのに…
華音のバカ…。
「あっちはなっちゃんがなだめてくれるから、とりあえずこっちはこっちで甘い物食べよ?」
おばあちゃまがそう言って、海さんにも同意を求めた。
「…神さんと華音の気持ちも分かるので、私だけでもあちらに行って話しを…」
海さんは広縁を振り返ってそう言ったけど。
「泣いてる咲華を置いて行くの?」
…母さん、こんなキャラだった?って思ってしまいたくなる。
さっきも、父さんと華音にピシャリ言ってのけたし…
「……」
海さんは目を潤ませたままのあたしを見て。
「…では、もう少し後でうかがいます。」
そう言って、正座し直した。
「もう、そんなに堅苦しくしないで?楽に座って。」
母さんにそう言われても、海さんはしばらく正座のままだった。
スムーズに行くはずはない。
分かってはいたけど…
あたし、海さんを守れなかった…
…華音のバカ。
もう、これしか浮かばない。
大勢を和室に残したまま、しばらく大部屋で過ごしてると…
「…お姉ちゃん。」
華月が、少しバツの悪そうな顔でやって来た。
「シュークリームはこっちにはないわよ?」
おばあちゃまにそう言われた華月は首をすくめて。
「今は要らないもん。」
そう言って…リズちゃんの手を握った。
「…可愛い。」
「……」
そして、あたしと海さんを振り返って。
「…海君とだなんて、ビックリ。」
首をすくめた。
華月は泉ちゃんと仲がいいから…海さんとも顔見知り。
確か、昔…温泉に一緒に行った事があるとも言ってた気がする。
それに続いて…早乙女さんと朝霧さんが来られて。
「おめでとう、海君、サクちゃん。」
「一気に酔いが醒めたぞ?おめでとう。」
あたし達の向かい側に座って…笑顔。
ああ…緊張が少しずつ解けてく…
「渉も知ってる?」
朝霧さんがそう言われて。
あたしと海さんは、空さんと渉さんも渡米されて会った事を話した。
渉さんは朝霧さんの歳の離れた弟さん。
…そう考えると、和室には第三者と言いながらも…親戚と呼べる間柄の人が多くいるのかも。
仕方ないよね…
SHE'S-HE'S自体が、身内の塊みたいなバンドだし。
「神さんが渋ってる状態なのに、こんな事言うのもアレだけど…サクちゃん。」
「はい。」
「おめでとう。彼は、優しい男だろ?」
早乙女さんが、海さんとあたしを見てそう言われて…あたしは背筋が伸びた気がした。
…そうだ。
この人も…海さんのお父様だ。
『彼』と言われたのは…あたしが知ってるかどうか分からないから…なのかな?
それとも、華月が居るから…?
「は…はい。ありがとうございます。とても…とても優しいです。」
あたしがそう答えると、早乙女さんはすごく優しい顔をされて。
「良かった。本当に良かった。」
何度も…頷かれた。
それから…
みんながリズちゃんを囲んで笑ってる所に、瞳さんと聖子さんも来られて。
「もー、早く天使に会いたかったのに、伯父貴の昔話が始まっちゃって…」
聖子さんがそう言うと。
「え?高原さん、どんな昔話を?」
朝霧さんは興味津々。
「さくらさんと出会った頃の話。」
「えーっ!!なっちゃん何話してんのよーっ!!」
耳のいいおばあちゃまは、キッチンで何かしてたのに。
バタバタと和室に向かって走って行った。
「それは俺も聞いてみたい。」
「俺も行こう。」
朝霧さんと早乙女さんも立ち上がっておばあちゃまに続いて。
「サクちゃん、大丈夫よ。千里、ビックリしてるだけだから。」
瞳さんがそう言って…
「あ~女の子って可愛い!!」
リズちゃんを抱きしめて。
「あーん!!」
それまで笑顔だったリズちゃんに、なぜか号泣された瞳さんは。
「えー!!なんでー!?」
リズちゃんみたいな泣き顔をして…あたしを笑わせてくれた。
〇桐生院 聖
「すみません、深田さん。」
そう言って車を降りると。
「ご家族が揃われるのですから、当然です。ずっとお忙しくされてましたから、少しお休みくださっても結構ですよ。」
深田さんはしわの深くなった目尻を緩ませて笑った。
「いやいや、俺が休むわけには。」
「先月も先々月も、お休みされませんでしたから。こんな時ぐらいは。」
「……」
俺は頭の中でパパっとスケジュールを開いて。
あれとあれは…今週じゃなくてもいいか。
あれは…
「…じゃあ、明日は休ませてもらいます。」
「そうなさって下さい。」
四時に家に帰るなんて、父さんが生きてたら呆れるかな?
でもまあ…少し煮詰まってる気もするし…
いい機会なのかも。
今日は咲華が帰って来る。
…もう帰ってるのかな。
潜り戸の鍵を開けて中に入ると、広縁に人だかりが見える。
…あきらかに、宴会………って感じではないけど…人が多いな。
誰が来てんだ?
「おう、聖。おかえり。」
緩やかで長い庭の階段を歩いて、玄関じゃなくて沓脱石まで行くと。
…父さんが手を上げた。
死んだ父さんじゃなくて。
生きてる方の父さん。
高原夏希。
「おかえり社長。帰りが早過ぎじゃねーか?」
「ただいま…何、みんな飲んでんの?」
陸兄の隣に、どう見ても空になったビール瓶。
「祝杯だ。」
父さんはそう言ってグラスを掲げたけど。
「俺は祝ってない。」
親父が…冷たく言った。
「……よく分かんないけど、祝えない祝い事が何かある…と。」
咲華が帰って来た事?
にしては…
SHE'S-HE'Sに東さんに…中の間の奥には沙都と紅美の姿も見える。
とりあえず…着替えようと思って玄関から中に入る。
そう言えば女性陣の姿がほとんどなかったけど、大部屋…
「あははは!!最高~!!見て見てこの笑顔!!」
「……」
俺は大部屋の入り口で、大きく目を見開いた。
姉ちゃんが…
金髪の青い目の赤ちゃんを抱っこして笑ってる。
「あ、おかえり聖。」
母さんが俺に気付いて立ち上がった。
と同時に…
「おかえり。」
聖子さんと瞳さん、部屋に入ってすぐの位置に座ってて死角になってた咲華が同時に言って…
「ただい……え?」
咲華の隣に。
うちでは見かける事はないような人を見付けて。
「え?」
二度見してしまった。
「…おかえり。」
「…えーと…」
二階堂海さん。
泉の…兄ちゃん。
華月と話してると、ついつられて『海君』なんて言ったりしてたけど…
男として尊敬する人物。
泉がブラコンだったのも分かる。
…で?
なんで…うちに?
「聖、咲華ね、アメリカで海さんと結婚して、この子を引き取ったんですって。」
母さんがそう言って、金髪青い目の女の子を俺に見せた。
「……」
アメリカで海さんと結婚して、この子を引き取ったんですって。
「……えっ?」
首を傾げて二人を見る。
「報告が遅れましてすみません。」
海さんがそう言って俺に頭を下げて。
「やだ、海君。聖にそんな事しなくていいのに。」
華月がテーブルに乗り出して海さんに言った。
「……結婚って…この一ヶ月の間に?」
「…うん。」
咲華が唇を口の中に押し込めるようにして、鼻の下を伸ばして頷いた。
…なんだその顔。
「え…えーと…でも確か…あいつ…婚約…元婚約者って、海さんの…部下?」
俺がそう問いかけると、瞳さんが目を細めて。
「みんなが聞きにくい事を堂々とー…」
シンガーとは思えない、一定の音程で言った。
「いや、でも…そこ気になるだろ…」
実際…咲華は二年以上待たされたが…あいつの事が大好きだった。
東 志麻。
まさか、別れるなんて…思いもよらなかった。
…俺と泉も。
「気になって当然です。志麻は私の部下ですし、彼女との婚約解消後は…意気消沈していたのも確かですから。」
海さんは背筋を伸ばして凛とした表情。
「確かに、彼に対しての罪の意識や責任の重さは十分感じています。それでも…どうしても…」
「……」
みんなが固唾を飲んで、海さんの言葉を待った。
「どうしても…咲華さんと一緒に居たいと想う気持ちが強くて、周囲に多大なる迷惑をかける事になると解っていても…自分の意思を貫く事にしました。」
「海さん…」
咲華が海さんの腕に触れる。
「私は危険な家業を継いでいます。その事で反対されるのは百も承知ですが、私は自分の命に代えても咲華さんを守ります。」
海さんはそこまで言うと、立ち上がって廊下に出て…また正座をした。
みんなでそこを覗くと…親父が立ってた。
「どうか、咲華さんが笑顔で私の隣にいられるよう…この結婚を認めていただけないでしょうか。」
「……」
「お願いします。」
海さんが額を床につけてそう言って。
「父さん…」
咲華がその隣に並んで…海さんと同じように頭を下げた。
「あたし…もう、この人がいないと生きていけない…」
…うちの家族の中で、唯一のOLで。
どこかボンヤリしてる風な咲華。
その咲華が…まるでドラマみたいなセリフを言ってやがる。
つい、唇が尖った。
海さんの頬は赤くなってた。
親父、なんで殴るかな。
こんな想い合ってる二人を…なんで認めねーかな。
「…聖?」
気が付いたら、咲華の隣で俺も頭を下げてた。
「ふらっと旅に出て、帰って来たら旦那と子供連れてるってさ…有り得ねーけど…」
「……」
「…咲華、幸せそーじゃん?あの咲華が、こんなに熱い事言うんだぜ?認めてやってくれよ。」
俺がそう言って土下座し続けてると…
「あたしからも、お願い。」
俺の後で…華月が同じようにした。
親父を見上げると…親父の視線は、姉ちゃんが抱っこしてる女の子にあった。
「あー。」
「ん?大丈夫。すぐ終わるから。」
…姉ちゃん、いつもなら真っ先に咲華のために土下座しそうだけど…
しねーんだ?
そう思って首だけ振り返ってると。
「千里。」
…姉ちゃんが、なんか…こえーんですけど…
「…何だ。」
「認めないなんて、言わないわよね?」
ゆっくり、噛みしめるような口調の姉ちゃんを。
みんなが…黙って振り返る。
「……」
親父はしばらく無言で姉ちゃんを見てたけど。
「…立て。」
海さんに向かってそう言って。
「父さん、やめて。」
また殴られると思った咲華が止めに入ると。
「殴らねーよ。飲むだけだ。」
海さんの腕を、少し乱暴に掴んだのは…プライドなんだろうけど…
とにかく、海さんの腕を掴んで大部屋に入ると。
「…知花、ビール。」
姉ちゃんの顔を見ずに言った。
「…はあい。」
女の子を母さんに預けて冷蔵庫に向かう姉ちゃん。
「…姉ちゃんと親父…何。何か…変だけど…」
俺が母さんの隣に立って小声で言うと。
「んー…あたしも何も聞いてないけど、これは…何だか穏やかな感じじゃないわよね…」
母さんは少しだけ俺と距離を詰めて。
「なっちゃんに聞きだしてもらおう。」
唇の前に人差し指を立てて言った。
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