第47話 その時あたしは…

 〇桐生院華月


 その時あたしは…


 忙しくキッチンと広縁を行き来してる母さんと。

 詩生のお父様と陸兄に挟まれて、何だかさりげなく慰められてるっぽい父さんを交互に見てた。


 …父さん、母さんとのアレコレって…陸兄とかに相談してるのかな…



『もし別れたいって言ったら…どうする?』


『俺にはおまえしかいねーんだよ』


 両親の、あのやりとりを聞いてしまって…あたしは、それをお兄ちゃんに相談した。

 本当は聖に言いたかったけど…聖、最近すごく忙しそうだから…ためらった。


 お兄ちゃんは…


「前にも似たような事あったぜ?」


 って、さらっと流したけど…

 似たような事があったからこそ…ダメなんじゃないの?

 父さん、学習能力ないって事だよね?

 何度同じ事繰り返すの!?



 お姉ちゃんが帰って来た時に、気まずいのが嫌だから…なのか。

 それとも、母さんとの気まずさを紛らわせるため…なのか。

 今日は、お姉ちゃんが帰って来るって言うのに…父さんは、家族以外の人をたくさん呼んだ。


 …何なの?ほんと…。



「咲華帰ったみたい。」


 母さんが嬉しそうに大部屋から来て言って。


「…そうか。」


 父さんは…嬉しいんだかどうなんだか…

 表情を変えずに、門扉の方に視線を向けた。

 あたしも、父さんの後から潜り戸を眺める。


 すると…そこから…


「……あれ?」


 お姉ちゃん…一人…じゃない…


「…誰か…一緒にいるな。子供抱えてる。」


 陸兄が前髪をかきあげながら、少し前屈みになった。

 ちなみにー…

 父さんと陸兄と詩生のお父様は、まだ三時過ぎだと言うのに…もう、少し酔っ払ってる。

 遅れて来られた朝霧さんや瞳さんと旦那さんも…もうすっかりできあがってる感じ。

 お酒って、力があるんだな…って思うけど。

 あたしは、お酒を飲んでもここまで楽しくはならない。

 …詩生のお酒の失敗とは、関係なく。



 お姉ちゃんの姿が近付いてくるまで、誰も何も言わなかった。

 そして、二人が手を繋いでる事に気付いてからは…少しピリピリした空気になって…

 さらに、その相手が…誰か分かった時…


「…海?」


「え…海君…?」


 海君を知る人、あちこちから声が上がった。


 えーと…

 海君て…志麻さんの上司だよね…

 でもって…泉のお兄さん。


 あたしは今どこにいるか分かんない泉に、急いでメールを打った。


『ねえ、今、うちのお姉ちゃんと海君が手を繋いで、金髪の女の子抱っこして帰って来たんだけど』


 すると…


『あ。着いたんだ。よろしく言っといて』


 …え?


『えーと…二人の関係って?』


 あたしがそうメールをして、泉から


『えー?帰っただけで何も言ってないの?』


 返信が来た途端…


「あたし…この人と結婚したから。」


 お姉ちゃんが口を開いた。


『…結婚したって言った』


 驚いた顔のまま、メールは冷静に打つと。


『あたしと華月、親戚だね♡』


 泉から…楽しそうなメールが返って来た。


 …って…



 お姉ちゃんと海君が結婚!?




 〇二階堂紅美


 その時あたしは…


 咲華ちゃんが一人で帰って来るんだって思ってたもんだから…


「…ん?あれって…」


 潜り戸を抜けて、庭を歩いて上って来る咲華ちゃんの隣にいるのが…


「…海君…?」


 海君だと分かった時…眉間にしわが寄った。


 そして、少し…頭の中が空っぽになった。

 ううん…空っぽって言うより…


 なんで?


 それが…最初に浮かんだ言葉だった。


 それは純粋に…

 なんで海君がここに?っていう疑問と…

 なんで二人が手を繋いでるの?っていう疑問と…

 なんで海君…金髪の可愛い赤ちゃんを抱っこしてるの?っていう疑問と…

 …とにかく…


 なんで?って。



 二人が広縁の前に歩いて来て、みんなはそれを呆然と見つめてた。

 ちさ兄も、ポカンとしたまま。

 海君の実の父親である早乙女さんも、咲華ちゃんと海君をパチパチと瞬きしながら見つめてる。


 すると…

 咲華ちゃんが。


「あたし…この人と結婚しました。」


 そう言って。

 みんな、驚いて目を見開いた。

 それは…あたしも同じ。


 け…結婚!?

 海君と咲華ちゃんが!?


 みんなが声が出ないほど驚いてる中。


「二階堂海です。報告が遅れて申し訳ございません。アメリカで咲華さんと結婚して…この子を養女に迎えました。」


 海君が、そう挨拶をして…


「あ…お…驚いた…ね…」


 あたしは、隣にいたはずのノン君にそう言ったんだけど…


「…あれ?」


 隣にいたはずのノン君は、そこには居なくて。


「やめて!!」


 咲華ちゃんが、今にも海君に殴りかかりそうなちさ兄を止めに入ったけど…


「てめえ!!俺の妹に何しやがる!!」


 そう言って、海君を殴ったのは…ノン君だった。


「……」


 あたしはその光景を、少し複雑な気持ちで眺めた。


 ノン君。

 なんで殴るの?

 結婚って…幸せな事だよ?

 そりゃあ…この一ヶ月で何があったのか分かんないけど…

 しーくんと別れて落ち込んでた咲華ちゃんが…まあ…しーくんの上司っていう…ちょっと複雑な関係ではあるけどさ…

 でも、海君と結婚だよ?

 幸せな事じゃん。

 なんで…殴るの?


 …はっ。


「ちょっと、沙都。あんた知ってたんじゃないの?」


 あたしが沙都を振り返って言うと。


「え…えっ。そ…それはー…」


 広縁前では、ノン君と咲華ちゃんのバトルが始まってるんだけど…

 あたしは沙都と曽根さんを大部屋に引っ張ってって、座らせた。


「どーゆー事よ。知ってたなら教えてよ。」


 声を潜めて強く言うと。


「だって…なあ。サクちゃんから口止めされてたし。」


 曽根さんが唇を尖らせて言った。


「口止め?なんで?」


「……」


「……」


 沙都と曽根さんは顔を見合わせて…


「…二人が説明すると思うよ?」


 同時にそう言った。


「…で、たぶん殴られるであろう海君を見に来たわけ?」


 あたしが腰に手を当てて言うと、沙都はぶんぶんと首を横に振って、曽根さんはコクンと頷いた。



 〇二階堂 陸


 その時俺は…


 義兄さんの他に、海を殴る奴がいるとは思わなかったもんだから…


「てめえ!!俺の妹に何しやがる!!」


 そう言って海を殴った華音を、ポカンとして眺めて。


「やめて!!」


 サクちゃんがそれを止めに入って、ようやく…俺も立ち上がって華音の腕を掴んでなだめた。


「落ち着けよ。」


「……」


 華音は転んだ海を睨んだまま。



 …海は、俺の双子の姉である織の長男で。

 二階堂を継いでいる。

 ついでに言うと…すぐそこにいる早乙女千寿…俺と一緒にSHE'S-HE'Sでギターを弾いてるセンが、海の実の父親だ。

 そのセンは…驚いた顔をしながらも、事の成り行きを静観する事にしてるようだった。



 つい…目が細くなった。

 華音を見て、センを殴ったあの日の事を思い出したからだ。

 昔の事だけどさ…

 今俺は、華音を見て『そりゃねーだろ』って思ったぜ。

 …いきなり殴るなんて…

 シスコンにもほどがある。


 …俺と華音は違うと信じたい。



 サクちゃんが抱っこしてる女の子が泣き始めて。


「ああ…ビックリしちゃったね…ごめんね…」


 サクちゃんが、なだめる。

 立ち上がった海も、口元ににじんだ血を拭って…女の子の頭を撫でる。



 …結婚して養女を迎えた。

 それは、めでたい事なんだけど…な?

 ただ…

 サクちゃんは、婚約解消したばかり。

 そして海は…その相手の上司にあたる。

 いったい、アメリカで何があったんだ?


 立ち上がって海を殴るはずだったのに、華音に先を越された義兄さんは。


「…説明しろ。」


 立ったまま、低い声で言った。


「…アメリカに行った初日…バッタリ会って…」


 サクちゃんが少ししどろもどろでそう言ったが…


「バーで出会って、酔っ払って結婚してしまいました。」


「!!!!!!!!!!」


 全員が、目を見開いた。

 よ…酔っ払って…結婚!?


「ですが、今は愛し合ってます。」


 そう言った海の目を見ながらも、義兄さんは大きく溜息をついて。


「…酔っ払って結婚して…酔っ払ってその子を引き取ったのか?」


 呆れたような口調で言った。


「はい。」


 海のまさかの即答に、センは額に手を当てて、俺は眩暈がした。


「てめ…」


 華音が再び殴りかかろうとするのを押さえて。


「海…織と環は知ってんのか?」


 海に問いかけると。


「先代の所に集まった時に紹介した。」


 …て事は…二階堂側はクリアしたのか。


「…志麻には。」


「言った。」


「……」


「全てが事後報告になった事を、お許しください。」


 海が、義兄さんに土下座する。

 そして…


「大事な娘さんと、このような形で結婚してしまった事、深くお詫びいたします。ですが、どうか…この結婚を認め」


「ダメだ。」


 海の言葉の途中。

 義兄さんが遮った。

 俺が引き止めてる華音の腕にも…相当力が入っている。


 …どうすんだよ…


 と思ってると…


「やだ…可愛い~…」


 突然、玄関から小走りにやって来た知花が…


「目パッチリね。名前は?」


 サクちゃんに問いかけた。


「…リズ…」


「リズちゃん。はじめまして。おばあちゃんよ~?」


 知花は『リズ』ちゃんを抱えると。


「あー…柔らかい…癒されちゃうわね。」


 超…笑顔。


 …孫が欲しいって、あちこちで言ってたからな。


「二人とも、中に入って?時差ボケない?疲れてるでしょ?」


 まるで知花は今までの騒動を知らないかのように、二人に笑顔で言った。


「知花。」


 義兄さんが低い声で呼ぶと…


「幸せの何がダメなの?」


 知花は…まるで歌う時のような…

 戦闘モードの顔付きで、義兄さんを振り返った。



 〇早乙女千寿


 その時俺は…


「バーで出会って、酔っ払って結婚してしまいました。」


 その海の言葉を聞いて、目を大きく見開いたが…

 大笑いしたくなって仕方なかった。

 だが、当然堪えた。



 俺の血の繋がった息子。

 二階堂 海。


 今全てが上手くいっているとしても…

 俺が早乙女の名前で織と結ばれなかった事を思うと、海には…二階堂の名前に縛られる事なく、愛する人と結ばれて欲しいと思っていた。


 昨年、アメリカで親子として過ごす事が出来て…あの時、より痛感した。

 もう、繰り返す事じゃない、と。


 だが、相手が…サクちゃんとは。

 俺としては大賛成だが、サクちゃんの父親である神さんが許すはずがない。

 神さんは相手が誰であっても面白くないはずだ。

 まずは殴られる。

 詩生もそうだった。


 まあ…それでも詩生と華月ちゃんの交際を認めてくれているあたり…

 きっと、いつかは結婚も許してくれるはず。

 殴るのは、儀式のようなもんだろう。



「ですが、今は愛し合ってます。」


 俺は…海の顔を見つめた。

 神さんの目を真っ直ぐに見つめて、『愛し合っている』と言った海。

 …嬉しいと思った。

 あの家で飲みながら…


『吹っ切ったつもりでも忘れられない人がいる』


 海はそう言った。


 …その女性の事、本当に吹っ切れる事が出来たんだな…。



「…酔っ払って結婚して…酔っ払ってその子を引き取ったのか?」


 神さんが厳しい口調で海に言うと。


「はい。」


 海は即答。


 額に手を当てて…笑いを我慢する。

 酔っ払って結婚して、子供を引き取って…愛し合えた、と。


「海…織と環は知ってんのか?」


 陸が海に問いかける。


「先代の所に集まったから、紹介した。」


 織と環さんも驚いただろうな。

 二階堂家の方のリアクションも、いつか聞いてみたい。



「全てが事後報告になった事を、お許しください。」


 海が、神さんに土下座する。


「大事な娘さんと、このような形で結婚してしまった事、深くお詫びいたします。ですが、どうか…この結婚を認め」


「ダメだ。」


 海の言葉の途中、神さんが遮って。

 いよいよ殴られる。って時にサクちゃんが止めに入ったが…


「てめえ!!俺の妹に何しやがる!!」


 海を殴ったのは、華音だった。


「……」


 海を殴り損ねた神さんの反応もだけど…

 陸の反応も面白かった。

 双子ってそうなのかな。

 陸も俺を殴りに来た。


『俺の織に何しやがった!!』って。


 今、冷静に思い出してんのかな。

 目が細くなってる。

 まあ…俺の場合は…殴られて当然だったけど。



「やだ…可愛い~…」


 さらに一触即発のムードの中、何ともその緊迫感をぶち壊す柔らかい声で、知花が玄関から小走りでやって来た。

 …あの、相変わらず変な小走りで。



「目パッチリね。名前は?」


「…リズ…」


「リズちゃん。はじめまして。おばあちゃんよ~?」


 知花は『リズ』ちゃんを抱えると。


「あー…柔らかい…癒されちゃうわね。」


 超笑顔。


 …ああ、駄目だ。

 笑いそうだ。

 知花は大賛成だよな。

 孫が欲しいってずっと言ってたし。

 養女だろうが…二人の子供には違いない。

 門を入ってからの三人の雰囲気は、家族以外の何ものにも思えなかった。



「二人とも、中に入って?時差ボケない?疲れてるでしょ?」


 この空気を全く読まない知花に感心しながら傍観する。


「知花。」


 心底頭に来てるらしい神さんは、そんな知花に低い声で呼びかけたが…


「幸せの何がダメなの?」


「……」


 つい、笑いそうだった顔が引き締まった。

 神さんを振り返った知花が…戦闘モードの顔付きになってるからだ。


「華音も。」


 知花は、海を殴った華音にも…戦闘モードのままで言った。


「自分が結婚したい時、反対して欲しいの?」


「なっ…」


 …華音、絶句したって事は…今、女がいるな?


 広縁からゆっくり後ろを振り返ると。

 沙都と曽根君が…同時に紅美ちゃんを見た。


 …へー…


 なるほど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る