第46話 「ただいまー!!キリ!!会いたかったぜー!!」

 〇桐生院華音


「ただいまー!!キリ!!会いたかったぜー!!」


 俺と紅美が空港で出迎えると、曽根が両手を広げて走ってやって来た。


「暑い!!抱きつくな!!」


 曽根を蹴飛ばす俺の隣で…


「ただいま、紅美ちゃん。元気そうだね。」


 沙都が…紅美に抱きついた。



 ベリッ。



 沙都と紅美を引き剥がすようにすると。


「やだなあ。ただのハグなのに。男のジェラシーはみっともないよ?」


 沙都は笑顔でそう言って。


「迎えに来てくれてありがとう、ノン君。」


 俺にもハグをした。



「海は元気か?」


 後部座席に乗った沙都と曽根に問いかけると。


「ああ、もうそりゃあ絶好調。」


 曽根が…大袈裟に身体を揺らせて言った。


「絶好調?」


「あ…えっと、ノン君、紅美ちゃん、DANGERはどう?」


 沙都が身を乗り出す。


「新曲を合わせてるとこ。もう、ノン君が厳しくて厳しくて…」


 紅美が泣き真似をして言うと。


「ははっ。ノン君のスパルタ、懐かしいな~。」


 沙都は笑いながら定位置に戻った。



 四人で色んな話をしながら家に戻ると…


「あー、おかえりー。」


 紅美の母である麗姉が出迎えてくれた…のは…いいけど…


「…これは?」


 中の間からこっちが、宴会場と化してる。

 て言うか…


「早乙女さん?」


 親父と陸兄と、すでに酔っ払ってる風な早乙女さん…


「おかえり、沙都ちゃん。曽根君もお疲れ様。もうすぐ沙都ちゃんのお父さんも来るわよ。」


 母さんが出て来て言うと。


「ただいま~…って、父さん来るの?僕、帰るの言ってないんだけど…」


 沙都は目を細めて困った顔をした。

 親不孝者め。


「…なんでこんなに?」


 大部屋で母さんに問いかけると。


「千里が呼べって。」


「……」


 親父…

 大方、咲華が帰って来た時に、どんな顔していいか分かんねーから、人を増やしてごまかそうとしてるんじゃねーか?

 何、咲華にびびってんだよ。


「て事は、まだ誰か来るんだ?」


 俺の問いかけに、母さんは一度廊下に出て中の間を覗いて。


「聖子と瞳さんとアズさんと…父さんと母さんと…」


 指折り数えてたけど。


「何人来るか分かんなくなっちゃった。でも楽しいから何人でもいいわ。」


 パッと両手を開いて笑顔になった。


「……」



 華月から聞いた。

 母さんが親父に『もし別れたいって言ったらどうする?』って言った…と。

 あまりにも有り得ない出来事に動揺した華月が、スタジオ入りしてる俺の所に来て。


「大事件…」


 暗い顔をして言った。


 まあ…母さんもストレス溜まるよな…

 以前、母さんが運転免許を取る。って自動車学校に通い始めたのは…父さんへのささやかな反抗からだった気がする。

 麗姉とは買い物に行くのに、母さんとは行かない親父。

 …何同じ事繰り返してんだよ…って、俺は少し呆れ気味だ。


 母さんも親父を試す感じで言ったんだろうけど…

 それでも『別れる』なんてワードが出ると、心中穏やかじゃない。

 親父、母さんの事愛して止まないけど、一方的過ぎんだよなー…

 …俺はちゃんと、紅美の言葉も意見も思いも聞き入れるぞ…。



「華音、飲め。」


 酔っ払った親父に絡まれる。

 気を紛らわせようとしてるのは…


「あはは。麗ってば。やっぱり食いしん坊だ。」


 親父だけじゃない気がするけど…。

 って。

 母さんを見て思った。




 〇東 瞳


「こーんにーちはー。」


 あたしが桐生院家に訪れたのは、午後一時。

 麗ちゃんから『今日、桐生院家のサクちゃんが旅から帰って来るから、宴があるわよ』って聞いて。

 おまけに、父さんと母さん(さくらさん)も行くって聞いたから…

 あたしはすぐさま、知花ちゃんに。


「ねえねえ、あたしも今日の宴に参加していい?」


 電話した。


『宴?』


「麗ちゃんが言ってた。サクちゃんが帰って来るからって。」


『宴になるかどうかは分からないけど、何だか勢揃いしちゃうから来て来て。』


「何か要る物ある?」


『うーん…あっ、飲むよね?迎えに行こうか?』


「……」


 知花ちゃんは、車の免許を持ってる。

 でも、ペーパードライバー。

 すごく上手とは聞いてるけど、まるでレーサーの如く飛ばすとも聞いてる。


「タクシーで行くわ。」


『そう?良かったらアズさんも。』


「えー…」


 そう言ってる後ろから。


「何々?どこ行くの?俺も行きたい。」


「……」


 そんなわけで…

 あたしは圭司と桐生院家を訪れた。

 来る途中、知花ちゃんに頼まれた甘い物を買って。



「えー、どうしたのー。本当に勢揃いじゃん。」


 圭司が目を丸くして言った。

 だって…いつもなら大部屋と呼ばれる部屋に集まるんだけど…

 今日はそこにも入りきらない人だかり…


 立派な庭に面した、仕切れば部屋に出来るぐらいの大きさの広縁と、その中にある和室を二間。

 障子を外して、こんなの一般家庭にないわよ?っていうような長いテーブルも出されてて。


 とにかく…


「これ、大宴会ね。」


 あたしが嬉しそうに言うと。


「たぶん、義兄さんが気を紛らわせるための作戦よ。」


 麗ちゃんが首をすくめた。


「え?どういう事?」


「サクちゃんが旅に出るの、大反対したんだって。で、帰国するのはいいけど顔を合わせ辛いのか…色んな人に泊まれだの遊びに来いだの…声かけまくったみたい。」


「……」


 千里…あなた、娘を怖がってどうするの…

 て言うか、ビートランド…今日休み?

 まるで事務所か。ってぐらい、いつもの顔触れ。



 サクちゃんと言えば…

 我が息子、映のお嫁さんの朝子ちゃんのお兄さんと婚約してたけど…気が付いたら婚約解消してた。


 まあ、二年以上も前に婚約したのに。

 その間に出会った映と朝子ちゃんの方が先に結婚しちゃったりして、そりゃあサクちゃんは面白くなかったでしょうねえ。


 朝子ちゃんのお兄さんは、とても仕事熱心な方らしくて。

 それは素敵な事だと思うけど…

 婚約者をひたすら待たせるなんて、ちょっと有り得ない。

 サクちゃん…誰かいい人いないかしら…



「…あら。世界の朝霧沙都までいる。」


 あたしが腕組みしたまま部屋を見渡して、目に着いた彼の事を言うと。


「お昼前に帰国して、華音と紅美が迎えに行ったみたい。」


 知花ちゃんはそう言いながら、手際よくビールをテーブルに置いた。


「…彼の隣にいる男性は?」


 何となく、圭司と同じ匂いがしてそうだけど…サクちゃんとお似合いじゃないかな?


「ああ…華音の友達で沙都ちゃんのマネージャーさんなの。ほら、曽根酒店って…あそこの息子さん。」


「えっ!!あの曽根酒店の御曹司!?」


 曽根酒店って!!

 ビートランド御用達の!?

 あの店、アルコールのチョイスが上手い!!


「御曹司ってガラじゃねーよ。」


 ふいに、ノン君がグラス片手に隣に来た。


「そう?サクちゃんとお似合いじゃない?」


 あたしにグラスを持たせてビールを注いでくれると、カチンと合わせて。


「は?あいつと咲華なんて、絶対有り得ねー。」


 …ノン君は、軽くシスコンかな?と思わせるような事を言った。



 〇桐生院咲華


「……」


 機内では…

 リズちゃんは少しだけ愚図ったりしたけど…

 それでもゴキゲンな時と寝てる事の方が多くて。

 助かった。

 本当にいい子。

 だけど…

 リズちゃんはいいとして…


「…緊張し過ぎて…気持ち悪い…」


 桐生院家の大きな門の前。

 あたしは、その向こう側の事を考えると…緊張が止まらなかった。


「大丈夫か?」


 海さんがリズちゃんを抱えたまま、あたしの背中に手を当てた。



 空港には、二階堂の方が迎えに来て下さってた。

 すごく助かったけど…

 け…ど…


「…あんなに心の準備をしたはずなのに…」


 あたしはガックリと肩を落とす。


「……」


 そんなあたしを見て、海さんは…


 ピッ。


「えっ。」


 門についてるインターホンを押した。


「えっ…えっ、海さん…」


「ここに長くいても変わらない。行こう。」


「……」


 つい…口を開けてしまった。


 そうだけど…そうなんだけど…!!


『はーい。』


 この声は…母さん。


「あ」


「あたし!!ただいま!!」


 海さんがインターホンに向かおうとしたのを押し除けて、あたしは元気良く言った。

 すると…


『わー!!咲華!!おかえりー!!』


『帰った?サクちゃーん、おかえりー。上がっておいでー。』


 …え?

 今のは…瞳さん?

 何だか…すごく…


「…咲華、中…すごく賑やかだけど…」


「……」


 恐る恐る門扉の脇にある潜り戸を開けて庭に入ると…


「……何これ…」


 ここからでもハッキリ見える。

 広縁に、ビッシリ人が並んで座ってるのが。



「……」


「……」


 海さんと顔を見合わせる。


「…関係ない人も…たくさんいるみたい…」


「そうみたいだな。」


「…別の日にする?」


「いや、もう…このまま行く。」


 海さんはそう言うと、待たせてる車の人に『連絡する』とだけ言って…


「さ、行こう。」


 あたしの手を…握った。


「……うん。」


 大丈夫。

 大丈夫よ…

 あたしと海さんは…何があっても…

 大丈夫。



 一ヶ月前と何も変わってない、手入れの行き届いた庭を歩いてると…


「…え?」


 誰かの声が聞こえた。


「……サクちゃんと…」


「……海?」


 下を向いてても分かる。

 早乙女さんと…陸兄の声だ…。


「…父さんまで来てるのか…」


 海さんも…少しだけ目を細めた。


「まっまんっ。みゅー。」


 初めて見る光景に興奮してるのか、リズちゃんの大きな声が庭に響いて。


「…咲華…海?」


 華音の声が聞こえた。

 あたしと海さんは玄関には向かわず、みんなが並んで座ってる広縁の真ん中辺りまで行くと…


「…ただいま…」


 上目使いで…ズラリと並んだ人達を見て…

 その中に唖然としてる父さんを見付けて。


「…あたし…」


 手を繋いだままの海さんと、父さんの前に立つと。


「この人と…結婚した。」


 父さんの目を、まっすぐに見て言った。


「……」


「……」


「……」


 全員が口を開けたままになってる事に気付いて、笑いそうになった。

 …笑えないけど。


 みんなキョトンとしたまま…何も言わない。

 すると…


「二階堂海です。報告が遅れて申し訳ございません。アメリカで咲華さんと結婚して…この子を養女に迎えました。」


 海さんがリズちゃんを父さんに見せると…


「おま…」


 父さんが立ち上がって…


「やめて!!」


「咲華、リズを。」


 海さんがあたしにリズちゃんを手渡す。


「えっ…海さん…ダメ!!父さん!!やめて!!」


 あたしがリズちゃんを抱えたまま、父さんを止めようとすると…


「てめえ!!俺の妹に何しやがる!!」


 そう言って、海さんを殴ったのは…


 華音だった。

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