第42話 「よし…と。」

 〇桐生院咲華


「よし…と。」


 一応荷物は詰め終えた。

 細々した物は、直前でいいかな。

 海さんとあたしのスーツケースを並べて置いて、納戸を出ると…


「…あれ?」


 リビングに、沙都ちゃんと曽根君がいない。

 リズちゃんも。


「…二階かな?」


 廊下から階段を覗き込むようにして見上げるけど…話し声も笑い声も聞こえない。

 玄関のドアを開けて外を見ても…前庭にも、どこにも…三人の姿がない。


 んー。

 やっぱり二階?

 そう思って階段を上がって、各部屋をノックしてドアを開けるも…誰もいない。


 えー?


 もう一度下に降りて、ガレージを覗いてみる。

 でも…車もあるし、沙都ちゃんの自転車もある。

 裏庭に回ってみたけど…見つからない。

 書き置きがあったかな?とリビングに戻るけど…何もない。

 スマホを見ても、何の連絡もない。


「どこ行ったの~?」


 家の中でキョロキョロして、沙都ちゃんに連絡しようとスマホを見てると…


「こんにちは。」


 開けたままにしてた玄関に、富樫さん。


「…富樫さん…」


「どうかされましたか?」


「あ…沙都ちゃんと曽根君とリズちゃんがいなくて…」


 富樫さんは『おや?』って感じの顔をして首を傾げると。


「えーと…咲華さん、荷造りはお済みになられましたか?」


 柔らかい笑顔。


「え?帰国の…荷造りですか?」


「はい。」


「終わりましたけど…」


「……」


 富樫さんはまた少し不思議そうな顔をして。


「何か…ミッションがありませんでしたか?」


「…ミッション…?」


 海さん…仕事の資料は持ち帰らないって言ってたけど…

 もしかしたら、本部でも秘密にしなきゃいけないような事案があったりするのかもしれない。

 そういった物を、うちでやり取りするために…あのキャビネットを?


「……」


「……」


 富樫さんが…少し赤くなった気がして。

 あたしは…つい…あの雑誌を思い出してしまった。


「え…えーと…あの…ミッションってまさか…」


「…何か…読まれましたか?」


 富樫さんの顔付きが、険しくなった気がする!!


「よ…読んだって言うか…パラパラって…」


「パラパラ…?」


「だって…あまりにもその…露出が…」


「…露出?」


 あたしは一度納戸に行くと、キャビネットに戻しておいた雑誌を手にリビングに戻って。


「…これ…ですよね?」


 顔を背け気味で…富樫さんに手渡した。


「こ…これは…?」


「ミ…ミッション…?」


 少し眉間にしわが寄ってしまったかもしれない。

 海さん、こういう雑誌を使ってミッションを出すんだ…

 あたしには分からないけど、何か重要な…


「…これはどこに?」


「…海さんの…Tシャツの入ったキャビネットです…」


「そうですか…でも、これ以外にも何か入っていませんでしたか?」


「これ以外…これ以外は…」


 あたし宛ての手紙。


「…富樫さんにお渡しするような物は特に…」


「……」


「…え?」


「ふっ……ふははははは!!」


「……」


「あ…あ…っ…しっ失礼しました…ふっ…」


 何だか盛大に笑われてしまって、あたしは途方に暮れる。

 こんなに笑われるって事は…違うのかな?

 この雑誌、もしかして…ただ単に海さんの趣味だとしたら…

 それを部下に見せてしまうなんて、あたし最低!!

 海さん、ごめんなさい!!


「率直にお聞きしますが…手紙が入っていませんでしたか?」


 笑いがおさまってない富樫さんが。

 口元の震えを我慢しながら、そう言った。


「手紙…ありましたけど、それは…あの…あたし宛てで…」


「それです。最後まで読まれましたか?」


「…え?」


「ミッションが書いてあったはずです。」


「…ミッションって…あたしに?」


「は…ふっ…しし失礼しました…はい…」


 …ああ、もう…恥ずかしい!!

 あたし、ずっと勘違いしてた…!!


 両手で頬を押さえながら納戸に行って、自分のキャビネットにおさめた手紙を取り出す。

 海さんの名前を読んで、安心してたけど…

 ……もう一枚あった。


『これを読んだら『Lizzy』に来て欲しい。みんなで待ってる』


「……Lizzyって…あのお店…?」


 あたしはもう一度手紙を表裏と確認して、それを丁寧にキャビネットにおさめると。


「お店に来てって書いてありました。みんなで待ってるって…沙都ちゃん達も行ってるのかな…」


 慌ただしくリビングに戻って、富樫さんに言った。


「ですね。お連れいたします。」


 富樫さんは笑顔で…手にしてた雑誌をテーブルに置くか悩んだ後…


「これ、恐らく曽根さんの物だと思われます。お聞きした彼の好みと一致しますから。」


 雑誌をポンポンとして、ゆっくりとソファーに置いて、その上にクッションを乗せた。


「さ、まいりましょう。」


「あ…はい…」


 富樫さん…

 曽根君の好みが載ってる…って。


 …見たのね?




「富樫さん…」


 あたしは富樫さんが迎えに来てくれた車の後部座席に座って、問いかける。


「はい。」


「あの…泉ちゃん…どんな様子ですか?」


「……」


 富樫さんが、ミラーをチラッと見て…あたしと目が合った。

 …ほんの一瞬だけど。


「お元気にされていますよ。」


「…そう…」


「志麻も元気です。」


「……」


 そう言われて、そっちが聞きたかったんじゃ?って言われてる気がした。

 だけど正直…本当に泉ちゃんが気になってる。


「…彼の事は心配だけど、もうあたしにはどうしようもないから…」


「……」


「泉ちゃんが、あたしと海さんのせいで、無理をしてなきゃいいなあって…」


 本当に…

 そこが一番気掛かり。

 海さんの事を、とても大事に想ってる泉ちゃん。

 言い方はぶっきらぼうでも、とても優しい女の子だと思う。



「…咲華さんは、泉お嬢さんを苦手に思われないのですか?」


 富樫さんが、静かな声でそう言われて。

 あたしは座席から身を乗り出して。


「えっ?どうして?富樫さん、泉ちゃんの事苦手なの?」


 少し早口で言ってしまった。


「いえ…とんでもない。泉お嬢さんは、とても気持ちの良い方です。ですが…ストレート過ぎて女性からは苦手とされる事が多いようなので…」


 ストレート過ぎて…ああ、それには納得。

 でも、それは…


「泉ちゃん、昔からうちの妹と仲良しなの…一緒にいる所を見た事はあまりないけど、うちの妹ってすごく人見知りって言うか…その妹の友達だから、きっといい子なんだろうなあって漠然と思ってて。」


「……」


「最初に泉ちゃんと面と向かって話したのは…彼…東さんと婚約が決まった後。あたしに、色んな覚悟があるかどうか…聞きに来たの。」


 あのカナールで…

 泉ちゃんは、二階堂の仕事がどんなに危険か。

 だけど、その危険な仕事から彼が無事帰って来るよう、あたしにしっかりして欲しいと言った。


『志麻をお願いします』って、まるでお母さんみたいだって思ったけど…

 部下を持つって、そういう事なのかなとも思った。

 泉ちゃんの立場は、海さんと…そう変わらないって事だよね。



「…確かお嬢さんは、咲華さんの叔父にあたる方とお付き合いされていましたよね。」


 あら。

 富樫さんよく知ってる。


「ええ…そうなの。」


「なぜ、お別れに?」


「きっと…自分の立場や仕事を思って別れたんだと思う…」


「…ご家族の方がそう言われたのですか?」


「聖は何も言わないけど…この春、夜中にミュージックビデオ見て泣いてるの見ちゃって…」


「……」


「聖も…思いがけず早くに会社を継がなくちゃいけなくなったから…色んな想いがあったのかなって…」


 ふと…聖がしーくんで、泉ちゃんがあたしのような気もした。

 会社を継いで二年ぐらいは…本当に遊ぶ暇もなかった聖。

 二人の間で、どんなやり取りがあったのかは分からないけど…

 …上手くいって欲しかったな…



「…咲華さんが、泉お嬢さんを苦手とされてないと聞いて…安心しました。」


 ふいに富樫さんにそう言われて、目を見開いた。


 富樫さん…もしかして…

 でも、もしそうだとしたら…


「…富樫さん。」


「はい。」


「泉ちゃんの事…見守ってあげて下さいね。」


 後ろから…富樫さんの右横顔を見ながらそう言うと。

 少しだけ…眉がピクリと動いた気がした。


「私は…これからもずっと、ボスやお嬢さん方をお守りさせていただくつもりです。もちろん…咲華さんの事も。」


 すごく…優しい人だなと思った。

 海さんと一緒にいてくれる人が、こんなにいい人で…嬉しい。



「さ、着きました。」


 車が『Lizzy』の前で停まって、あたしは車から降りると。


「富樫さん、本当にありがとう。」


 笑顔で富樫さんに言った。

 この人がいてくれる限り…海さんは大丈夫。

 一般人を死なせてしまった話しも聞いたけど…きっと、富樫さんが時間をかけて海さんを立て直してくれる。

 そんな気がした。


「私は何も…」


 首を傾げて、少し困った顔の富樫さん。

 あたしは…その富樫さんに、心を込めてハグをした。


「えっ…?」


「ほんと…富樫さんが海さんと一緒に居てくれて、良かった。」


「……」


「これからも、宜しくお願いします。」


 そう言って富樫さんから離れて、深々と頭を下げると。


「さっ咲華さん、そそそそんな、もったいないお言葉…こちらこそ、宜しくお願いいたします!!」


 あたしよりずっと背の高い富樫さんは、あたしよりも頭を下げた。




 〇二階堂 海


「…どうしてかな?サクちゃんがガシに抱きついてるけど。」


 トシがそう言って、みんなが窓の外を見る。

 そこには…富樫に抱きついて何かを言っている風な咲華。

 そして…次の瞬間、富樫に深々と頭を下げて、それに恐縮した富樫がさらに頭を下げるという…


「ぷっ…コントみたい。」


 沙都がそう言って笑った。



 昨日…突然、沙都とトシから提案があった。


「二人が出会ったお店でパーティーしようよ。」


 何の?と思ったら…


「結婚一ヶ月目!!」


「……」


 ツアーから帰って、俺達の出会いを色々と聞きたがって、寝掘り葉掘り聞いて来た二人。

 確かに、一ヶ月経つな…なんて思いはしたが、いちいちそんな事でお祝いなんて…と思ってたのに。


「バカだな、ニカ。結婚のキッカケがキッカケじゃないか。ここは、ちゃんと意思表示をするべきだ。」


 意思表示?

 確か俺は…毎日のように咲華の腰を抱き寄せてキスをして。

 沙都とトシに『ごちそーさま』と言われてるはずだが。


「海君。サクちゃんはしーくんともあんな再会して、どこか帰国に対しても後ろ向きっぽいよ。ここはサプライズでもして盛り上げた方がいいんじゃない?」


 沙都からもそう言われた。

 …そう言われると、思い当たる節はいくつも。



 そういうわけで、今日は『Lizzy』で…あの日一緒に盛り上がった面々を誘ってのパーティーとなった。

 もちろん、俺と咲華がくっつけば上手くいくと占った『マリア様』も居る。


 手紙は苦手だが、沙都とトシに促されて…書いた。

 そして、手紙の最後に『読み終わったらLizzyに来て欲しい』と書いたが…咲華がなかなか来なくて。


「サクちゃん、荷造り本当にしてんのかな?」


 先に来てたトシの言葉に、俺が迎えに行こうとしたら…


「お戻りになられなくなりそうなので、私が。」と、富樫が迎えに行ってくれた。


 …図星だな。



 志麻との再会で、泉の事も心配の種になった。

 そして…なぜか咲華は家族…桐生院家の話になると…特に、お父さんの話になると無口になりがちだ。

 色んな事がこのタイミングで起きてしまったから…気乗りしないのは仕方ないのかもしれないが…

 咲華が家族と約束した『一ヶ月』が、まさに今日。

 ちゃんと連絡したのだろうか…



「こんにちは…って…え?」


 ドアを開けて入って来た咲華は、お店の中の面々に目を丸くした。


「海さん…お仕事遅くなるんじゃ?」


「もう、サクちゃん鈍いなあ。このための嘘って分かんない?」


 沙都にからかわれた咲華は首をすくめて、珍しくトシの腕にいたリズを受け取ると。


「これは…?」


 俺の隣に来て首を傾げた。


「咲華、指輪貸して。」


 俺は咲華の左手を取ると、その薬指から指輪を抜き取った。

 そして…


「同じように頼む。」


 あの日…俺の指輪にだけ、文字を彫ってくれた彫り師に、それを渡した。


「あ。」


 咲華は驚いた顔で彫り師を見る。


「どーも。本当に幸せになってて、俺までハッピーだぜ。」


「ほんっと!!あたしの幸せも絶対やって来るに違いないわ!!」


 咲華を飲みに誘ったペギーという女性も加わって、店内はさらに賑やかになった。



「あーぱっ、ぱあっ。」


 リズは風船に夢中。

 そんなリズを見て…


「もう、本当に可愛い子。この子は、あなた達の愛を十分感じ取ってくれてますよ。」


 例の…俺達の結婚を占ったというマリア様が言った。

 …あまり占いとかお告げのような物は信用しないが…


「おかげさまで、幸せです。」


 咲華の肩を抱き寄せて言ってみる。

 するとマリア様はじっと俺達の顔を見て…


「…邪魔者が入るわ。」


 こんなめでたいパーティーに、真顔で水を差した。

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