第43話 ♪~♪

 〇桐生院華月


 ♪~♪


 大部屋にいた、あたしとお兄ちゃんと聖、そしてお風呂に入ってる父さんと母さんのスマホが一斉に鳴って。

 メールを開くと…


『咲華です。元気です。心配かけてごめんなさい。旅立たせてくれて、ありがとう。週末に帰ります』


 お姉ちゃんから…!!



 お姉ちゃんが旅立って、今日でちょうど一ヶ月。

 一ヶ月は連絡しないで欲しい…って言われた時、すごく心配だった。

 でも…きっと、誰にも触れられたくなかったんだよ…傷口に。

 あたしも、詩生と色々あった時、アメリカに逃げたから…分かる。



「ちゃんと覚えてたんだね。」


 あたしがお兄ちゃんと聖に言うと。


「てか、一括送信って。」


 聖がボヤいた。


「しかも週末って、ザックリすぎんだよ…」


 お兄ちゃんもそんな事を言いながら、みんなのスケジュールが書き込んである大きなカレンダーに目をやった。



『お姉ちゃん、元気で良かった!!帰って来るの待ってる!!お土産も♡』


 あたしはすぐにお姉ちゃんに返信。

 本当はお土産なんてどうでもいいんだけど、あたしがアメリカから帰った時も…お姉ちゃん、あたしの事すごく優しく迎え入れてくれたから…

 出来るだけ、普通に…お姉ちゃんの事、待っていたい。



「あー、あちー。」


 そこへ、父さんがお風呂から上がって来た。


「父さん、お姉ちゃんからメール来たよ。」


「…そうか。」


 上半身裸で、頭にタオルを乗せたままの父さんは、たぶん朝からずっと気にしてたはずなのに。

 そっけないフリして座ると、さりげないつもりなんだろうけど…すごくソワソワして見える感じでスマホを手にして。


「……」


 無言でメールを読んで、あたし達を見渡した。


「…ま、咲華らしーよな。一括送信。」


 お兄ちゃんはフォローのつもりで言ったんだろうけど…


「…義母さん達にも一括送信か。」


 父さんはそんな事をつぶやいて…少しガックリした。

 そこへ…


「えー?咲華からメール?ちゃんと覚えてたのね。ちょうど一ヶ月だもんね。」


 母さんが嬉しそうにメールを開いて。


「お土産頼んじゃおうっと。」


 そんな事を言いながら…楽しそうに返信した。


「千里、返信した?」


「…別にいーだろ。」


「どうして?待ってたんじゃないの?」


「…おまえが返信したなら、俺はいい。ビール。」


 母さんは「やれやれ」って顔をして立ち上がると。


「ビール飲む人ー。」


 冷蔵庫の前で、みんなに聞いた。


「俺、先に風呂入るわ。」


 お兄ちゃんがそう言ってお風呂に向かって。


「あ、俺飲む。」


 聖が手をあげて。


「あたしはジャスミンティーにしようかな。」


 あたしは、母さんの隣に行って。


「…父さん、あれ、落ち込んでるよね。」


 小声で言った。


「…そうね。このままだと週末が怖いから、華月…よろしく。」


「え?あたし?母さんとベッタリすれば機嫌良くなるんじゃないの?」


「最近は華月の事も早乙女家に取られてるって思ってるから、ちょっと優しくしてあげて?」


 そこかー。


 でも…そうだよね。

 お姉ちゃんが旅に出て、父さん…ちょっと元気なくなった。

 そこに、あたしは…詩生んちに入り浸ったりして…

 詩生のお父さんからも、『神さん最近元気ないから、華月ちゃんのパワーで元気にしてあげて』って言われたっけ…



「父さん、明日時間ある?」


 父さんの隣に座って問いかけると。


「明日?」


 父さんはカレンダーを見て。


「明日はー…夕方からだな。」


 元気のない声で言った。

 あたしは明日はオフ。

 本当は、午後からのDEEBEEのミュージックビデオの撮影を観に行こうかなって思ってたけど…


「買い物行かない?」


 父さんの顔を覗き込んで言ってみる。


「…買い物?何の。」


「…嫌ならいいもん。」


「嫌とは言ってない。」


「……」


 煮え切らない父さんの返事に、ついイラッとしてしまった。

 母さんを振り返ると、目を細めて『頑張れ』って口パク。

 うーん…あたし、そんなに根気強くないし。


「…じゃ、気が向いたらでいいや。あたし、オフだから家でゴロゴロしてるから連絡して。」


 小さく溜息をつきながら、お茶を持って立ち上がる。

 父さんはあたしに甘いけど…お姉ちゃんの事、大好きだから…今はお姉ちゃんの事が気になって仕方ないんだよね?


 あたしが定位置に座ると、聖も目を細めてあたしを見てた。


 何よ。


 別に。


 そんな感じのアイコンタクトをしてると…メールが来た。


「あ、お姉ちゃんからだ…」


『似合いそうな物を見付けてあるから待っててね』


 それを読んで嬉しくなったけど…どうもあたしに一番に返信があったみたいで、父さんと母さんと聖から注目されてる事に気付いた。


「あたしは…ほら、返信したから…」


 すると、母さんと聖のスマホも鳴って。

 お風呂に入ってるお兄ちゃんのスマホも…鳴った。

 …聖とお兄ちゃんも返信したの?


 何となく…あたしと母さんと聖の視線があやふやな感じになってると…


「…寝る。」


 父さんが、ビールを一気に飲んで立ち上がった。


「えっ、でも…まだこんな時間だよ?」


 あたしがテレビをつけて。


「何か…そうだ。LIVE Alive観ようよ。」


 そう言うと…


 ♪♪♪


 父さんのスマホが鳴った。


「……」


 みんなで無言になると…父さんは立ったままゆっくりスマホに目を落として…

 …少しだけ、目元を緩めた。


「…千里、もう一杯飲む?」


 母さんが立ち上がる。


「…ああ。」


 父さんはゆっくり座って。


「明日、香津で昼飯食って買い物行くか。」


 いつもと変わらない様子であたしに言ったけど…

 香津に誘ってくれるって事は、ゴキゲンのはず。


「うん。行く行く。」



 結局…お風呂上りのお兄ちゃんも交えて、深夜までLIVE Aliveを観た。


 週末…

 お姉ちゃんが、笑顔で帰って来れるといいな…。




 〇桐生院華音


『14日に帰るけど、お迎えはいいよ』


 風呂から上がると、咲華からそう返信が来てた。


 …ちっ。

 せっかく迎えに行ってやるって言ってんのに。

 可愛くねーやろーだ。



 大部屋ではなぜかLIVE Alive鑑賞会が始まってて。

 俺も冷蔵庫からビールを出して、そこに加わった。



 しばらくすると、またメールが…


「お姉ちゃん?」


「いや、曽根。」


「なーんだ。」


「……」


 華月。

 曽根が何かしたのか?

 おまえ、今ちょっと曽根に失礼だったぞ?


 そうは言っても、咲華の一括送信のせいでか…みんなが過敏になってる気がする。


 俺はスマホをバイブにして、足の上に置いた。


『キリ、俺と沙都君、しばらくオフになったぜ。週末に帰国予定なんだけど、キリんちの豪邸に泊まらせてくんねー?』


「……」


 はあ?


『なんでうちに泊まんだよ。家へ帰れ。家へ』


『つめてーなあ。キリんち、中まで入った事ねーし、噂の豪邸に泊まって日本に馴染みたいんだよ』


『駄目だな。週末は特に駄目だ』


『なんで』


『咲華が帰ってくんだよ』


『じゃあ別に一人や二人や三人や四人、構わないだろ?』


『勝手に人数を増やすな』


「…華音、誰と連絡してるの?」


 俺がテレビ画面を観つつ、メールしてると…母さんが突っ込んできた。


「あー…曽根。」


「曽根君?沙都ちゃんのマネージャーの?」


「そ。週末に帰るから、沙都と一緒に泊めてくれとか言いやがる。」


 俺がブツブツとそう言うと。


「…いいぞ。」


 …え?


 みんなが顔を見合わせた。

 今…いいぞって言ったのは…


「あら、いいの?咲華も帰って来るのよ?」


 母さんがそう言うと。


「別に構わん。」


 テレビ画面を観たまま、親父がそっけなく言った。


「……」


 これは…

 何か怒ってんのか?

 それとも…機嫌がいいのか?

 親父は分かり易いクセに、こんな時は小難しくて困る。


『…泊まっていいって親父が言ってる』


『えっ!!マジで!?親父さんラブ!!』


「……」


 小さく溜息をつきながら。


『何日に帰るんだよ』


 そう送ると。


『えーと、日本には14日の11時。迎えに来てくれーヽ(´∀`)ノ』


 …誰が行くか!!



 そう思いながらも…


『14日の11時に沙都と曽根を迎えに空港に行くけど、おまえ行く?』


 紅美にメールすると…


『行きたーい…でもあたし13日の夜、反町で取材。しかも遅くなるんだよー(泣)』


「……」


 俺はカレンダーを眺めて。


『じゃあ13日どこか泊まるか?空港に行くにも遅くまで寝てられそうな所。』


 そう返信した。

 すると…


『わー!!いいの!?最近ゆっくり一緒にいられなかったから、超嬉しい!!』


「……」


 くそっ…可愛いじゃねーかよ…!!


 何で今俺は…大部屋で身内と自分のライヴ映像を観てるんだ…

 確かに最近、紅美とは事務所でしか会ってない。

 ルームでハグして、軽くキスして…

 …よし。


『13日の夜は寝させねーぞ』


『ほんと?絶対だよ?』


『…頑張る…』


『ふふっ。楽しみ』


「……」


 やべーな。

 最近少しだらけてるからな…



「…やだ。何、お兄ちゃん。急に腹筋なんかして…」


「華音、テーブルが揺れるから、もう少し後ろでやって。」


 華月と母さんのブーイングを受けながら、俺は腹筋を続ける。

 少しでも体力つけとかなきゃな。


 …が…


「…もうバテたのか?」


 仰向けになったまま天井を見てると、親父が鼻で笑った。


 …ちくしょー!!




 〇高原さくら


「あいたた…」


「もう、なっちゃん身体かたいなあ。」


「俺は年の割に柔らかい方だぞ?」


「誰と比べたのよ。」


 あたしとなっちゃん、お風呂上りにリビングでストレッチ。

 結婚してから、ずーっとやってる。

 あ、なっちゃんが入院してた時以外ね。


 ♪♪♪


「さくら、携帯鳴ってるぞ。」


 ###


「なっちゃんの携帯も部屋で鳴ってる。」


「…おまえ…相変わらず地獄耳だな。俺のはバイブになってるのに…」


 あたしが携帯を手にしてメールを見ようとすると、なっちゃんは『よっこらしょっ』って立ち上がって部屋に向かった。


「よっこらしょって。」


「あー?」


「よっこらしょって言ったー。おじいちゃーん。」


「あー、はいはい。俺はおじいちゃんですよー。」


「ふふっ。」


 スマホを手に戻って来たなっちゃんは。


「おっ…咲華からだ。」


 そう言ってすごく笑顔になった。


「みんなに送ったみたいね。」


 ディスプレイには『咲華です。元気です。心配かけてごめんなさい。旅立たせてくれて、ありがとう。週末に帰ります』って。


「あたし達も週末に桐生院に行く?」


「そうだな。これ、写真撮って咲華に送ってくれ。」


 なっちゃんはスマホの画面を自分の頬辺りに押し付けて、あたしに密着した。


 ふふっ。

 もう。

 おじいちゃんだけど、可愛いなっちゃん。


「いい?撮るよ?」


「おう。」


 カシャッ。


「どれどれ。」


 なっちゃんがあたしの携帯を覗き込む。


「なかなかいい。」


「ふふっ。じゃ、なっちゃんにも送るね。」


「待ち受けにしよう。」


「じゃ、あたしもー。」



 毎日…すごく楽しい。

 なっちゃんは一日の大半をあたしと過ごす事が多いし…

 いつまで…こうしていられるかなあ…って、本当はその不安が大きいんだけど…


 ###


 膝に置いたスマホが震えて、なっちゃんが大袈裟に身体を揺らせて…笑った。


「来週、ナオトんちでランチしないかって。」


「えー、いいなー。」


「おまえもだよ。」


「あたしも行っていいの?」


「全員集合らしい。」


「わあ!!楽しみ!!」


 嬉しくて、なっちゃんに抱きつく。


「…犬か。」


「ワン。」


「……」


 なっちゃんは優しくあたしの頭を撫でながら。


「…さくら、毎日…ほんと、ありがとな。」


 優しい声で言った。


「…そういうのやめて。お互い様だから。」


 あたしが唇を尖らせて言うと。


「…だな。まだまだこれからも、ずっとずっと…よろしく頼むよ。」


 なっちゃんはあたしの頭をぐいっと抱き寄せてくれた。


「うん…ずっと一緒だよ…」


 ♪♪♪


「あ、咲華から。優しいメールをありがとう。週末が楽しみになった…ですって。ふふっ…いい子ね。」


 あたしがなっちゃんの腕の中でそう言うと。


 ###


 なっちゃんにもメールが来た。


「…幸せのお裾分け、ありがとう。大好き…だってさ。」


「咲華ったら。」


「可愛い子だ。」


「本当。」



 なっちゃんの腕の中は…心地いい。

 あたしが寝たきりの頃、ずっとこの腕に守られてたのを思い出す。


 サイドボードには…周子さんと、貴司さんと…お義母さんの写真。

 あたし達は…今もみんなに守られて生きてる。



 ずっとずっと…幸せでいるよ?

 だから…

 もう少し…見守ってて。

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