第41話 「サクちゃん、荷造りしたの?」

 〇桐生院咲華


「サクちゃん、荷造りしたの?」


 洗濯物を干してると、キッチンの窓から沙都ちゃんが顔をヒョッコリ出して言った。


「あ…まだ。」


 海さんに荷造りを頼まれたのに…

 なんて言うか…


 …あたし。

 軽く…帰国拒否っぽいのかな…

 荷物をまとめる気にならない。


「沙都ちゃん、もうバッチリ?」


 洗濯物を干し終えて、リビングに戻る。

 沙都ちゃんは、ベビーベッドからリズちゃんを抱えて座ってた。


「うん。僕も曽根さんも、荷物そんなにないから。」


「そっか…」


「何か買い物があれば付き合うよ?」


「あー…それは助かるかも。」


 一応…お土産とか…

 あと…

 日本を発って…連絡するって約束した日から…実は今日で一ヶ月。

 …誰に連絡しよう…


 後押ししてくれた、おじいちゃまとおばあちゃまに連絡したい所だけど…

 やっぱり、父さんにしておいた方が…後々いいような気もする。

 …でも…

 父さんに連絡なんて…



 あたしは色々悩んだ末。

 まず、いくつか海さんにメールで質問する事にした。

 帰ってから聞いても良かったんだけど…

 何しろ…まさに今日が連絡をしなくちゃいけない日。



『海さん、お仕事中ごめんなさい。質問があります。帰国してすぐ桐生院に?それとも、海さんのご実家?それと、最初はあたし一人が桐生院に戻った方がいいのかな…?』


「……」


 送信した後で、本当にあたしってノープランだ…って痛感した。

 ノープランでこっちに来て、酔っ払って結婚して…だもん。

 つい、自分で呆れた顔をしてしまうと、リズちゃんがあたしの顔を見て笑ってた。


「何?ママの顔、おもしろい?」


 唇を尖らせてリズちゃんに顔を近付けると、リズちゃんはますます大笑い。


「間違いなく面白いよ。百面相してた。」


 沙都ちゃんにまで、笑われた。



 #########


 手の中でスマホが揺れて、あたしはそれが電話だと気付いて慌てて出る。


「もしもし?」


『俺としては一日も早くと思ってるから、帰国したその足で桐生院に行きたいけど。』


「あ…そうなの?」


『それと一人で帰らせるわけない。一緒に行く。リズも。』


「……」


 一人で帰らせるわけない。に、キュンとしてしまった。

 海さん…本当に優しい。


「うん…ありがとう。実は今日がちょうど旅立って一ヶ月だから、連絡しなきゃいけない日なの。」


『あー…そうか。俺から連絡しようか?』


「え?」


『咲華、気が重そうだ。』


 な…なんで分かるんだろ…


「う…ううん、いいの。約束だから…あたしがする。」


 そうだよ。

 ちゃんと…しなきゃ。


「とりあえずは…帰国する事だけをメールしてみるね。」


『結婚はサプライズって事か。』


「…逃げてる感じ…?」


『いや、俺からちゃんと説明したいし…もう一ヶ月も黙ってたんだから、ご家族の前できちんと目を見て謝罪して、潔く殴られたい。』


「殴られたいなんて…」


『大丈夫。お父さんの気持ちを想えば、殴られる事なんか痛くも何ともないから。』


「……」


 ああ…本当に優しい人だ…


『今日は少し遅くなるかもしれない。』


 帰国するためにお休み取ってくれたんだもん…

 忙しいよね。


「そう…分かった。」


『じゃ、荷造りとご家族への連絡…頼んだよ。』


「うん。頑張る。」


『…ふっ。』


「…ふっ?」


『ああ…何でもない。じゃ、また何かあったら連絡して。』


「う…うん…」


 …何だろ。

 なんで海さん、笑ったのかな。



 沙都ちゃんに紅茶を、リズちゃんにリンゴジュースを用意すると。

『僕があげていい?』って、沙都ちゃん…海さんに負けないぐらい、面倒見がいい。

 沙都ちゃん、手慣れてるなあ…ありがたいなあ…って、感謝の気持ちを込めて見守りながら…

 あたしは、メールの文章を考える事にした。


 この時間…日本は、夜。

 父さんと母さんはお風呂かもしれない。


 …一括送信しよう。



『咲華です。もうすぐ帰国します』


 …いや、淡泊過ぎるでしょ。


『咲華です。この一ヶ月の間に色々あったけど、元気だし何より幸せです。もうすぐ帰国します』


 …思わせぶり過ぎる…


『咲華です。週末に帰国します。紹介したい人がいます』


 みんな、誰だ!!って電話かけて来るよ…


「……」


 もう、これ以上悩んだって…どうせ週末には帰国して会うんだから…


『咲華です。元気です。心配かけてごめんなさい。旅立たせてくれて、ありがとう。週末に帰ります』



 あたしはスマホのディスプレイをじっと眺めて。


「…送信…と。」


 身内7人に送信した。


 ドキドキしながらも、スマホを置いて…沙都ちゃんにいい人が出来ないかなあ…なんて、漠然と見守ってると…


『お姉ちゃん、元気で良かった!!帰って来るの待ってる!!お土産も♡』


 真っ先に…華月から返信が来た。

 最後の『お土産も♡』を見て、咄嗟に浮かんだのが食べ物ばかりな自分に目が細くなった。


 …華月には、以前雑貨屋で見付けた可愛いTシャツにしよう。

 あれ、華月に似合いそうだったし。

 すると今度は…


『ハッキリした日にちと時間教えろよ。空港まで迎えに行く。』


 …華音から。

 む…迎えに来られるのは…マズイよね。

 それに返信しようとしてると…


『一括送信って(笑)俺らはいいけど、親父軽く落ち込んでんぜ?』


 聖から。

 …落ち込んでるって言われても…

 父さんにメールなんて、普段からした事なかったから…なんて書いていいか、分かんないよ…


『咲華が元気で良かった^^母さん、最近アロマオイルにハマりました。お土産は香りのいい物をお願いします♡』


 聖からのメールで華音への返信をやめようとしてると、母さんから。

 あー…ホッとする。

 母さんも華月も、お土産って言ってくれるの嬉しいな。

 お土産で罪悪感がなくなるわけじゃないけど、軽くしてくれる気がする。


 すると続けて…


『週末に帰るの?じゃあ、あたしとなっちゃんも週末は桐生院に帰るー。メールありがとう。なっちゃんが俺にも来てるって喜んでるよ♡』


「あはは…おばあちゃま、可愛い…」


 おばあちゃまからのメールには、おじいちゃまとのツーショットが添付されてた。

 その、笑顔のおじいちゃまが手にしてるスマホには、あたしからのメール…


「……」


 やっぱり、一人一人にメールすれば良かった…って、少し後悔した。

 …今更だけど。


「…沙都ちゃん、ごめん。もう少し…リズちゃん見ててもらっていい?」


「ん?いいよ。もちろん。」


 あたしはリズちゃんを沙都ちゃんに任せて。

 ちゃんと…一人一人に返信をした。


 華月には、似合いそうな物を見付けてあるから待っててね、と。

 母さんには、絶対気に入る物を見付けるね、と。

 聖には、本当あたし親不孝者だね、反省する。と。

 華音には、14日に帰るけど、お迎えはいいよ、と。

 おばあちゃまには、優しいメールをありがとう。週末が楽しみになった、と。

 おじいちゃまには、幸せのお裾分け、ありがとう。大好き、と。


 そして…父さんには…


『この一ヶ月があたしにはすごく宝物になりました。すごく怒ってたかもしれないけど、本当に感謝してます。ごめんね、父さん』


 そう…送った。



 それからは、誰からも返信がなくて。

 あたしは、沙都ちゃんとリズちゃんとで買い物に出かけた。

 みんなにそれぞれ思うような物が買えて、大満足で帰宅。

 そこから…沙都ちゃんに促されながら、やっと荷造りに手を着ける事にした。


 事務所に行ってた曽根君も帰って来て、沙都ちゃんと二人でリズちゃんの子守をしてくれて。

 あたしは納戸でスーツケースを開いて、海さんの服を詰め込む事にした。


 えーと…下着と靴下と…


「…え。」


 開いたキャビネット。

 Tシャツの下に、何かある。

 …手にしてみると、金髪のゴージャスなスタイルな女の人が表紙の…


「……」


 これ、もしかして…

 以前、キャビネットに何か隠してないか…なんて言ったから、リクエストに応えてくれたの?


 小さく笑いながら雑誌を手にする。

 置いてあるからには…開けって事よね?

 お約束って感じで表紙をめくる。


「……」


 手にした雑誌を、少し遠ざけた。

 そして、またページをめくる…パラパラ…パラパラと素早く…


「こ…こんなの…」


 海さん、こんなの見てるの…?

 何だか、すごく…

 すごくハードな感じなんだけど…


 今のあたしを絵に描いたら、額に縦線が入ってると思う。

 こういう本を見た事がないわけじゃないけど、しっかり見た事があるわけでもない。

 でも、あたしの中でのこういう雑誌は…


 華音と聖がヘラヘラしながら、大部屋で見てたりして。

 そこに父さんが加わってニヤニヤして。

 母さんに『あたしに飽きたのね…』なんて言われた父さんが『何言ってんだ』って…そこから二人のイチャイチャが始まるっていう…

 あたしには、その平和な空気への導きアイテムなイメージの方が強い。

 それはあくまでも、しっかり中身を見た事がないからであって…


「こ…これは…」


 一度閉じた雑誌を、もう一度開いてみる。

 もう…それは…とてもとても…セクシーな女性ばかりが…

 見事なまでのプロポーションを惜しげもなく…


「……」


 つい、自分の姿を見下ろしてしまった。

 残念ながら、スタイルに自信はない。

 下手したら寸胴と呼ばれかねない、くびれのない腰回り…


 …ああ!!

 なんであたし、大食らいなの!?


 ガックリしながら雑誌を置いて、Tシャツを三枚取り出す。


 …ん?

 取り出したTシャツの間に、何か違う感触がある。

 二枚目と三枚目の間を開くと…封筒があった。


 …何だろ。


 それを開くと…



 咲華へ



「…え?」


 あたし宛ての…手紙?




 咲華へ


 これを書いてる今、咲華のお父さんの歌を聴いてる。

『Never Gonna Be Alone』

 いい歌だな。

 咲華のお父さんが書かれる歌詞は、優しくて熱くて強い。

 尊敬するよ。



「……」


 突然、父さんの事から書かれてて…驚いた。

 海さん…父さんの歌まで聴いてくれてたんだ…

『Never Gonna Be Alone』は…確かにいい曲。

 今年の春にミュージックビデオと共に発売して…大反響だった。

『もう一人じゃない』って…


 母さんは、父さんが感謝する人みんなに向けて歌った曲だって言うけど、あたしには母さんに対するラブソングにしか聞こえない。

 もう一人にさせない…


 おじいちゃまから聞いた、父さんと母さんの間にあった色々な事を思うと、父さんの愛って本当に母さんにまっしぐらだな…。




 今日で結婚して一ヶ月。

 二人とも覚えていないとはいえ、あの日から一ヶ月経った。

 早いのかな?

 俺としては、不思議だけど…咲華とはもっと長く一緒にいた気がしてる。



「…あたしも…」


 海さんが自分と同じ気持ちでいてくれた事が嬉しくて、ついつぶやいてしまった。



 酔って結婚して養女を迎える…俺の人生の中で、有り得ない出来事だったと思う。

 なのに酔いから醒めて、その有り得ない現実を受け止めるのに、意外と時間がかからなかった。

 咲華とリズの笑顔に癒され、それによって、より仕事にも集中する事が出来て、家に帰るのも楽しみになるなんて…

 もちろん仕事は今までも頑張って来たが、この一ヶ月は全てに置いて充実した。

 咲華のおかげだ。



「……」


 感激して、手紙を抱きしめてしまった。

 まだ続きがあるんだけど…嬉しくて、ドキドキして…最後まで読めるのかなあたし…


「ふう…」


 しばらく抱きしめたままにしてたけど…荷造りが進まない。って気付いて、一気に読むことにした。

 深呼吸をして、抱きしめてた手紙をもう一度開く。



 咲華との事を志麻に告白した事、後悔はしていないが責任はさらに重く感じた。

 恐らく今も咲華の事を忘れる事は出来ない志麻のためにも、俺は全身全霊をかけて咲華を守るし大切にする。

 そして、リズと…いずれ増えていくかもしれない家族のためにも。

 俺は自分の命にも、さらに責任を持って仕事に情熱を注ぐ。



「……」


 いずれ増えていくかもしれない家族…

 考えないわけじゃないけど、今はリズちゃんの事で精一杯なあたし。

 家族が増える…

 うん…

 そのためにも、海さんが色んな事に対して頑張ろうって思ってくれる…

 嬉しい。


 あたしにも…そんな力があるなんて。

 本当に、嬉しい。


 あたしはいつも与えてもらってばかりで、何の力もないって思ってたから…

 この海さんの気持ち…

 あたし、大事にしたい。



 これから長い歳月を共にする間に、衝突する事もあるかもしれない。

 だけどそんな時は、この一ヶ月間の事を思い出そう。

 前庭でのランチや、リズの歯が生え始めた頃の事。

 俺の気持ちに追い付いたと聞いた時、どんなに嬉しかったか。

 咲華は俺にたくさんの初めての気持ちを味あわせてくれている。

 年甲斐もなく、青い気持ちになる事も多い俺だけど、それに気付いた時は笑ってやり過ごしてくれるかな。


 目覚めた時に腕の中にいた女性が、咲華で良かった。

 心からそう思う。

 これからも、俺の手をずっと離さないでいて欲しい。

 どうか、ずっと俺の隣に居て欲しい。

 俺は俺で、咲華にふさわしい男になれるよう、咲華のご家族に認めてもらえるよう、これからもずっと頑張り続けるよ。


 思いついて書いてるから、少し支離滅裂かな。

 読み返すと恥ずかしいから、このまま封をするよ。


 二階堂 海




「……」


 もう…なんて言葉にしたらいいのか…

 とにかく…胸がいっぱいになった。

 海さん、あたしにふさわしい男になれるよう頑張る…って。

 そんなの、あたしが頑張らなきゃいけないのに。


「……」


 あたしは最近使う事のなかったイヤホンを引き出しから出すと、それをスマホに繋げて…プレイリストの中から『Never Gonna Be Alone』を選んだ。


 すごく久しぶりに聴く…父さんの歌声。

 アコースティックギターを弾きながら歌う父さんのミュージックビデオ、何度…母さんに付き合って見ただろ。

 目を閉じると、その映像が簡単に流れて来た。



 あたしにだけ口うるさくて…父さんとはよくケンカになってしまってた。

 そんなあたし達を気にして…なのか。

 母さんはよく、あたしと二人で父さんのミュージックビデオを見ながらお茶をした。

 特に父さんの事を話すわけじゃなかったけど…


 その歌のギターソロが終わった所で…


「あ…」


 メールが来た。

 …父さんから。


 一言…『待ってる』


「……」


 今…日本って…朝の4時とかだよね…?



 あたしは曲を聴きながら父さんに返信する。


『もう起きてるの?』


 すると、すぐに…


『目が覚めた』


『年寄りは朝が早いって言うものね』


『誰の事だ?』


「……」


 曲が終わって…あたしはまたそれを再生させる。


『今、F's聴いてた』


『どの歌だ』


『Never Gonna Be Alone』


『名曲だな』


『自画自賛?』


『そうとも言う』


 ふふっ…


 あたしは納戸に座り込んで、しばらく…父さんの歌声を聴きながら、父さんとメールをした。

 …海さんが書いてくれてなかったら…この歌を聴く事も、父さんに返信する事もなかったかもしれない。

 海さんからの手紙をもう一度読み返して…


『あたし、彼の事吹っ切れたよ』


 そう返信すると。


『おまえになら、すぐにいい男が現れる』


 まるで…親バカ丸出しな返事。

 もう現れてる…って書きたい気持ちを押さえて。


『週末にね』


 そう送って…メールを終えた。

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