第34話 覚悟

 数分経たずに、デル署長は言葉を発した。然し俺は、彼が考え込んでいるのだろうと推量し一息ついていた為、不意を突かれた様に――若干、あわただしく反応していた。


「……昨晩。何時もの様に署内で書類整理をしていた時、紙媒体の招待状を見つけたのだよ――GCAの創立10周年を記念した、パーティーの招待状。私のデスクに置かれていた。それもどういう訳か、そのパーティーは明日の夜行われる。


だが、君の話を聞いてようやく理解したよ。これはきっと、君を誘い出したい誰かが忍ばせた物だ――相手の狙いは君だ。


相手からしたら、組織を調べ貶めようとしている敵なのは明白だ。然し、君の話が本当ならば、そこまで強大な組織が何故一個人の命なんぞに固執する??


だからね、ゲライン君。私は、『命』に固執しているのではないと思うのだよ。


――?」


その言葉に、先程感じた哀愁などは無く。それどころか、不信感や驚きなどといった感情すらも読み取れなかった。声音こわね、言葉の抑揚、解像度の高いカメラ映像を介して見える顔色からも、感情は一切読み取れなかったのだ。


彼は何かを隠している――然しそれも、秘密主義者の彼にとっては、今に始まった事じゃなかった。だが……彼の言葉。


読み取れない感情ではなく、言葉の意味からおもんばかり、結果普段とは違う何らかの作為を感じたのだ。


「――何が言いたいのです?」


「いやなに、探りを入れてしまっただけだよ。君だって知っている、私の悪癖さ……取り敢えず。審問会の監視員達は下がらせ、延期の要請をしてみることとする。


受け入れられるかは定かではないが、審問は数日間にわたるのでね。監視員を下がらせた後は、私の別宅に案内しよう……必要だろう? セーフハウス。」


「……えぇ、助かります。はい。では、後程のちほど。」


俺が耳に宛てがっていた携帯端末を離す前に、その通話は切られた。


『嫌な感じだ……署長が気に食わないからではなく。署長が何を隠しているのか、見当も付かない――署長はこの怪事に、何か関わりを持っているのか?


まさかな。そんな筈ない。何も知らなかった俺を巻き込む必要性が――いや。エドと俺との関係を知っていたのなら、エドを誘き出す餌として利用した可能性もあるか……』


――俺はそこで、思索を止めた。


俺は今、長年の信頼より一時の熱情を重んじていたのだ。そして、に恥じ。同時に、が何なのかを思案した。


『これが『覚悟』? いや、違う。こんなものは覚悟じゃない。これはきっと……あぁ、そうだ。そうに違いない。』


そして俺は――『覚悟』と同じ位の『復讐心』が燻っていたのだと、漸く理解した。


 携帯端末をテーブルに置き、俺はズミアダの前に置かれたモニターを取った。その際、ズミアダが俺の腕をそっと掴み、動きを止める様にして話しかけてきた。


「ゲン……このチップ。オレには、どうしようもないよ。」


俺は引っ掛かりを感じながら、一先ずモニターを置き。ズミアダの話に傾聴けいちょうした。


「何? それは、どういう意味だ?」


「そもそも、このチップの形状が特異で調べようがないんだよ。ネットや伝手を利用して、型を調べようにも該当なし。かといって、無理にこじ開けることも出来ないんだ……ほら、よく見てくれ。


透明度が高くて判り難いが、チップが精巧な硝子製――若しかしてだけど、これがゲンの話していた、“ガラスナノ構造の5次元データストレージ“ってヤツじゃないかな?」


「シェルター内でエドから話された“ガラスナノ構造の5次元データストレージ“――以前も説明したが、俺の実父が義体化技術の大半を。エドはその発展型とロシア対外情報局のデータを保持していた。


コレが彼の話していたデータならば、5次元データストレージも二つ有り、その内の一つ。つまり、エドが所有していた『義体化技術の発展型』のデータが、このストレージに入っている可能性が有る……」


俺がそう言い終えた時、近くで話を聞いていたヨハンが椅子から飛び起きる様にして、会話に割り込んできた。


「なら、それを公表すれば……!!」


「いいや、ヨハン。それじゃダメだ。」


ヨハンにそう諭したのはプシエアだった。そこに、先程までふざけていた男の陰は無く。眉をひそめ、不機嫌そうに踏ん反る男がいただけであった。


「プシエアも聞いていたのですか。てっきり暇をしていたのだと……それで、一体何故ダメなのです?」


「そう焦るなよ。少し考えりゃあ、誰だって分かるコトだ。


一つ目――“発展型“だけじゃ基礎が無い。つまり、理論上でしか存在しない……空想科学と変わらない。故に説得力に欠ける。


二つ目――公表したところで“奴等“とデータの接点や、その計画を証明した訳にはならないだろ? 寧ろ、ゲラインの父親のデータを入手しているであろう奴等に、助力する形になるかもしれない。


困るのは精々、SVRぐらいか……いや、と言う程でもないかもしれないな。何方にせよ。現段階で、コレの中身を公表するべきではないな。」


「では……一体どうすれば?」


「そんなの決まってる――だが、俺は反対だぞ、ゲライン……お前、乗り込むつもりだろ?」


やはりプシエアは、俺の計画を見透みすかしていたか……デル署長と会談すると話した時から、薄々勘付いてはいたのだろう。


「あぁ、勿論だ。」


「正気か? 死ぬぞ。」


「――だが、。」


「……だがな、ゲライン。俺は――」


プシエアの言葉を遮る様にして、俺は少々口早に話した。


「――奴等が義体化技術を実現しているのは、当然俺の父の5次元データを取り出し、利用したからだ。


つまり、俺達が知り得る中で5次元データを取り出す方法は一つ。奴等の拠点に向かい、そこに存在するであろう専用機器を利用するしかない。


その後、データと組織の関係性を国内外であらわにする。然し、組織の拠点の所在地は未だ特定出来ていない上、義体化技術の基礎データの行方は不明。データと組織の関係性を顕にする証拠も無い。


だから、罠であろうとGCAに向かい、組織の根城を特定しなければ……」


俺は皆にそう告げた後、麦茶を飲んで火照った喉を潤した。


 そうして皆が静まる中、プシエアだけは尚も勢いが褪せず。俺を睨み付けながら、話を続けた。


「滅茶苦茶だ……ゲライン。お前、自分が何言ってるか分かってんのか??」


「……分かってる。」


「いいや、分かってない。本当に、たった数人で出来ると思ってんのか? 作戦ですらないぞ、コレは。」


「――それでも、やるしかないんだ。」


その言葉を聞いたプシエアの眼光は少しばかり和らぎ、次第に普段の――親友の眼に戻り。俺を見据えていた。


「……何がお前をそうさせる?」


プシエアのその言葉に、俺は返答しないまま室を後にした。


『覚悟』が揺らぎそうで、怖かったんだ。

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