第33話 上面
時計の針は午前10時を指す――街はすっかり賑わいを見せ、冷光と自然光が混じり合い、
場所はズミアダの知り合いが営む日本系大衆食堂――食堂とは謂うものの、中華料理屋の室をそのまま使った店で、名前の違いや、中華料理屋ではない事から、多少違和感の残る場所となっていた。
そんな中、俺達は店内の円卓にて今まさに情報共有をしようとしていた。
ズミアダ、ハシギル、俺の三人は二人を待つ迄の間、先に腹を満たし。暫くして、腹を空かせ、気力のないプシエアとヨハンが、クーペに乗って忙しなく到着した。
五人は円卓で、昨日の朝の様に見合い。それぞれ疲れ切った様で、気怠げに話を始めた。
「んで。何だって、“スシ“なんだ??」
今回も、口を切ったのはプシエアだった。空きっ腹でも、相変わらず多弁な男だ。
「仕方ないだろう? オレの知り合いの店じゃなきゃ、黒服にオドされてたんだぞ?」
「まぁまぁ、二人共……何でもいいじゃないですか。こうして、一人も欠けずに合流出来たのですから。」
ヨハンが、ズミアダとプシエアの仲介に入った。如何にも親切心という感じであったが、然しこの二人が言い合うのは、何時もの事だ。ハシギルがしている様に、我関せずという振る舞いをしていれば、自然に収まる。
それに、この言い合いに関わると
「いいや、良くない! 俺は生臭い魚よりも、熱々でスパイシーな中華が食べたいんだ! それに、これが最後の晩餐になったらどうする? これから戦闘になるかもしれないのに、これじゃあ精力もつかない!」
「ハッハ! これが最後の晩餐になったのなら、お前はその程度の人間だったって事だよ。それにお前には家族が居るだろう? 精力なんか何に使うんだよ。」
「何だとこのヤロー?!」
「二人共! ゲラインさんも、何とかして下さいよ!」
「ズミアダの言い分も判る……が、中華街と謂えば中華料理だろう。けどまぁ、寿司は美味かった。お前も頼んだらどうだ?」
「なっ、貴方まで……!」
腹を満たし、プシエア達が来るまでに気が緩んでいた俺は、二人の無駄話に連れて思考が偏り始めていた。
それは、朝に追跡者を始末出来たという一定の安心感からもあったのだろうが、気が緩んでいたのは事実だ。
そうして話が逸れる中、慌てふためくヨハンとは別に、毅然とした態度で口火を切ったのがハシギルだった。
「おい……さっさと始めよう。時間が無駄になる。」
叱りつけるような、低く強い口調で、俺達は母親に叱られた子供の様に、すんと
「あ〜……じゃあ、俺から話そうか――」
それから、暫し情報交換の場を設け。その後に、話題はデル署長とGCAの問題に移った。結果から謂うと、昼に署長と接触する運びになったのだ。
その為、ズミアダ経由で店主にプライベートルームを設けてもらい、店内には小型カメラを忍ばせてもらった。
役割も既に決まっていた。俺は会談、ズミアダは例の丸型ICチップの調査・解析、
それから、13時を周った頃。俺達は壁越しだが、デル署長と遅めの合流を果たした。
ハシギルのみ表に出している理由は明白だった。勿論、他の戦闘員が特定されたという事も理由としてはある。然し、それだけではなく、署長には“
審問会からの“
その為、署長には予め、店外から様子が
故に会談の方法は、食卓の裏に貼り付けられた携帯端末。それを見えない位置に置いてから、会談するという形式にした。
それぞれが位置に着き、少しして始めの通信が入った。デル署長を視認したハシギルからの通信だった。
「“D“が来た……監視員も一人着いて来ているな――グレーのコートを着た、ハンチング帽の男だ。武装している。相棒の方は下の白いセダンに居るのが見える……アレじゃあ、尾行になってないな。」
「カメラ感度も良好! 男の表情まではっきりと見える! ゲライン、此方も確認出来たと伝えてくれ。」
「OK、ズミアダ。此方も署長を確認した。そのまま続けてくれ。」
俺はズミアダに言われた通り、ハシギルに通信を返すと、デル署長からの連絡に備えた。その間、プシエアは又もや無駄話を始め、近くに居た俺、ズミアダは作業故に止めもせず。構うのはヨハンだけであった。
「“D“?? それが、
「プシエア、失礼ですよ。アレでも界隈では有名な切れ者です。」
「ヨハン。俺はアイツともそれなりに付き合いがあるんだ。それぐらい知ってるよ。ただ……いけ好かないだけだ。」
二人の雑談がひと段落した瞬間――署長との通信が繋がり、ヨハンは咄嗟にプシエアの口を塞いだ。
プシエアは椅子をぐらつかせながら悶え、ヨハンは構わず彼を身体ごと押さえ付けていた。加えてズミアダは、集中し周りが見えていない様子でいた。
一先ず、俺は雑音が入らない様に
「……イン……ゲライン。聞こえるか?」
「えぇ、聞いていますとも。やはり来てくれましたね、デル署長。感謝します。」
「全く……君じゃなければ殺していたよ。」
「はは……素敵なジョークだ。笑い死んでしまう。」
「皮肉か? ジョークじゃないぞ……まぁいい。本題に入る前に、何故直接話さないのかを聞かせてもらおうか。
「ところが、差し支えがあるのですよ。それについても、今から御話致します。私がこの約五日間で体験した、因果的な怪事の詳細を――不躾ですが、先ずは黙って信じて下さい。
獲物はあまりにも強大で、全体像が見えない……喩えるなら、怪物だ。
“化物が死ぬのかを調べるには、先ず「出血」という事象証拠が必要になる“――と謂うように、証明するのには、貴方に協力して貰う必要があるのです。」
「なるほど……良いだろう。君はそんな子供じみたホラを吹く男ではないし、違法薬物に手を染める程落ちぶれても、酒に呑まれてもいない。
然しそれでも、やはり半信半疑にはなるだろうな――だが、君ならその“決定的証拠“を
それに君が豪語しているのだから……“怪物“とやらが切り離した尻尾ぐらいは見つけているのだろう――怪物の首を獲る自信はあるのかね?」
「自信はあります。怪物達は人を盾にしています。故に、何をするにも静かに悟られずというのは厳しい……ですが、協力してもらえるのなら、やってみせましょう。その為には先ず、情報共有が必要となる。さぁ、何か頼んで下さい。話は少々長くなる。」
それから俺は以前、仲間達にも説明したような事象を話し。加えて、新たな情報を話した。時折、それを踏まえた憶測を交えつつ、署長との会談は進んだ。
俺が話している間、署長は時折質問をするだけで、それ以外は相槌も打たずに黙っていた。
暫くして、全てを伝え終えた14時半――署長は唯一言「了解した」とだけ残し、少しの間、考え込むようにして黙っていた。
俺は席に戻り、一息ついてからテーブルに置かれた青白いモニターに目を向けた。
デル署長は、頼んでいた烏龍茶を不味そうに飲み、椅子に
勿論、そんな風に彼を見るのは初めての事だった。
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