第32話 呼び掛け

 午前8時半。陽と活気が、寒空の冷気を緩和する頃――俺達は中華街チャイナタウンに居た。


中華街はキンク・シティ近くに位置する、スプロール現象の代表的な存在。


その要因の一つとして、中国人だけではなく。東・東南アジアの大企業が国外展開し、中華街に混じり、尚も拡張し続けているのがある。


要するに、俺達からすれば中華街というより“アジア街“という認識の方が強いのだ。歴史もそれなりにあり、親しみも有る。一番多いのは中国系。勿論、“黒社会“も根強く。様々な取引が行われている場所でもある。


そんな中華街に来た理由は、実に短絡的なもので、に連絡する際――無いとは思うが、傍受されても特定されない為に、と……自分でも趣味が悪いと思うが、眼に孔の空いた頭を見て『朝は中華にしよう』という変則的な考えに至った為だ。


 車は公衆電話ボックスの近くに停められ、車外にはハシギルと、ようやく起きたズミアダが、人混みに紛れながら携帯端末で店を調べている。


然し俺は、人々がごった返す中でただ一人。電話相手に悪態をつきながら、舌戦真っ只中でいた。相手は勿論――デル署長だ。


「……ですから。立ち話で伝えられる様な簡単な事件じゃないんです。」


「元はと言えば君の所為なんだぞ? 仕事を請け負ってくれたのは良かったが、許可無しに技術者の私兵を射殺し、その後警察の尋問からも逃亡。


オマケに警察の護送車が襲撃され、君も容疑者の一人として挙がっているぐらいだ! お陰で私は今夜、審問会に呼ばれてしまった! そもそも、明日や明後日では駄目なのかね?」


「ですから、その疑惑についても話すべきことが有るのですよ。それに、貴方を一人で行かせた時には何を言われるか……」


「私は事実しか言わない! 大体何なのだね? 一言目が『GCAに知り合いが居ないか?』だと? 私をナメているのか!? 君が優秀じゃなければ、直ぐにでもクビにしてやるところだ!」


『すっかり説教モードだな。こうなった署長は、いつにも増してうるさく……面倒だ。要点は伝え終えた。切ってしまおう。』


「兎に角、今日。話をしましょう。場所は中華街。店と時間は追って連絡致します。」


「おい! まだ話は終わってな……」


俺は溜息を吐きながらフックを下ろし、受話器から流れ出す怒鳴り声を止め、聴き馴染みのある電子音に変える。


それから閉鎖空間を脱し、個性的な香りの風に当てられ。俺は空腹感の前に、若干の吐気を催しながらも、中華街の雑音に混じった。


 そして公衆電話ボックスの扉を閉め、車の方に眼を向けると、調べを終え、咥え煙草のハシギルと視線が合い。互いに手を低く挙げて挨拶を交わし、その弾みで電話相手と内容についての話に移った。


一方でズミアダは、車にもたれて尚も立ったまま転寝うたたねをしていた。


「言い争っていた様だが……相手は誰なんだ?」


「何て事はない。相手は特捜の署長だよ。以前に話した通り、彼は多方面に顔が利く。


GCAに知り合いが居る可能性も有り、同時に現状を打破する為の様々な協力を要請する予定だ。この“最後の証拠“も調べたいからな。


尤も、その為にはこれまで通り直接会って証拠を開示し、説明するしか方法が無いが……無駄に気疲れしてしまった。


署長と舌戦を繰り広げたのは久しぶりだ。だが、彼の性格上、断れないだろう。伊達に腐れ縁じゃないからな。」


「なるほど……そういえば、車の中で切り上げた話。先程、調べが付いたんだ――結局、GCAにはアドベ・スンという名のCEOは居なかった。


“追跡者“も該当無し……番号失効者ロストナンバーだと思われる。然し、以前話された“組織“の人間には見えなかった。お前は、見当が付いているのか?」


「一応、付いてはいる。無論、予想に過ぎないが――追跡者は恐らくのだろう。


初めは命をなげうってまで、GCAに注目させたい第三勢力の者だと考えていたが、そこまでの勢力なら仲間を死なさずに注目させるのも容易な筈だ。


だから、GCAの構成員を名乗り、GCAに誘き寄せたい者から間接的に依頼されたのだと思う。」


無論、その者が組織側か第三か、将又本当にGCAの構成員かは調べようが無い。同時に、これからの作戦に然程さほど影響もない。俺はその不思議を、意識をする程度に留めておく事にした。


 話が一段落し、俺は空かさず次の話題に切り替えた。


「ところで、店は決まったのか?」


そう話した瞬間、ズミアダは転寝から気を直し。不健康的な身体を動かし、問いに答えた。


「この数ブロック先に知り合いの店がある……プシエア達には連絡した。彼等は車を入手したらしいから……早く行こう……」


ズミアダは蹌踉よろめきながらも説明する。そんな彼を見兼ねた様に、ハシギルは煙草を踏み消してから、声を掛けた。


「大丈夫か、ズミアダ?」


「……」


様子がおかしい。動きが止まったままだ。蹌踉めいてすらない。しや、これは――


『――寝てやがる。』


 そして又もや車にもたれ、夢に落ちるズミアダに対し、ハシギルは頬を軽く叩き、身体を揺さぶり、気を直させてから車内へ誘導した――まるで母と子の様だった。


然し俺はそれを余所目に、個性的な匂いが外套に染み付いてないかと危惧しながら、プシエア達とデル署長に話すことを脳裏で纏めていた。


これからが厄介なんだ。

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