第35話 昏む時

 今の俺に、復讐という感情が無かったとは謂わない。自身が組織の奴等を恨んでいる事ぐらいは、自覚している。


だが、復讐心がここまで表面化したのは初めてだった。終熄しゅうそくしたと思われていた感情がこの極限状態で再度、熾火おきびと化すとは自分でも思っていなかった。


『俺は感情的な人間になっている。』


その意識が明瞭になった今。俺は、俺自身が“人を殺せない人間“になっているのでは、と恐怖していた。


もし、そうなったのなら……俺は――――


 俺が寿司屋のプライベートルームを出てから、既に数時間が経過していた――あの後、直ぐに署長から連絡があり。俺達は店の裏口で合流。署長の車に対し、セダンの自動運転追尾モードを起動して、彼の別宅へ移動した。


 移動中――署長には例の5次元データの憶測を説明し、それが終わると、審問会の話とパーティーの詳細について話していた。勿論、携帯端末越しでだが答えていたのは、ほぼプシエアだけだった。


「――ゲラインが訊かないから俺が訊くが……審問会のハナシはどうなったんだ?」


店を出てから絶えず話をするプシエアに対し、デル署長は嫌気が差したような溜息を吐いてから、返答をした。


「はぁ……また代弁者プシエア君かね。」


「仕方ないだろ。ゲラインが黙りこくってんだから……で、どうなんだ?」


「もう少し落ち着いてだな……まぁ、いい。審問会の方は、大丈夫だよ。彼方側あちらがわの友人が掛け合ってくれているからね……ところで、ゲライン君。聞いているかね? パーティーの詳細を訊いた方が良いのではないかね?」


その呼びかけに対し。俺は後部座席で、暖色に染まった街を眺めながら応答した。


「……話して下さい。」


 その言葉を聞くと、署長はほんの少し間を空けてから話を始めた。


「では、話そう。他の皆もよく聞いておいた方が良い――このパーティーは、所々特殊でね、パーティーに参加するには、幾つかの条件をクリアする必要が有る。


先ず、パーティーはGCAの本社ビル内に在る会場で行われる……が、その受付が地上からは行けなくなっている。」


署長がそう言い終えると、間を空けずにヨハンが質問した。


「というと?」


「いや、そう難しい事じゃなくてね。受付及び飛行車の離着陸場のある24階と、23階以下が分断されているのだよ。


理由としては23階以下はGCA直属のオフィスビルで、形式上は別の建物となっているんだ。その為、24階から上がGCA本社となっている。一応、24階には駅も在るが社員専用で、パーティー開催当日には封鎖される。」


それから間髪入れずに――今度はプシエアが、怠惰そうな抑揚をつけて問い直した。


「ハァ〜……つまり、飛行車を利用しなければ、パーティーには参加出来ないってコトか……で、飛行車は何処に在るんだ? まさか、無いとは言わないよな?」


「無論、在るとも。尤も、私の所有物ではなく、知り合いの物を借りる。彼等もパーティーに行くのだが、飛行車を数台保有していてね。それを一台、拝借するのだよ。」


だって? その飛行車、何人乗りだ? メンバーが何人居るのか、忘れたわけじゃないだろ。」


「私はまだ若いよ、プシエア君。車は4人乗り――然し、それで十分なんだ。パーティーには、もう一つ条件があってね。参加者は、招待状一枚につき男女それぞれ一人ずつのペア、という指定もされているのだよ。


だが、これも必然だろう。出資者の殆どが男性で、パーティーに参加するのもまた男性。然し最近、女性解放論者フェミニスト擬きの男性嫌悪者ミサンドリニストが話題だろう? その対策として、ペアにしたらしい。


尤も、彼等は参加人数を余程増やしたくないと見える。何かを隠しているのは間違いないだろう。」


「それじゃあ、俺達は女装しろと?」


「幾ら私でも、そんな事は言わないよ。何でも屋か、知り合いの女性――それも、危険を承知で且つ戦闘技術の腕に覚えがある人間を、引き入れるつもりだ……話はここまでにしよう。さ、自動運転を切れるんだ。そろそろ着くぞ。」


署長の車は大通りから外れ、住宅街へと入った。俺達の車もまた、それを尾けて住宅街を駆けた。


 空がくらくなり、角張った署長の別宅に隣接された、4台程入庫出来る車庫に俺達の車は停められた。


それから各々が必要だと判断した荷物を抱え、署長に案内される様にして、家内に足を運んだ。


家内の床は、ほんの少し埃っぽく。長い間、使用も整理もされていないように感じられたが、それでも俺の住む集合住宅マンションよりは綺麗だった。


デル署長以外の皆が辺りを見渡していると、署長は徐にコートをコート掛けに掛け、自動暖炉前のロッキングチェアに座り、口を開いた。


「荷物は適当に置いてくれ。私は少し一服する。皆も暫く好きにしてくれ。二階も地下も使って貰って構わない。」


その言葉を聞いた俺達は、各々の意のままに部屋を取り。それから昨日からの汚れを、順番に洗い流していった。


 陽が地平線に遮られ、空が暗くなった頃――俺達はヨハンが作る夕飯を待ちがてら、食器を並べたり、作戦会議で使えるであろう物を運んだりしていた。


その頃には、既にやるべき事は粗方済まされており、残されたリストも僅かだった。


盗聴器が仕掛けられていない事は、荷物を置きがてら調べておいた。


武器も既に、洗面台・ダイニングテーブル・ソファーの裏。火の灯されていない暖炉の中といった、家内の各所に隠し。屋外の様子も定期的に見て、不審な事象が無い事も確認済み。交代制での見張りも始めていた。


緊張感もそれなりにあった。明日――どの様な作戦であろうと、それが“罠の中“である事には変わりない。


そこから生まれた強い警戒心は、俺達の身を守るのに大きく貢献していたのは確かだった。


『頼れる仲間が居る。』


意識せずとも、その認識は在る。これほどの大事は例外だが、このチームなら恐らく、大体の事に対応出来る。そう思わせる様な強み、凄みは近くで感じていた。


然し――それでも俺は銃を手放せずに居た。俺は人間である仲間よりも、無機質な拳銃を信じていたかったのだ。よりモノを、信じていたかったのだ。


――でなければ、俺の意思が眩んでしまう気がした。

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