第18話 エイラ

「またルギナスに負けた……」


 ユーマはある女生徒と肩を並べ王都の街中を二人で歩いていた。


「ドンマイ、ドンマイ、次頑張ればいいじゃない。甘い物でも食べれば元気になるって」


 ユーマが先ほどの惨敗に表情を暗くし肩を落としていると、

 女生徒が屈託ない笑顔でユーマを慰めている。


 大きな黒い瞳、

 子どものようなあどけない顔に

 赤髪のショートカットの女生徒からは

 性格の明るさが現れている。


「いや、でもさすがに二桁連敗はマズいよ。エイラも知ってるだろ。ルギナスの強さ。おまけに勉強ではミリアに勝てない」


 エイラは口元に人差指を当てなんて返そうか少し考える。

 言う内容が決まったようで、口元の人差指を立てながらユーマの顔を覗き込む。


「ねぇ、知ってる? あくまで噂なんだけど、今回の件で王様からルギナスに勲章が与えられるって王都中の噂よ。ちょっとした有名人ね」

「エイラ……もう僕の事励ます気ないだろ」


 ユーマは追い打ちをかけられたように表情をさらに暗くさせる。

 その落ち込み様にエイラは慌てる。


「違う違う、そうじゃない。要はルギナスが特別だってこと」

「特別?」

「そうそう、学生の時に勲章なんて前代未聞よ。それぐらいルギナスは飛び抜けているの。ルギナスがいなきゃ、ユーマはセイスと一、二を争ってるはずよ」


 ユーマは少し考えるがその意見を否定する。


「それはないな。それにアイツがいないなんて考えたくない。ルギナスがいなきゃ、僕はここで友達なんてできなかったし、こうしてエイラとケーキを食べに行くことなんてなかった」 


 意表を突いた返答に驚いたミリアだったが、すぐに口元が緩み、ニコニコする。


「そうね。ユーマの言う通りルギナス様様ね――」


「あっ、魔王様のお兄ちゃんだ!」

「ほんとだ。ユーマ様ー」


 ユーマの姿を発見した幼い子供たちが小さな手を広げ短い腕をブンブン振り回し、

 ユーマの名を親しみと敬意を込めて叫ぶ。


 それに気づいたユーマは先ほどの落ち込んだ表情を感じないような優しい顔で胸元で手を小さく振り、呼びかけに答える。


「やったー! お返事返ってきた」

「ユーマ様に手を振ってもらえた!」

 

 ユーマが手を振り返してくれたことにキャッキャとはしゃぐ子供達、

 その様子を見てエイラがニヤニヤしてユーマを見る。


「なんだよ?」

「なにも。そういえば、ユーマも特別だったなーって」

「僕も? ああ、そのことか」


 ユーマも日々の生活の中で感じる機会はそんなに多くない。

 魔王の息子だという自覚、それが消えそうになるほどユーマは一人の人間として過ごせているという何よりの証拠であろう。


「ときどき忘れそうになる。ユーマが魔王の息子だってこと、そんな人物とこうして一緒にケーキを食べに行く仲になるなんて想像もつかなかった」

「忘れてくれていい。僕は人間としてここに来たんだ。できることなら一生ここに居たい」


 ユーマの言葉に偽りがなかった。

 それがより一層、永遠に続かないユーマが王都にいる日々を物語っていた。

 いつも明るいエイラの表情に少しだけ暗い影を落とした。


 進めていた歩みを止め少しうつむく、

 ユーマも二、三歩進んで立ち止まり振り返る。


「エイラ?」

「ねぇ、ユーマはいつまでここに居られるの?」

「どうだろう。特に決まってない。騎士として立派になったらなのか……魔族の寿命は人の五倍、五百年くらいあるらしいから、もしかしたら、皆が生きている間は居られるのかもしれない」

「あたいが生きている間……か……」

「本当にどうした?」


 ユーマがエイラの顔を覗き込む。

 突然視界に無理矢理入ってきた顔に頬を赤らめながら慌てふためく。


「なっ、なんでもない」


 エイラは顔を隠すようにユーマを通り越して目的の店へ再び歩き始める。

 その行動の意味が分からず首を傾げる。


「ユーマ、早く、人気のスペシャルショートケーキが無くなっちゃう」

「ああ、そうだな」


 エイラの急ぎ歩きにユーマは歩調を合わせ、いつものように肩を並べて歩く。


 ユーマの王都での生活はこうした日々の中でかけがえの無い物となっていった。

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君に魔王が殺せるの? 勝山友康 @kachiyama-tomoyasu

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