1-4.サクラの翼

「ありがとうございましたー!」

「次にまた会いましょうね~♪」

「さて、お次はっ!」

 いけない。やっと『εWing』の出番だ。サクラが一番楽しみにしてたんだ、この目でしっかり見届けなくちゃ。


「昨日のテレビのアレ、本当なのかな……」

「ライブ中に心霊現象起きたらどーしよ!?」

 だったらライブやるたびにSNSで拡散されてたでしょ。全然聞いたことないし、昨日の話で初めて二人が怖い目にあってるって聞いたよ。

 まさか、こんなお祭り騒ぎなライブで起きるようなものじゃないし……


「みなさーんっ! せーのっ!」

 こんわらわらーっ! と、観客全員が声をそろえてお決まりの挨拶をする。両手をピースにして、人差し指同士を隣り合わせて、小さく曲げるのが『εWing』式の挨拶。

 お決まりのツインテールに自己紹介。そして、発表した曲は昨日発売したばかりの新曲。

 人を元気にさせるアップチューンも毎度おなじみ。でも彼女らが新曲を出すたびに、そのテンションが比例するように上がっていくような気がする。

「どんどん盛り上がっていっくでー!」

 『εWing』のお姉さん担当・希羽けうさんは大阪出身なので普段から関西弁。会場の盛り上げ隊長を自称し、ギャグを言って笑わせたり、休むことなく会場を走り回ったりとパワフルだ。

 サクラの笑顔の源は彼女だけじゃない。

「みんなで手をたたこーっ! せーのっ! たたたん! たたたん! たんたんたん! はいっ!」

 みんなを先導するのは、天然担当・恋鳥ことりさん。関東出身で落ち着いた雰囲気だけど、正統派のカワイイアイドルとしてみんなに愛されてる。

 デビュー当時はまだ今の私と年齢が変わらないほどだったのに、今はもう大人になって恋鳥さんも『お姉さん』のような雰囲気だ。

 2人そろって『εWing』。サクラが笑顔でいられたのは二人のおかげ。

 サクラの笑顔が永遠のものになったショックはずっと消えることはないだろうけど、あの子が前向きでいられたことに、意味があると思いたい。

 ……サクラ。サクラも、きっとこんなアイドルになれたよ。サクラはかわいいし、私や看護師さんを笑顔にすることもできた。アイドルの才能があるって、私知ってたよ。



「ありがとうございましたーっ!」

「ほんまおおきになー! また会おうなー!」

 ついに『εWing』の出番が終わってしまった。名残惜しそうに大きく手を振る二人の姿は、最後までパワフルだった。

 いけない。お盆だからかな。近くにサクラがいるような気がして、目が熱くなってきた。『εWing』の出番が終わったからいいけど、こんなところ人に見られたくない。

 観客の群れを割くように会場出口に向かう。熱中症防止に壁に設置されてる細い管から人工の霧をまいてるおかげで暑くはないが、なぜか異様に寒気がする。

 霧ではなく冷気でもまいてるのかな、それにしては今感じている寒気は、背筋に直接氷を当ててるようなものだ。……違和感がする。

『たまーに、ピキーッて! 寒気がするんですよ! あたしたちそろって!』

 昨日、恋鳥さんが言ってたことを思い出した。ピキーッって寒気……もしかして、こういうこと……!?

 ……やだな、幽霊とかがいるとそういうのが起きるって話でしょ? 聞いたことあるよ、幽霊は人の群がるところに来ないって! いや最初から信じてないけどね!?

 そうだ、ライブの感想ツイートを調べよう! 楽しい気持ちが共有されれば、サクラだって楽しいよね! ……サクラ、漢字はともかく字は読めるのかな。ずっと病室にいたから言葉を覚えるのが普通の赤ちゃんより遅れたって聞いたことあるけど。


『εWingのライブ、今日も楽しかった~!』

『昨日の番組で言ってた心霊現象に遭ったとは思えないテンション!w』

『恋鳥ちゃんはかわいいし、希羽姉さんは今日もハイテンションだった!』


 ほら、見てる、サクラ? 今日も『εWing』の二人、たくさんの人に笑顔を届けられたよ。


 ……きゃははっ、あははっ……


 ふと、どこかから笑い声が聞こえた。忘れかけてた、懐かしい声。

 すぐさま辺りを見回した。……いや、何やってるんだ。近くに、あの子と似た声の子がたまたまいただけでしょ。

 それとも無意識に思い出したのかな。『εWing』のライブに来たから。


 ……おねーちゃん!たのしいね!……


 周りの声に割り込むように、はっきりと聞こえる。

 ……本当に、気のせいなの?

 この呼び方は、間違いなく私に対する呼び方だ。

「サクラ?」

 どこにいるの、サクラ? いたら返事して。

 お盆だから……きっと、近くにいるんだよね。もしくは、家、とか……

 ……もしも、会えたら……

 サクラ。お姉ちゃん、まだまだサクラに話したいことがあるんだよ。さっきのライブのこととか、希羽さんがバラエティ番組で体を張ったこととか、恋鳥さんが映画のヒロインになったこととか……

 あとね、サクラがなりたいアイドルのこと、もっと聞きたいんだ。『εWing』のほかにもたくさん、ステキなアイドルがいるから……『εWing』の他にも紹介したアイドルで、好きなアイドルがいたら教えてほしいな。

 それから、それから……また、私にあの無邪気な笑顔を見せて。

 遺影やアルバムだけじゃ足りないよ。元気な姿を、どうか見せてよ……サクラ……

 声のする方向は、やがてひと気の少ない、自然の多いエリアへと向かっていった。

 数メートル先にサクラが走ってて、たまに私に「はやく!」と止まって、私を待ってるような気がする。

 そこにいるの? どこに連れて行こうとしてるの?

 まって、お姉ちゃん、そこまで体力が、ないから……ぜえ、ぜえ、毎日階段を6階まで上り下りして、足がキツいんだ……はあ、はあ。


 人工の滝が流れる広場。キッチンカーが並んでる飲食エリア。そして、近くのショッピングモール。ずいぶん、ライブ会場から離れた場所へと走ってしまった。

 えっと、いまどのあたりにいるんだろう。現在地の確認のためにスマホを開いた。

「えっ!?」

 スマホの文字がおかしなことになってる!

 なに、この『縺翫?繝シ縺。繧?s縺薙▲縺。?』って文字の列!?

 見たことない漢字とかが並んでて怖い!

 マップもなんて書いてあるのか分からない。いいや、スマホはしまおう。

 それに、こんなところにサクラが来るのだろうか。冷静に考えるとありえない。

 幻聴、だったのかな。それはそれでさびしい。せっかくサクラに会えるかと思ってたのに……

 ちょうど立ち止まったのは、ストリートファッションのお店の前だった。お店の名前は『I'm running』、通称『アイムラ』。黄色一色のストリート風の装飾でおなじみの人気店だ。

 ショーウィンドウの中に飾られてるマネキンが、ちょうど幼児のサイズ。空色をベースに大きなヒマワリが施されてるタンクトップに、丈の短い白のショートパンツ。差し色にピンクのリングベルトをしめており、余った部分を垂らすのがイマドキっぽい。

 ツバがクリアなブルーのサンバイザーにはスマイルマークの缶バッジがついていてかわいい。

 ストロー地のサンダルは厚底で、はいてると目線がかなり高くなりそう。

 とても真夏を元気に過ごせそうなファッション。ポーズも手を大きく振るようなもので、マネキンだけど生き生きしてる!

 同じデザインで大きなサイズのもある。私と同じくらいの身長のマネキンがちょうどそれを着ていて、らんらんと歩いてるようなポーズをとってる。

 サクラはよく私とおそろいになりたがってた。服も、髪型も。もっぱら『εWing』のように2人でおそろいの格好になれば楽しい気持ちになれると信じてたんだろう。


 自分の服を見るより、子ども服のコーナーをめぐってサクラに似合う服を探すほうがワクワクする。

 『εWing』を追ってるのも、サクラが好きだって言ったから。

 サクラの笑顔を思い出せば、どんなつらいことでも立ち直れるんだ。

 常にサクラの笑顔が頭の中にあるから……大概のことは笑顔でいられた。

 なんでだっけ、ダンスやめたの。

 ……なんか、急に夢が見られなくなったみたいだからかな。

 自分が芸人みたいな顔って言われて、一気に現実が見えてきたみたいなんだ。

「こちらの衣装、気になりますか?」

「えっ?」

 ビックリした。声をかけてきたのは、半そでのパーカーのようなワンピースを着た、金髪をゆるく巻いているお姉さんだった。脚も腕も細くて、肌も白くてまつ毛もばさばさしてて、一瞬、モデルのように見えた。服の柄はポップな書体で『AGEMISAWA』と書かれた愉快なものだけど。

 ……とてもかわいいから、着こなせる自信があるのかな。

「いや、私は、べつに」

 マネキンで飾ってるってことは新商品とか目玉商品とか、とにかく自慢したいものなんだろうけど……自分で着れるかどうかなんて別の話だ。

 かわいい服は好き。もちろん自分より、もしも大きくなったサクラが似合うかどうかが基準だ。

「試着をご希望でしたらお声がけくださいね」

 困ったな。店員さんがお店の中へと案内するものだから、流れで入っちゃった。

 私がこんなハデな色のを着るって。笑い者でしょ。

 顔は大きい、鼻は低いし大きい、まゆ毛だって整えてない。お人形だってこんな中の下の顔のは売るはずもないし、女の子だって遊ぼうと思わないでしょ。


 ……おねーちゃん!これ、かわいい!……


 ……そうだね。きっとサクラに似合うよ。

 まぼろしのようなサクラの声に、心の中でこたえた。目の前にあるのは、さっきショーウィンドウに飾られてたヒマワリのタンクトップ。ハンガー掛けに数着、サイズごとに掛けられてる。他にもオレンジ、ピンク、白と色違いのものもあって色とりどりだ。

 サクラだったら、名前にちなんでこのピンクかな。きっと私くらいの年齢になったらかわいく着こなせてたね。

 なんとなく手をかけて、サクラへの思いをはせる。ちらりと見えた値札を確認した。……今のお小遣いじゃ、フルセットで買えないな。

「うふふ、やっぱりそっちが好きなんですね」

「えっ」

「よかったら試着してみますか?」

「いや、私はそんなんじゃ」

 なんで私が試着することになってるの!?

「わ、私には似合いませんって」

「服は似合うかどうかじゃないですよ♪

 自分の着たい服があるかどうか、です!」

 自分、の……

 ……違う。自分じゃなくて、サクラに似合う服を探してて……


 ……おねーちゃん、これ、かわいー!……


 ……サクラ、きてみたい!……


 うん、私にも見えるよ。サクラがこのワンピースをかわいく着こなせてる姿が。

 きっと私くらいの年齢になったサクラは、みんなが恋しちゃうくらいにかわいいに決まってる。

 さっきの店員さんくらい、かわいいものを心から楽しむような笑顔が想像できる。


 どうせだったら……私もサクラくらい可愛ければ、この服を楽しもうと思えたよ。



 おねーちゃん!!



 サクラの声が、今まで一番ハッキリと耳に入った。

 同時に、持ってた服がギュインと左側に傾く。まるでハンガーが引っ張られるみたいに。

「えっ!?」

 左側は……壁一面鏡張りの、試着室。

「ちょっと!? お客様!?」

 なにこの力、強い! あぶなっ、すそ踏んじゃう!

 引っ張られるがままに試着室の中に吸い込まれた。ペンキ塗り風のドアがガチャンと閉まる。ついでにカギまで、触ってもないのに勝手に閉じた。

 決して、自分から入ったわけじゃない。店員さんも何事かと試着室の前に立った。

 ……いけない。カーペットの上は土足厳禁だ。スニーカーをぬいで、カーペットについてしまったわずかな汚れを足でこすって消そうとした。

 しかし顔を上げれば、まずは自分の着てる服。角に縦一列に並んでる大きな豆電球の灯りに照らされた顔が映った。お母さんがセールで買ったTシャツ、ハーフパンツ、スポーツブランドの靴下。荷物がたくさん入る布の薄いリュック。ついでにスニーカーだって、はき慣れてだいぶくたくたになってる。髪は適当に一つにまとめただけ。顔は以下略。

 真後ろ、つまりドアの内側まで全身鏡が貼られてるからイヤってくらい後ろ姿まで見えちゃう。

「お客様!? 試着するんですよね!?」

「ええっ!? えっと……」

 どうしよう。入ったからには試着しないとマズいよね。

 ……自分が、この明るい感じの服を?

 うえっ。胃が痛くなってきた。今だって顔を上げるのがしんどいのに。

 あんまり自分のことを考えたくないくらい、自分にはすでに絶望してるんだよ。店員さん、あんなこと言ったけど自分がかわいいから言えることじゃん。

 せめて、自分がサクラみたいにかわいかったら……


 ……あっ! サクラだ! きゃははっ、あははっ!……


 そろそろサクラの幻聴が本格的なものになりだした。一体なにを見て驚い……

「ひいっ!?」

 か、鏡、鏡の中!

 思わず声を上げ肩をこわばらせ、口をふさいだ。

 そしてあたりをキョロキョロ。……私以外誰もいないはず。

 もう一度鏡の中に目を移す。

 そこには……4歳ほどの小さな女の子が、ぴょんぴょんと、せまい試着室の中を走り回ってた。

 なのに暴れるような音がしない。体だって半透明で、足元なんて透けてて見えない。でも……その顔に見覚えがある。いや、毎日写真で、遺影で見慣れたあの顔!

 あの時サクラのために買ったピンクのシュシュでしばった、『εWing』の二人のようなツインテールをゆらして、はしゃいでいるのは……

「……さ……サクラ……」

『きゃははっ、あははっ!』

「ちょ、な、なんで!?」

 世界で一番大切で、でももう会えないはずの私の一番のアイドル……サクラだった。

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