1-3.大きな挫折

 傷ついた心のまま、どうすればサクラは喜んでくれるのか。

 ずっと空を見上げながら、ぐるぐる考えてたんだ。

 サクラ、『εWing』を見てるときは生き生きしてたよね。

 二人はいつも笑顔で歌って踊ってた。

 楽しくて笑えることが大好きなのかな。

 ……私も、そんなことできるかな。

 二人みたいに、笑顔を贈れる人に、なれるかな……


 それをお母さんに伝えたら、万純さんが通ってたというダンス教室を紹介してくれた。

 運がいいと芸能事務所からのスカウトやオーディションの優遇もありえるって。実際万純さんはオーディションを勝ち抜いて『Citrushシトラッシュ』のメンバーとしてアイドルデビューした。

 それが今の私と同じくらいの歳の時。だから当時の私は、たくさん頑張ればサクラが喜ぶと思い込んで練習に励んだ。

 どんな難しいステップも。どんな激しい振り付けも。ステキなアイドルになるためには必要なことだからって、一度も弱音を吐かなかった。

 だから、初めてのステージの時は、アイドルに近付くための小さな一歩になるって……

 ステージに立つまでは、信じてた。

 完璧な振り付けのはずだった。笑顔のままで踊れたはずだった。

 けれどもらった拍手はまばらで……

 ミスが多かった美神ちゃんのほうが、多くの人に喜ばれてた。

 ……「先輩、踊れる芸人とか向いてるっすよ! 世界行けちゃいますよ!!」って。

 そう彼女に言われてから……ダンスへの気力が、霧のように散って、消えていった。

 何度も、その言葉が頭の中をかけめぐった。

 何度も、サクラに謝った。

 何度も……自分の顔をうらんだ。


 これから見る番組も『εWing』が出演する。結成から5年、2人はついにお茶の間の人気者となった。サクラの憧れたアイドルだから、私も二人の活躍を追うようになった。

 2人は歌うときはずっとツインテール。サクラも会うたびに「いっしょにツインテールしよっ!」って頼んできたの、覚えてる。おそろいにして髪を結んだんだよね。ツインテールのサクラもかわいかったな。

 サクラ、見てるよね。ほら、今の『εWing』もステキでしょ? あの時からすごく歌とダンスが上手くなってるんだよ。


 仏壇から、サクラの遺影を持ち出してテレビの画面に向けた。意味はないかもしれない。でもこうしたほうがサクラは喜ぶと思うんだ。

 遺影のサクラはいつもにこやかだ。特に今のサクラは、いつも以上に楽しそうに見える。

 トークバラエティ番組のタイトルコールがされ、ゲストとして『εWing』の二人が紹介される。この時も二人はツインテールだ。

「さて今日はお盆スペシャルということで! 芸能人の皆さんに本当に起きた! こわ~い話をうかがってみましょう!

 まずは『εWing』のお二人!」

 「ということで」でお盆と結びつけるのかな、怖い話って……?

 サクラがいながら言うことじゃないけど、別に幽霊とかは信じてない。あるのは、『思念』ともいえる『魂』なのかな、って思う。もし本当に幽霊がいたら、毎年この日にポルターガイスト現象とか、とにかく幽霊がいると起こる現象が発生するじゃん? 残念ながら私はサクラが天国に行ってからのお盆の間はそんな現象が起きたこともない。であればよく聞く妖怪とかの類も存在するはずがない。あってたまるか。

 ……まあ、サクラにもう一度会いたいって思いは、なくはないけど……


「はぁ~いっ! 私たちのちょっとホラーな体験は!」

「実は、結成してから5年経ってるんやけど……誰かから視線を感じることがあるんですっ!」

 えーっ、と観客のわざとのような驚きの声が上がる。司会のおじさんもオーバー気味にリアクションし、面白半分に話を掘り下げていく。

「えっ、それってストーカーじゃないんですか?」

「やだぁ! でもでも、関係者以外入れないレッスンスタジオでも誰かに見られてるって思うことがあって!」

「最初、お互いがお互い見とるんちゃうかと思ったんですね? 気のせい! ジカジョー! て割り切りたいんですけど……」

「ふとした時に……小さい女の子のような笑い声が、聞こえるんですよね……」

 キャーッ、とまた観客がそろって声を上げた。ううっ、私までキンチョーしてくる……!

「きゃははっ、あははっ! ……って。ウチらの踊りを楽しんどるんならええんですけど、窓閉めてるのにカーテンが揺れたり、スマホが数分だけ文字化けしたりしたらもうホンマ怖いですって!」

「そっちのほうが一番怖いですよね!?」

「たまーに、ピキーッて! 寒気がするんですよ! ウチらそろって!」

 うわあ……『εWing』、普通に怖い体験してるじゃん。そんな怖い思いしてるのに、今までそんな恐怖を顔に出さずに歌ってたんだね……



「さて、番組ももうすぐ終わりますので! 最後に宣伝のある方いますか?」

「はーいっ! ウチら『εWing』、8月15日のサンサンテレビ夏祭りでライブやりまーすっ!」

「フリーライブとなっておりますので! 皆さんぜひ遊びにきてくださいね☆」

「はいっ、ありがとうございました!」


 ニコニコと手を振りながら別れを告げ、そのほかのゲストも次々とライブや舞台のイベントに出演することを宣伝していく。自分の出番じゃなくても、二人はずっとニコニコと相づちを打っていた。

 15日って明日だよね。もちろん行くよ、きっとサクラも喜んで来てくれるはずだから。

 サクラ。明日はお姉ちゃんのそばについてほしいな。できれば、手をつないで歩くような感じで。




 この時期になるとサンサンテレビがテレビ局のある地で大規模なイベントを行い、その中でライブも行う。しかも全て無料で見れるから、普段ライブを見に行くことが少ない人でも人気アーティストのライブが楽しめるのだ。

 もう一度言うけど、『εWing』は今やお茶の間の人気者。彼女らのライブを無料で見れるなんて機会、そうそうない。サクラ、楽しんでくれるよね。

 いつか大きくなってアルバイトできるようになったら、ライブとか見に行きたいな。

 ……お姉ちゃんはアイドルにはなれないから、せめてサクラに『εWing』の活躍を見せたいんだ。

「楽しみだよー、早く会いたいなぁ!」

「もうワクワクしちゃう!」

 周りの人も、これから会えるアイドルを楽しみにしてるみたい。このライブ前のドキドキ感も、私は好きだ。

「万純くんと目が合ったらどーしよー!」

 ぐっ……! 一番ニガテなヤツの名前が耳に入った。またロコツにイヤな顔をしてしまいそうになったけど、私とアイツが身内なんて思われたら面倒なことが起きそう。この際アイツが今まで私に言ったことを全て暴露してしまいたいけど、まあガセネタと片付けられるオチなのは目に見えてる。

 なんで母親同士がきょうだいなんだろう、全然顔つき似てないじゃん。

 ていうか今日のライブ、『Citrush』も来るのか。目合わせないようにしておこ。まあ、アイツはファンサで忙しいだろうから、私に気付くなんてないでしょ。



「どもー! オレたちぃ!」

「『Citrush』です!」

「皆さんに会えて、拙……ぼくたち、幸せです……♪」


 『εWing』の前の出番ということで、先に『Citrush』が登場した。センターはリーダーの万純さん。外面と顔面だけはいいんだよな、と眺めながら、彼らのパフォーマンスを客席の端っこから見ていた。

 何気に、生で彼らのパフォーマンスを見るの初めてなんだっけ。当たり前だけど歌もダンスも、かっこいい。

 ……なんでアイドルになろうとしたんだろ。コイツがアイドルになる前から同じマンションに住んでるのに、きいたことがない。

 いつもキツいこと言っておいて、人前じゃこんなに決まってるんだから。なんだかなあ。

 けど……昨日サクラにお線香をあげた時の彼は、マジメに手を合わせて、長い時間黙とうしてた。

 マナーだから、ってより、本当に人を弔える人なんだ、彼は。

 サクラの人生は短かったけど、決して意味のないものじゃなかった。きっと、彼もわかってたのかも。

 もしかして万純さんも……サクラの夢をかなえるためにアイドルになったの?

 いやいやまさか! サクラの夢を知ってるのは私だけのはず。ただの偶然……だよね?

 だってアイドルになってからあんまりうちに来なくなったし……そりゃアイドルになったからには、軽率に親戚の家とはいえ一般人の家に出入りなんてできないだろうし。

 それからだったかな、あんまり万純さんと顔を合わせたくないと思うようになったのは。

 万純さんが苦手なのは、私を差し置いてアイドルデビューしたからじゃない。

 自分がアイドルになれないのは自分のせいだってわかってる。万純さんには関係ない。

 ハッキリした輪郭に、高い鼻に、キレイでクレーターのようなボコボコがないつるつるで白い肌。

 それこそアイドルにふさわしい見た目。

 いくら努力しても届かないような領域に、彼は最初から立ってた。私は最初からそこに入れない。

 身内のはずなのに、この格差はなんなんだ。自分のみにくさが際立ちそうで、二度とアイツと関わりたくないなんて思ってしまう。万純さんは全く悪くない。

 イヤなヤツだよ、私は。アイツも私以外にはキャラを変えるあざといヤツだけどさ。

 可能性の全てを奪われた私は、もうサクラのようにも、万純さんのようにもなれない。

 普通の中学生として過ごし、普通に大人になる。サクラに手を合わせるたびに伝えられることといったら、自分の身の周りに起きたこと、そして『εWing』についてのことだろう。

 自分の顔がもう少しよければ……サクラに自慢話を聞かせられる姉でいられたのかな。

 まあ、それはそれでイヤか。

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