1-5.サクラからのプレゼント

「お客様、どーしました!?」

 いけないいけない、ヤバイヤバイ、店員さんに幽霊がいるなんて知られでもしたらマズい!

 そもそも幽霊なの!? 幽霊って実在してたの!? そんな、でも、この目じゃ鏡の外じゃサクラの姿は見えないし……

 まるで、鏡の中に閉じ込められてるみたいだよ……!?

『おねーちゃん! サクラそれきたい!』

「サクラ、サクラなの!?」

 店員さんに聞こえないようになるべく小さな声で鏡の中のサクラに話しかける。

『うんっ、サクラだよっ!』

 鏡の中の私に顔を向けてるからどんな表情をしてるのか見えないけど、きっと歌ってるときのような満開の笑顔なのだろうと、頭の中でひびく声で何となくわかった。

 私が鏡の中に目を向けるから、サクラは体をくるりと向けて今度は実際の私に向けてにぱっと笑った。やっぱり、満開だ。

 うそだ……でも、姿は確かに生前のサクラにそのままそっくり。

 こんなに小さかったっけ、って思ったけど、きっと自分が成長したからもっと小さく見えるんだ。……こんなに小さいのに頑張って生きられたんだ。

 けれど、どうしてこんな形でまた会えたの? まさか幻聴だけじゃなくて、まぼろしまで見えちゃってる?

 自分の目を疑うけど、こすってもまばたきしても、サクラは鏡の中にいるままだ。たしかにこの目はサクラを捉えている。

「サクラ……サクラなんだ……」

『あははっ、おねーちゃんおっきいー!

 ういんぐみたい! おねーちゃんがおねーちゃん!』

 言ってる意味は分からないけど、きっと私が前より成長したことに興奮してるんだ。『εWing』の歌を聴いてから、サクラはビックリするくらいにテンションが高くなったから。

 そりゃ『εWing』の二人がデビューしたときはちょうど今の私くらいの年齢だったけど。だからといって今の私は『εWing』みたいにかわいくもないし、歌もダンスもできないよ。

 だから……やっぱり、このコーディネートは私には着れない。

 本当にサクラが着れればいいのに。

 サクラが生き返って、私くらいの歳になれば……

『おねーちゃん!』

「どうしたの?」

『なれるよっ!』

 えっ、まさか私の心の声をきいた!?

 いいやちがう、だって幽霊とかいるわけないじゃん、だからきっとこれはまぼろし……!

 私の思い込みだと思わないと、そろそろ本気で自分で自分のこと心配しちゃうよ!?


『サクラのシュシュ、つかって!』


 自分のツインテールをしばったピンクのシュシュを2つ、首をかたむけて短い腕でスルリと外す。でもサクラもシュシュも、鏡の中。

 サクラと目線を合わせるように腰を落とす。彼女は信じて疑わず、鏡に映る私に向かってシュシュを差し出した。

「……使うと、どうなるの?」

『あのね、おねーちゃんがサクラになるのっ!』

「私がサクラに!?」

 子ども特有の言葉足らずな説明で理解が追いつかない。

 私がサクラになるって……今のサクラみたいに4歳児になるの!?

 それじゃこのワンピース着れないんじゃない!?

 でもでも……かわいい妹がこうして自分の持ち物をくれようとするんだ。これで断ったら、サクラの善意を受け取らないことになる。

 きっとこのシュシュをどう使うのかは、サクラを見ればわかる。

「サクラ。横、向いて」

『うんっ!』

 私から見て体を横に向けるように、指をさして指示する。

 これなら、鏡に映ってる私でも受け取れる。

 鏡を見つめながら、サクラの小さな手の上のシュシュを手に取った。

 ……持ってる感覚がする。でも、実際の手元を見ちゃいけないと直感した。

 そのシュシュで、自分の頭に二か所……高いところに留める。

 一体どうなるのか……ええいっ、ままよっ!


 ハンガーフックにかけたタンクトップとショーパンをハンガーから外す。

 マネキンの通りリングベルトをしめたら、あえて余った部分はベルト通しにしまわずに垂らす。

 えりの中に入った髪を外に出す。

 ……あれ?私、髪の指どおりこんなによかったっけ。

 あらためて自分の姿を鏡でチェックしてみる。


 店員さんみたいな細い脚と腕、アプリで加工したような白い肌。つぐ美ちゃんくらい小さな顔。立体感のある鼻。血色のいいほっぺ。

 鏡に映っているのは……私じゃない、別の誰か。

「なにこれ!?」

 身長は少しだけ低くなってるような気がする。

 いやいやいやいや、どうしてこうなった!? この顔、明らかにメイクでどうこうできるものじゃないよね!? だれ、この人!?

 でも肉眼で見ても、手と足は細いまま。鏡に映ってる姿は、本物だと証明されている。

「大丈夫ですか、お客様!?」

 さっきから変なことしかやってなさそうな私を心配した店員さんがついにドアにノックしだした。

 ぜぜぜ、全然大丈夫じゃないです!! ただ試着しただけなのに顔まで可愛くなったなんて、信じられませんもん!!

『きゃーっ! あははっ!! おねーちゃん!! かわいいっ!!』

 サクラは相変わらずきゃっきゃとせまい試着室の中をはしゃぎ回っている。鏡の中だけだからいいものの、四方に設置された鏡にたくさん映っていると、それはそれで恐ろしく感じる。

「サクラ! 大人しくしてて!」

「お客様!? 二人いるんですか!?」

 うそっ、サクラがこんなにもはしゃいでるのに聞こえないの!?

 じゃあ、今のサクラの声も、私だけが聞けるの……?

 それに今の自分の顔を見てると、サクラの声と姿がまぼろしとは思えない。なぜだかは不明なままだけど。

「すみません、今開けますね」

 あれ、声もこんなに高かったっけ。

 本当に、自分じゃない人になったみたい。

 でも……自然と、目線がまっすぐに上げられる。

 ガチャ、と試着室のカギを開ける。試着室よりも明るい店内が、視界をおおった。

「大丈夫ですか、お客さ……えっ!?」

 ホントに、変わったんだ……プリでも撮ってないのに、今の私の顔は変わったんだ!

「すっごく! かわいい……! キュンキュンです!!」

 店員さん? いや、そこは「誰ですか!?」って驚くところですよね??

 な、なんでショーウィンドウに置いてた厚底サンダルを持ってくるんですか!? まさか「はいてみてください!」って言いませんよね!?

 ……えええっ、私の前に置いて目をキラキラ輝かせても……!


 ……おねーちゃん! きゅんきゅん!……


 ふと後ろを振り返る。まだ鏡の中にいるのだろうか。

 しかしもうすでに姿が見えない。ドアを開けたから……?

 けれど頭には確かに、もこもことした二つのシュシュが飾られてる。試着室のドアの鏡をのぞいても、シュシュはどう見ても昔サクラにあげたのと全く同じものだ。

 ……夢でも見てるの、私……?

 まるで落としたガラスの靴をはくような緊張感で、リボンがレザー製の厚底サンダルに足を入れる。

 ……きゅんきゅん……これが、きゅんきゅんするような、楽しい気持ち……

「かわいい……!」

 ……はじめてだ、自分自身に「かわいい」って思えたの。

 でも、全然気分は悪くない。まだ自分自身じゃないような心地だからかな。

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