第36話 Birthday
3月9日の夜。
「落ち着いて。力を抜いて、丁寧にね。」
幸太は緊張しながら震える手で袋を絞った。
『喫茶ナタリー』の2階のキッチンで幸太はホワイトムースのケーキにブルーベリーのジャムで文字を入れていた。脇で幸太の祖母がその様子を見ている。
美戸と幸太が付き合い始めてから、最初に二人がしたこと。それは二人の誕生日を教え合うことだった。
彼氏彼女になったからにはお互いの誕生日は大事な日なので、二人でお祝いしようというのが二人の最初の約束である。
幸太の誕生日は4月8日、美戸の誕生日は3月10日だった。一カ月も離れていない。つまり学年こそ違うが二人はほぼ同じ時期に生まれているといって良い。
自分の誕生日はホワイトデーと日にちが近いのでまとめてしようと美戸は言ってくれた。
二人でする初めての誕生パーティー。最高の思い出になるようにしなければ。まずはプレゼントとケーキを用意しないと、と幸太は思ったが、ちょっと小遣いが足りない。幸太は先月のバレンタインデーにくれたチョコレートの値段をネットで調べたが、それが結構高価だったので驚いた。とてもじゃないが三倍返しどころか、合わせて同じ値段になるプレゼントとお菓子を買うのも厳しい。
どうしよう? 幸太は悩んだ。気持ちは金額じゃないが、それなりの物を用意したい。
あっ、そうだ! こんな時に頼りになる人がいる。幸太はぽんと手を打った。
土曜日の『喫茶ナタリー』でのアルバイトの日。
「ねえ、おばあちゃん。田中先輩の誕生日にケーキを贈りたいんだけど、作り方を教えてくれない?」
「あら、自分で作るの? 私が作ってあげるわよ。」
「ううん、自分でやりたい。」
祖父の喫茶店『喫茶ナタリー』で出しているケーキは祖母が毎日焼いているのだ。
単なるガールフレンドなら、誕生日にケーキを贈るにしてもわざわざ自分で作らないだろう。バレンタインデーで何か進展があったのね。祖母は内心ニンマリとした。
「良いわよ。でもあまり時間もないから一緒に作りましょう。」
それで昨日の夜、ホワイトデーをイメージした白いムースを載せた小さなホールケーキを二つ作り、今夜は文字入れをしている。
『Happy Birthday』
1個目は上手くできなかったが、2個目は何とか読める位にはできた。
文字が上手く書けなかった方のケーキに祖母が手早く生クリームでデコレーションをして、文字を隠した。
「こっちはホワイトデーのお返しとして、
祖母は澄まして言った。その晩、何も知らない母の祥が幸太手作りのケーキに感激したのは言うまでもない。
ケーキもプレゼントも用意できた。プレゼントの方はアメリカはSWIFT INDUSTRIES の小ぶりなハンドルバッグだ。ターコイズ色のバッグは美戸のレモンイエローの
そして10日の放課後。
「美戸先輩、誕生日おめでとうございます。これ、誕生日のプレゼントです。」
「ありがとう。開けていい?」美戸はバリバリと包装紙を破った。
「わ! かわいい!!」
美戸は喜んでその場でハンドルバッグを取り付ける。
その間、幸太はケーキを出してコーヒーを入れた。
「このケーキ、おばあちゃんに教わって僕が作ったんです。」
幸太は美戸の前でケーキを丁寧に切り分けた。
「美戸先輩、ハッピーバースデー!」
二人は和やかに話しながら、ケーキを食べた。ふと、
「幸太くん、顔にケーキ付いてるよ。」
美戸がテーブルから身を乗り出した。幸太は美戸が拭いてくれるのかと思って一瞬目を閉じた。
幸太の唇にケーキよりもっと甘くて柔らかいものが触れる。
幸太は驚いて目を見開いた。
「ごちそうさま♡」
美戸は笑ってぺろっと舌を出した。
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