第37話 Third girl

「ねえねえ、ユウ。一緒に自転車乗ろーよ。」


「結構です。お断りします。」


また始まった。周りのクラスメイトはクスクス笑った。リンが一緒に自転車に乗ろうと渡辺有子わたなべゆうこを口説くのは昼休みや放課後の日課みたいなものである。


何故この女は私にしつこく付きまとうのだろう。有子は心の中で舌打ちをした。このクラスメイトの鈴木という女は放課後は校庭のすみで自転車で曲芸の練習をして、しょっちゅう転倒し擦り傷や青アザを作っている。つい最近も失敗したのか、今日は左腕に包帯を巻いているのが痛々しい。


私が転んで怪我でもしたら、どうしてくれるのか? 全く有子にとっては迷惑な話であった。


大体、鈴木の乗っている自転車とは変速はおろか、カゴも荷台もドロヨケもライトもスタンドも付いてない。本当に走るだけの鶏ガラのような自転車だ。そんな自転車を通学に使うのも不便だ。


だったらそう言えば良いのだが、有子にはあまりリンを無碍にはできない理由がある。


いつものように有子に告白するのが目的の男子が近づいて来て


「ちょっと二人にしてくれないかな?」


遠慮がちに言うとリンは


「何で?」

「ねえ、何で?」


意地悪く問い詰める。そうすると大体の男子はそそくさと居なくなってしまう。たまに度胸のある男子が


「渡辺さんに告白したいから席を外して。」と言うと


「ユウは私と付き合っているから、あんたの出る幕はない。」


と追い払ってくれる。「ユウは私と付き合っている」というセリフがちょっと引っかかるが、男子と二人きりで人目の無いところで告白されて相手を怒らせないようにお断りする苦労を考えたら、はるかに楽で快適であった。




「帰る。」


有子はカバンを持って立ち上がった。リンはその後を付いてくる。


「有子、ちょっと付き合えよ。」


テカテカの整髪料で整えた髪、緩めたネクタイとボタンを外したシャツ。ダブダブのパンツ姿の男子が有子の前に立ち塞がった。


また来た。有子は形の良い眉をひそめた。


中堅校である東久留米中央高校には、あからさまな不良というのはいないが素行のあまり良くない生徒というのはいて、彼もそんなうちの一人だった。


彼は何度断っても諦めず、しつこくやって来る。有子にとっては一番の悩みのタネだった。


最も彼は有子が好きなのではなく、学校一の美少女である有子が自分の彼女になれば、もっと威張りが効くと思っているだけなのだろう。


「何か用?」


いつものようにリンが彼と有子の間に立った。


「うるせえ! てめえは引っ込んでろ!」


リンを突き飛ばした。まさか手を出してくると思ってなかったリンはもろにくらって数メートル飛ばされて尻餅をついた。


「何をするの!」


有子が大声を出すより速くリンは目にも止まらぬ速さで立ち上がり、彼の鳩尾に右足で蹴りを入れた。


「がっ!」


彼が鳩尾を押さえてうずくまったところを、リンが足の裏で肩を突き、彼は仰向けにひっくり返った、その胸をリンが踏みつける。


騒ぎを聞きつけて教師が何人かやって来て二人は引き離された。二人は別室で事情の聴取と叱責を受けた。最もリンは平然としていたし、有子が先に手を出したのは彼の方だと証言したので、結局はお咎めなしだった。


彼がリンや有子への仕返しをすることを恐れた教師は彼を相当きつく叱ったらしいが、それ以上に彼はリンに蹴り倒されたのを他の生徒に見られたのが恥ずかしかったのだろう。その後、有子の前に現れることはなかった。そしてリンが下手な男子より凶暴で強いことが知れ渡り、有子に告白しようと近寄って来る男子もほとんどいなくなった。


こいつは使える。便利だ。鈴木がそばにいれば男子に煩わしい思いをせずに済む。とりあえず今度一緒に自転車に乗って機嫌を取ってやるか。有子はほくそ笑んだ。


ある意味、男子よりもっと危険な存在をそばに置くことになるとはつゆ知らず、呑気な有子なのでありました。

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