第32話 Saint Valentine’s Day


美戸は自宅でテーブルに置かれた小箱を睨みながら腕組みをしていた。きらびやかな包み紙とリボンで包まれた箱はバレンタインのチョコレートである。


美戸は昨年の文化祭で幸太に感じたときめきに決着をつけることにした。


普通は好意と恋愛の間には広大な中間領域があるものだが、美戸は白か黒か、0か1かのデジタル人間だったので、自分は幸太が好きである、幸太も日頃の様子を見るに自分に好意を持っていることは間違いない。好き同士なら彼氏彼女になるべきだ。という思考は美戸にとっては全く不自然ではないのだった。


日頃の自分といる幸太はいつもにこにこしながら美戸の話を聞いてくれるし、気が利くというタイプではないが、してほしいこと、してほしくないことは一度説明するとその通りにしてくれる。美戸にとっては幸太はストレスのない相手なのだ。それすなわち相性が良いのであろう。


まあ、日頃の自分といる時の幸太の様子なら、まず99.999%振られることはあるまい。頭の良い美戸はそれなりにプライドも高いので、振られて傷付くのは嫌だった。勝負とは勝ちが決まってからするものだ。




さて、まずはチョコレートを買わないと始まらない。美戸の本気が伝わるようなきちんとしたチョコレートを用意しないと。美戸は都心のデパートまでチョコレートを買いに行くことにした。


美戸の自宅のある滝山団地からは西武新宿線の花小金井駅の方が近いのだが、人混みの苦手な美戸は新宿のデパートよりは池袋の方がすいているだろうと、わざわざ西武池袋線の東久留米駅まで行って、池袋まで行ったのであった。


デパートのバレンタインデーのチョコレート特設会場ははものすごい人混みであった。女性で溢れた空間は何か異様なエネルギーを感じさせる。美戸はそのエネルギーに圧倒されて、一番行列の短い店のチョコレートを買うとほうほうの体で帰って来たのであった。


そのチョコレートは高校生がやりとりするには、分不相応な程高価なチョコレートだった。もし君が職場で同僚の女性からこのチョコレートをもらったら、間違いなく本命チョコだと思うだろう。そんなチョコレートだ。


それはさておき、美戸としては、自分から告白するのは別にやぶさかではないが、できれば望まれてお付き合いをするという形にしたい。それが美戸のささやかな女の見栄というものだった。どうやって幸太をそういう方向に仕向けるか?美戸はひたすら作戦を考えるのであった。




一方、幸太の方は落ち着かなかった。毎年バレンタインデーには、母のさちが買ってきたチョコレートと祖母お手製のチョコレートケーキをもらってはいる。だが、それ以外の女の子からもらったことはない。


美戸先輩、バレンタインのチョコくれないかな? なんならビッ○リマンチョコかチ○ルチョコでもいい。さりとて美戸にバレンタインデーのチョコをおねだりする度胸もない幸太だった。




そして、バレンタインデー当日の放課後。


幸太が部室に来ると美戸はすでに来ていた。幸太が自分のお茶を入れて、美戸の向かいに座ると、美戸はカバンから小箱を出して幸太の前に置いた。


「はい、バレンタインのチョコレートだよ。」


幸太は感激した。両手でおしいただくように箱を受け取った。


「ありがとうございます。僕、ホワイトデーは頑張ります。」


「それだけ?」


美戸は幸太をじっと見た。


幸太はきょとんとして美戸を見た。美戸の目はこれまで幸太が見たことがない程、真剣だった。なんだろう? 幸太は手元のチョコレートを見た。毎年、母の祥がくれるよりずっと豪華なもののような気がする。まさか、まさか?


たぶんここで美戸の望むことを言えなかったら、もう次はないだろう。幸太にもそれは分かった。幸太はあうあうと口をぱくぱくさせた。言葉が喉から出て来ない。


「勇気出せ♡」


美戸はにっこり微笑んだ。


「ぼぼぼ僕は、みみみ美戸先輩が好きです。つつつ付き合ってください。」


何とか言えた。




「—————♡♡♡!!!」


美戸は体の芯が熱く蕩けるような快感を味わった。涙が溢れてくるのを幸太に知られないように上を向いて必死で堪える。


「ありがとう。私も好きだよ。これからもよろしくね、くん。」


今日この時、幸太と美戸は晴れて彼氏彼女となったのでありました。

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