第31話 illustration
「よし、できた。」
幸太の母の
祥は『佐藤きび』というペンネームでSNSにイラストを投稿している。元は病弱な祥が趣味として子どもの頃からずっと描いていたもので、最近はアマチュアでもSNSで気軽に発表できるようになったことから祥も投稿するようになった。投稿していい反応が得られると、それが嬉しくてコツコツと描いては投稿している。このことは幸太はもちろん、夫の裕太や両親も知らない。
今描いているのは3年ほど前から始めた続き物で、その名も『異世界転生したひ弱な少年は鬼のように強い女剣士と今日もいちゃいちゃしながら冒険の旅をしています』という今どきなタイトルの作品である。異世界転生したひ弱な少年コータが凄腕の女剣士サティに弟子入りして剣を習いながら冒険の旅をするという作品で、ほのぼのとした絵柄ながら剣戟あり笑いありちょっとエッチあり。そしてコータがサティに淡い恋心を抱いたりという祥の願望丸出しの物語であった。
ダイレクトメールが来た。
「きび先生、今回も素晴らしいです! 小説の方なんですが重版が決まりました。あとコミカライズの話が来ています。詳しくは後でまたメールします。いい話だと思いますので、よろしくご検討ください。」
先日、祥のイラストを原作とした小説が出版された。始めて一年半程でSNSで密かに人気となって商業化の話がいくつか来たが、自分は主婦で持病もあるので締切のある仕事は難しいと断っていたところ、自らも祥のイラストの大ファンであるという今の担当である編集者が、ならライトノベルの作家を手配するのでノベライズにして、祥はこれまでのイラストに加えて表紙とイラストを何枚か描き下ろしてくれれば良いというので引き受けたのであった。
その小説はぼちぼち売れているようで、祥に多少の印税も入ってきた。祥愛用の自転車
そろそろ母が家事をしに家に来る。祥が1階のリビングに降りようとした、その時。
「あっ!?」
祥は胸を押さえた。心臓を掴まれたような痛みが全身を貫いた。苦しさに耐えながら肌身離さずつけている銀のピルケースから薬を取り出すと口に含んで、ベッドに横になった。
20年程前。
祥が高校生になった時、病院で主治医が言った。
「君はこのままだと二十歳位までの命だと思う。」
「はあ。」
主治医は続けた。
「だけど医学の進歩は早い。新しい治療法や薬がどんどん開発されるから、自分のためにもご両親のためにもそれを信じて一日一日を大切に過ごしなさい。」
無茶言うな。祥は心の中で呟いた。あと5年でどのくらい医学が進歩するというのか? 祥はとっくの昔に諦めていた。もう死ぬのは仕方ない。ただ死ぬ前の苦しみが怖い。死に怯える自分とどこかそれを冷めた目で見ている自分。祥の心はもう半分死んでいた。
幸太は病弱ゆえに集中力がないが、逆に何かにのめり込んでいないと死の恐怖から逃れられなかった祥は驚異的な集中力で勉強とイラストに取り組んだ。出席日数が足らず高校は卒業できなかったが、ある目的のために自分で勉強して高卒認定試験に合格し大学に進学した。
祥は目が覚めた。どうやらちょっと気絶していたようだ。胸の痛みもおさまっている。
「あと、どれくらい保つのかな?」
祥は、呟いた。あらゆる新薬や治験を試して、執念で命を繋いできたが後どのくらい生きられるのだろう。せめて幸太が高校を卒業するまでは、、、それにイラストの方も完結させたい。
祥の構想では、最終話でサティは強大な魔物からコータを守って死に、コータはその魔物を倒し一人で旅立って行くという結末になっている。それは現実の世界でも祥の願いである。
だが、幸太と美戸の関係にやきもきしているうちは、祥の人生はまだまだ終わりそうにない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます