第30話 Mt.Fuji

元旦の朝。


「あけおめ! 美戸姉みとねえ、ことよろ!」

「あけましておめでとう、リンちゃん。今年もよろしくね。」


「おせちありがとう。おせちなんて10年振りだってパパが喜んでさ、朝からお酒飲んでるよ。」

「佐藤くんのおばあさんがお裾分けしてくれたんだけど、多くて食べきれなかったからね。喜んでもらえたなら良かったよ。」


「ふーん。私の方からも佐藤に礼を言っといた方がいい?」

「別にいいよ。せっかくもらったおせちをリンちゃんちにも分けたことを聞いたら、佐藤くんのおばあさんが気を悪くするかも知れないしね。」


黒の SteamrollerスチームローラーとレモンイエローのPepペップは連なって走り出した。元旦の澄んだ空気が冷たくも気持ち良い。


先頭のリンはシングルスピードの固定ギヤだがけっこう速い。固定ギヤというのはペダルを止めても車輪が空転するフリーホイールのついていない自転車のことで走っている時は常にペダルを漕いでないといけない。


リンの方が体力があるということもあるが、10段変速の美戸のPep《ペップ》でもついて行くのに苦労する。美戸もリンの Steamrollerスチームローラーに乗らせてもらったことがある。自分のペダルを踏む力が全て後輪に伝わるようなダイレクトなフィーリング。純粋に走るのを楽しむ分にはすごく面白いのだが、ポタリングで景色を見ながらのんびり走る美戸にはあまり合わないのであった。


リンは高校の校庭でウイリーやスキッドなどのいわゆるトリックの練習をして、しょっちゅう擦り傷や青アザを作っては保健室に薬をねだりに行くので養護教諭の一美によく怒られている。


さて、美戸とリンは野火止用水沿いの道を走り多摩湖自転車道から空堀川に出ると、いつもの多摩湖方面ではなく川沿いの遊歩道に入った。しばらく進んで遊歩道が工事で通行止めになっているところから、大曲り新道を走って、青梅街道との交差点を右折する。


青梅街道に出て図書館のところから脇に入る。少し走ると番太池ばんたいけという溜池に出た。この池から左右に細いトンネルがある.このトンネルは多摩湖や狭山湖を作る時に敷かれた軽便鉄道の名残りで線路はもう撤去されているが、トンネルは自転車道として保存されている。一応照明はあるのだが暗く、いかにも何か出そうな暗い雰囲気を感じさせる。三本のトンネル(実際は4本あるが1本は逆方向で行き止まりとなっている。)を抜けると『かたくりの湯』という日帰り温泉の前に出た。ここから狭山湖に向けて登りとなっている。


その坂を二人は登り始めた。リンの Steamrollerスチームローラーがぐいぐいと登って行く。立ち漕ぎをするリンのハーフパンツ越しの逞しいお尻が左右に揺れる。リンの姿があっという間に小さくなっていくが、美戸はサドルに座ったままギヤを落としてゆっくりついて行く。最初は登りが急だが15分もすると緩やかになり気持ち良く走れるようになった。


狭山湖に着いた。ここから富士山の反対側、西武園ゆうえんちの大観覧車の辺りから初日の出が見れるので午前7時頃はけっこう混みあう。美戸とリンが子どもの頃は、初日の出を見にリンの父親がクルマで連れて来てくれたものだ。初日の出を見に来た人達が帰ってしまった狭山湖の堰堤は人もまばらで閑散としていた。


この時期は空気が澄んでいるので、多摩湖や狭山湖から富士山が見える。美戸とリンは何となく富士山に向かって手を合わせて拝んだ。雪を被った富士山はやっぱり特別な山だ。


顔を上げて目を開いた時、美戸は閃いた。決めた。来年は幸太をここに連れて来て、この富士山を見せてやろう。それまでに幸太がここまで自転車で来れるように練習させよう。


今年の目標が決まった美戸なのでありました。

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