第28話 Country road

12月31日。


「幸太、大丈夫か? クルマ酔いしてないか?」


返事がない。父の裕太ゆうたは横目で助手席の幸太を見た。幸太は静かな寝息を立てている。


我が息子ながら女の子のように可愛い寝顔だな。苦笑しながら、裕太はラジオの音量を下げた。


裕太は実家のある長野県に向かってクルマを走らせていた。自分の両親に幸太を会わせてやれるのは、お正月だけで去年は幸太の高校受験で妻の許しが出なかったので連れて行けなかったから2年振りということになる。きっと両親も楽しみにしているだろう。


自分はお盆も帰省していて、幸太も連れて帰りたいのだが、夏は暑さで幸太の体力が落ちているからという理由で妻のさちの許しが出ない。心臓に先天性の疾患がある祥と違って、幸太は病弱だがこれといった病気がある訳ではなく、正直、過保護じゃないか? と思うのだが、幸太を溺愛している祥は幸太のこととなると感情的になりやすい。そうすると祥の心臓に良くないので、裕太は何も言えないのだった。


ちなみに妻の祥は病気のこともあって、裕太の実家に行ったことは一度もない。行く途中や実家で具合が悪くなっても困るので、裕太も無理に連れて行くつもりはないし、祥も裕太の両親から良く思われていないことを知っているので、裕太の両親には会いたがらないのだ。


実家の両親も幸太を連れて帰ると歓迎してくれるが、内心は妻似で病弱な幸太を苦々しく思っているのでは? と気にしていたが、実家の両親に言わせると、幸太には裕太が子どもの頃の面影がけっこうあって、それが懐かしく可愛いのだそうだ。


親というのは、ありがたいものだ。学生結婚をして子どもまで作ってしまった裕太としては、自分が親になってしみじみと思うのだった。


さて12月になって、次のお正月は長野のおじいちゃん、おばあちゃんのところに行こうと裕太が言うと、幸太はちょっと渋った。行けばご馳走が用意されているし、お年玉ももらえるしで毎年楽しみにしていたはずなのに何故? 裕太は不思議に思った。義母が、きっとガールフレンドと初詣に行きたいのよ、と、そっと教えてくれた。


幸太のガールフレンド? 初耳である。妻の祥も教えてくれなかった。幸太を溺愛している祥には、幸太のガールフレンドというのが面白くないのだろう。


その子は自転車部(幸太はポタリング部の説明をするのが面倒なので、両親には自転車部と言っている)の先輩で、義父母や祥は会ったことがあるらしい。すごく賢くて面倒見の良い子だそうだ。


幸太が高校に入学して自転車部に入りたいから自転車がほしいと言った時、病弱な幸太に自転車部なんて続けられるのか? 裕太は思ったが、毎週日曜日は自転車で出かけて行って、それで疲れきって帰ってくるということもなく、むしろお腹がすくのか夕食もちゃんと食べるし、寝付きも良くなったようだ。顔色も少し良くなって、もやしのような体も少ししっかりしてきたように見える。


きっと、自転車部で幸太に無理をさせず、なおかつ運動にはなるように色々気を使ってくれているのだろう。どうやらその子がそういう風に仕切っているらしい。


そう言えば、高校の文化祭で幸太のクラスは喫茶店の模擬店をやって、幸太がバリスタをするというので、妻の祥と見に行くつもりだったが、祥が当日体調を崩してしまって行けなかった。祥は、あなただけでも行って、と言ってくれたが、ベッドでいかにも無念そうに歯噛みせんばかりの祥を見て自分も行くのをやめた。


それにしても病弱なだけに何かにつけ消極的で面倒くさがりな幸太がバリスタをするなんて。幸太の祖父が喫茶店をしていることを知っているクラスメイトに強引にやらされたらしいが、それでも今までの幸太なら考えられなかったことだ。


幸太は高校で良い出会いに恵まれたんだな、裕太は思った。


クルマには自分のRoot Oneルートワンと幸太のPepペップが積んである。今年は実家の周りはほとんど雪は降っていないらしいから、初詣は二人で自転車で行こう。楽しみに思いつつ、裕太はクルマを走らせるのであった。

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