第27話 Christmas

12月初旬の土曜日。


幸太は『喫茶ナタリー』のカウンターで祖父と並んでコーヒーカップを洗っていた。


「なあ、幸太。」


「何、おじいちゃん?」


「お前、クリスマスはどうするんだ? 美戸ちゃんと過ごすのか?」


「24日は学校だよ。それに夜はお母さんとおばあちゃんがご馳走作るって張り切ってるから出られないよ。」


「それじゃあ、いかん。放課後でいいからケーキを買ってな、小遣いが足りないなら、おばあちゃんに作ってもらえ。コーヒーはうちから持って行け。あと何かちょっとしたプレゼントを用意してな。こういう時に好感度を上げなくて、いつやるんだ。」


「そっかーそうだよね、おじいちゃん。僕、頑張るよ。」


幸太は明るく答えた。祖父の店の手伝いのアルバイトのおかげで小遣いは充分ある。田中先輩と食べるケーキをおばあちゃんに頼むのは、ちょっと恥ずかしいから、どこかで予約しよう。プレゼントは何がいいかな? 田中先輩だから自転車関係がいいよね。ちょっとお洒落で田中先輩に負担を感じさせないような手頃なモノ、、、幸太はネットショップのページを隅から隅まで見まくるのであった。


そして、クリスマスイブ当日。授業が終わり、美戸は部室に向かった。今日は寒いなあ。佐藤くんの体調には良くなさそうだから早目に切り上げるか? そんなことを考えながら部室の鍵を開けて中に入った。


うん? 佐藤くんのペップがない。帰っちゃったのかな? 美戸は連絡が来てないか、スマホを見ると幸太からメールが来ていた。


「ちょっと遅れます。すぐ行きますので待っててもらえますか。」


まあ、別に用事もない。美戸はカバンから文庫本を出してページを開いた。




「すみません、田中先輩。お待たせしました。」


30分ほどして、幸太がやって来た。右脇にペップ、左手に紙袋を下げている。


幸太はテーブルにさっとクロスをかけると、紙の手提げ袋から箱を出して置いた。箱を開けると小さいが立派なクリスマスケーキだ。幸太はポットに入れたコーヒーを小鍋に移し沸騰しないよう丁寧に温め直すと、それを『喫茶ナタリー』から借りてきたカップに注いだ。


やられた、と美戸は思った。まさか幸太がこんな気の利いた真似をしてくるとは。幸太の祖父の入れ知恵とは知らない美戸はちょっと感動した。文化祭で幸太にときめきを感じたものの、それが恋愛感情なのか分からなかった美戸はこの件を保留にしていた。頭の良い美戸は物事を保留にするのを好まないが、結論が出ないことを考えているのも好きではない。クリスマスに何かするべきか迷ったが、自分の気持ちの整理が付かなかったので、身動きが取れなかった。



「「メリークリスマス!!」」


幸太と美戸はコーヒーカップを掲げた。


美戸がケーキを半分ほど食べたところで、幸太がリボンのかかったキレイにラッピングされた小箱を出した。


「これ、僕からのクリスマスプレゼントです。」


「私に?」


幸太はこくこくと忙しく頷いた。自分は何も用意していないので受け取って良いものか、美戸は悩んだが、断るのも幸太を傷付けてしまいそうだし、何よりプレゼントを用意してくれた幸太の気持ちが嬉しかった。


「ありがとう。開けてもいい?」


美戸は丁寧にリボンをほどき包み紙を剥がした。箱を開けると、中に入っていたのはKnogノグOi オイという自転車のベルだった。リングの形をしたベルは大きな指輪の様にも見えた。


自転車のベル(警音器)というのは微妙な物である。法律で装着を義務付けられているのに基本的に人には鳴らしてはいけない物なのだ。そんな物に高いお金を払うのが嫌な美戸は、扇工業のヒビキベルを付けている。千円で買えるし、真鍮でできていて質感も良く音も悪くない。


美戸は幸太のペップのハンドルを見た。同じOiがすでに取り付けられている。最も同じOi でも幸太のは取付金具がプラスチックでできたスタンダードのOi Classic クラシックで、美戸のLuxe リュクスは取付金具まで金属でできた高級バージョンだ。自分の分までは小遣いが足りなかったのだろう。


「ありがとう。ゴメンね、私は何も用意してなかったけど年末までに佐藤くんへのクリスマスプレゼントを持って来る。」


「田中先輩、ありがとうございます!」


「美戸。」

「え?」

「今日から二人の時は美戸でいいよ。」


幸太はぽかんと口を開けた。


「あ、雪がちらついているよ。ホワイトクリスマスだね。」

「寒くなりそうですね。田、美戸先輩。」


今日、幸太は美戸から素敵なクリスマスプレゼントをもらったのであった。


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