第26話 Festival

11月の第一週の土曜日と日曜日は、東久留米中央高校の文化祭『黒目祭』が行われる。


文化系の部活動は部室が貸与される代わりに文化祭での活動成果の発表が義務付けられている。そんな面倒を嫌う生徒は部室の貸与を受けずに活動しているので、『ポタリング部』のような美戸と幸太の二人しかいない部でも部室を使わせてもらえるのであった。


『ポタリング部』の発表は部室での写真と自転車の展示で、ポタリングで行った先の四季折々の写真のパネルと美戸と幸太のペップが展示されているのであった。最も来場者はたまに他の部の展示を見に来た人がついでに寄る位でほとんどいない。


美戸のクラス2年A組は進学クラスなので、これといったことは何もせず、幸太のクラス1年E組は『E Cafe』という喫茶店の模擬店をしている。誰か喫茶店をやろうと言い出した生徒がいて、幸太の祖父が喫茶店をしているのを知っているリンが幸太に豆の手配と当日のドリップ担当を命令した。幸太はポタリング部の展示もあるし、何より面倒くさいので渋っていたが、リンが美戸に了解を取ってしまったので、やらざるを得なくなった。幸太のクラスで喫茶店の模擬店をすると聞いた幸太の祖父は喜んで、腕によりをかけて豆を用意してくれた。


メニューはホットコーヒーだけだが、コーヒーはレギュラーコーヒーをテーブルでの注文ごとにドリップしたもので、添えられているビスケットはお菓子作りが趣味の生徒がクラスメートに手伝わせて作ったものだ。


テーブルは机を四つ合わせて、テーブルクロスをかけ、カップは家で使っていないものを持ち寄ってもらい、模擬店にしてはなかなか本格的なのであった。


このコーヒーとビスケットが大評判だとのこと。用意した200杯分の豆とビスケットは土曜日のうちにほとんど無くなってしまい、もう一度日曜日の分を用意し直すのに深夜までかかったらしい。


なるほど、それで幸太は全く部室の方には来ないし、連絡もないのか。美戸は納得した。


「150円とは思えない程、美味いぞ。オマケに教師はタダだしな。」


展示を見に来た顧問の一美が教えてくれた。一美はちゃっかり土曜日も行って、今日も飲んで来たらしい。


「留守番しててやる。行ってこい。」


一美の言葉に甘えて、美戸は『E Cafe』に行くことにした。1ーEのクラスに行くと20人以上並んでいる。これは30分以上かかるな。一美をそんなに待たせる訳にはいかない。美戸が諦めて部室に戻ろうとした時、エプロン姿で行列の整理をしていたリンが美戸を見つけた。


美戸姉みとねえ、こっち、こっち。」


リンは出口の方の扉から美戸を入れると、衝立で仕切られたバックヤードのすぐ脇のテーブルに案内した。教師や来賓客用に一つだけテーブルを空けてあるらしい。すでに校長先生と学年主任の先生が座って美味しそうにコーヒーを飲んでいる。美戸は会釈して空いている席に座った。


「お待たせしました。」


美戸が顔を上げると幸太が美戸のコーヒーを持ちながらニコニコして立っていた。制服のシャツの袖をまくり、黒のギャルソンエプロンをしている。美戸はぽかんと口を開けた。


「?」「ごゆっくり。」


幸太はカップをテーブルに置くと軽く一礼して、バックヤードに戻った。


美戸はカップを持った。このカップは『喫茶ナタリー』で使われているのを特別に幸太が美戸のために持って来たものだ。


カップを持つ手が震える。心臓の動悸が邪魔をしてコーヒーの味が分からない。


「どうしよう? 佐藤くんがカッコいい。」


美戸は初めて幸太にときめいた。いつも『喫茶ナタリー』で幸太のそういう姿を見ているはずなのだが、なぜ今日に限ってそう思ったのであろう。そう言えば、ふだん幸太はカウンターの中にいるので上半身しか見えず、全身の姿を見たのは今日が初めてである。コーヒーを飲み終わると美戸はすぐ部室に戻った。その後、幸太の祖父母が部室を訪ねて来たりしたのだが、美戸はずっと上の空で、何を話したのかも覚えていない。気づいたら文化祭は終わっていた。




次の月曜日は文化祭の振り替えで休みだった。美戸は幸太と一緒に部室の片付けをして、その後ポタリングに行く予定だったが、幸太は文化祭の疲れか熱を出してしまい来れなかった。


美戸は一人きりの部室で考え込んでいた。同じ考えが頭の中をぐるぐる回る。


「私、佐藤くんのことが好きなのかな?」

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