第23話 Root One
9月下旬の土曜日。
鈴木サイクルの店長は自転車の修理をしていた。暑さも大分和らぎ、ぼちぼちお客が戻りつつあるところで、これから冬に向けて、しばらく忙しくなる。その時、店の前にクルマが止まって、助手席から女性が降りてきた。
ウチのお客さんかな? 店長は手を止めた。
すげえ美人だな。ちょっと細過ぎるのが俺の好みじゃないが、モデルか何かか? 自転車に乗るようなオンナにゃ見えないが、親戚か友達の子どもへのプレゼントかな? 今ウチにあるキッズバイクの在庫は、、、
横目で見ながら店長がそんなことを考えていると、その女性は店に入って来た。
「ごめんください。」
「いらっしゃいませ。」店長は立ち上がった。
「店長さんですか? 佐藤幸太の母でございます。息子がお世話になりまして。」
店長は持っていたレンチを床に落っことした。娘の
嘘だろ、どう見ても20代後半だぞ。店長は動揺を隠しながら、レンチを拾うと工具箱に戻した。
「すみません。椅子をお借りしていいですか? 私、あまり立っていられなくて。」
店長が慌ててパイプ椅子を持って来ると、
「幸太がこちらで買った自転車に乗るようになって、少し元気になったものですから、私もちょっと自転車に乗ってみたいと思いまして。」
「恥ずかしながら、自転車に乗るのは30年振りなので何かオススメがありましたら。」
祥は優雅に微笑んだ。どうやら本当に幸太の母親らしい。
「ご予算は?」
「そうですね。幸太と同じ自転車が買える位は。」
ふむ。店長はあごに手をやった。その予算なら電動アシスト自転車でもいけるが、健康作りのために乗るんなら普通の自転車の方が良いだろう。
鈴木サイクルの客と言えば、とにかく安いやつをくれとか、中古で3千円位でないか? とか、そんな客が多い。年金暮らしのお年寄りなら、それも仕方ないが、店長としては、ちゃんとしたメーカーの自転車を買って、それを整備しながら大事に乗ってほしい。それが一番安全で自転車が長持ちして、結局はトータルコストでも安くなるのだ。
店長は店の奥から白い自転車を持って来た。タイヤサイズが20インチのいわゆるミニベロとか小径車とか言われる自転車だ。
「これは最近発売されたんですが、足付きが良くて、なおかつペダルが漕ぎやすいという自転車です。今までの通常の設計の自転車はサドルとペダルの距離を適正に取ろうとすると、地面には爪先立ちになってしまうんです。よくガニ股で自転車を漕いでいるおじいさんとかいますよね。地面への足付きを優先するとペダルが近過ぎて、ああなっちゃうんです。」
「この
「また従来の自転車より短いクランクを使用していて、膝の動く角度が小さくて済みますので、膝への負担が少なくなります。チェンホイールにはシリコンゴムが内臓されていて、その反発力で疑似アシスト効果もあるんです。」
「あえて弱点を言うなら、ペダルが前方にずれた分、体重をかけづらいのと立ち漕ぎが難しいので、急な登り坂はちょっと辛いですね。でも遠乗りをしないのなら、あまり気にならないと思います。」
「そんな訳で、これはお年寄りとか自転車に慣れてない方にはすごくいいんじゃないか?と思って仕入れたんですが、どうもウチのお客には価格が合わなかったらしくて、しばらく在庫のままになっていたんです。もし、この車両でよろしければ多少お値引きさせていただきますし、別の色が良ければ取り寄せいたします。」
祥は楽しそうに店長の話を聞いていた。
「では、その自転車をください。」
「え? そんなすぐに決めちゃっていいんですか?」
「店長さんがそんなに熱心に勧めてくださるのだから、きっといい自転車なんでしょう。私は明日死んでもおかしくない体なので、何でもすぐに決めちゃうんです。」
何と返したものか答えようもないが、とりあえず購入するとのことなので、店長がまずは防犯登録の手続きを始めようとした時、店にふらっと男性が入って来た。
「祥、自転車は決まったかい?」
「ええ、あなた。これにするわ。」
幸太の父は店長から祥と同じ説明を受けると、唐突に言った。
「じゃあ、僕も1台買います。祥、一緒に乗ろうか?」
祥はまず徒歩10分のスーパーマーケットまで、
慣れると夫と
ところで、
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