第22話 Silver

夏休み最終日。


幸太は鈴木サイクルに来ていた。本当は美戸とどこかに遊びに行きたいと思っていたのだが、美戸は幸太のクラスメイトで幼馴染みの鈴木 リンの宿題を見るのに忙しくて、それどころではなかった。


祖父の喫茶店の手伝いのアルバイトで、幸太はある程度まとまったアルバイト代をもらった。まずは母のさちにケーキを買うと、前から欲しかった自転車用のサングラスやバッグを買った。これまでは小さ目の帆布のリュックをホームセンターで買ったワンタッチバックルの付いたナイロンベルトでラックに吊るしていたが、買ったバッグは背面にフックが付いていてラックに引っ掛けてゴムのバンジーコードで止めるだけという簡便なシステムである。


それでも、まだお金は残っていて、幸太は何かペップのパーツを買おうと鈴木サイクルに来たのであった。


いつもはぶっきらぼうな店長だが、この暑さではあまり客が来ないのでヒマを持て余していたらしい。ざっと幸太のペップを点検すると


「何か不満はないか?」と尋ねた。

「何もないです。」


幸太がペップに乗るのは、片道15分の通学と日曜日のポタリングの時がほとんどである。ポタリング1回の距離は大体20〜30キロといったところで、通しで乗るのは1時間位であり、休憩も多い。それでは、あまり自転車に対する不満も感じることがないだろう。


「君は力を入れないで漕いでいるから、その乗り方だと部品は長持ちする。空気圧もちゃんと点検してるからタイヤも全然減ってないし、今時はPL法もあるから、ちゃんとしたメーカーの自転車はまずそうそう壊れない。特に君のペップはブレーキとか変速周りの部品はシマノだしな。」


「タイヤとかブレーキパッドは消耗品だから、いずれ交換が必要になるけど、他はまあ君が高校生の間は大丈夫じゃないかな。あえて言うならペダルがちょっとショボいのと、教科書の入った重いカバンをぶら下げているからリアラックは持たないかもな。」


「で、どうしたいんだ?」

「田中先輩と同じようにしたいです。」


正直な奴だな。店長は苦笑した。


美戸は自分のペップのパーツをシルバーのものに徐々に入れ替えている。美戸のペップのフレームはレモンイエローだが、ノーマルのパーツはほとんど黒で、それがちょっと鬱陶しく感じる時があるのだ。シルバーだと軽快感があって、クリーンなイメージになる。


昔は自転車のことを銀輪と言った位で、自転車の部品と言えばシルバーだった。もっと言うと、鉄のメッキかアルミのポリッシュ(磨き)である。


スポーツサイクルのフレームがカーボンが主流になって、逆にシルバーのパーツだと浮いた感じになるのと、コストダウンもあって自転車の部品はほとんど黒一色になってしまった。今、シルバーの部品を探そうとすると選択肢があまりないし、費用も高くつくのだ。


そんな訳で、美戸はハンドルは日東のFor shred bar、ステムとコラムスペーサー、シートポスト、シートクランプはリンの影響もあってアメリカのThomson にしている。ちなみにThomson とはアメリカのパーツメーカーで、アルミをCNC加工で削りだした高品質のパーツを供給している。


幸太のペップのフレームも明るめのブルーグリーンだから、シルバーのパーツの方が収まりが良いだろう。


「けっこう高いですね。」


Thomson のパーツの値段を見て、幸太は言った。これだとちょっと予算オーバーだ。


「まあ、ThomsonはMade in America だからな。でも国産の日東でも悪くないし、むしろ充分だぞ。」

「でも、、」

「あまり美戸のマネをすると、かえって美戸に気持ち悪がられるぞ。」

「日東にします。」


とりあえず、シートポストを交換することにして、幸太は日東のS65を注文した。


単純な奴だな。店長は笑いをこらえながら、問屋に発注の手配をしたのであった。

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