第4章 世界は変わらず容赦なく

第27話 因果は巡るよ何処までも


 休日。

 俺はアルルを連れて市街地まで出向いていた。

 目的はアルルの定期検診。タライフォールによる負傷の検査だ。

 過程のバカバカしさはともかくとして、現にアルルは記憶が飛ぶほどの衝撃を受けたわけだし、今現在もその記憶喪失は回復していない。

 実際問題、頭部に衝撃を受けるってのは怖いことだ。

 その場で何ともなくとも、数日して急に昏倒してそのまま死ぬ……なんてことも有り得る。


 幸い、この病院はこの辺りで一番設備が整っているし、改めて脳の精密検査も受けさせることにしたんだが、総じて、結構な検査時間が掛かることになった。


「ザッと二時間ぐらいか……」


 どうするかな。

 待合室やエントランスでひとり待ちぼうけってのもヒマだ。

 特にハマってるアプリがあるわけでもないしなあ……と、そう考えたところで思い出した。

 先日、玄蔵叔父さんからアルルにもケータイを持たせた方がいいと言われて、確認書類も渡されていたんだった。


 必要かといわれれば必要ではないが、今の時代、ケータイがあった方が良いのは確かだ。そもそもウチには据え置き電話がないし、いざって時に連絡つかないのは困る。

 アルル当人は関心がない風だったから先送りにしてたが、せっかく街まで出向いているんだしな。


 そう思い立ち、駅前にあるケータイショップを訪れた。

 店内の広告やパンフレットを適当にチェックしてみたが、最新機種とかに拘らなければ本体はそんなでもない。やっぱり問題は月々の利用料だ。

 ただでさえ叔父さんに頼っているしなあ。同居人でも家族割りとか利くのか?


 最悪、ガラケーなら超安く済むんだけど。


 無駄に頑丈そうな金属フレームのショーケース、そこに陳列された見本品を眺めながら、アルルに色の好みくらい確認しとくんだったなあ……とか考えつつ、契約カウンターに着いた。


「あ……」

「う……」


 同じく隣のカウンターに座したお客様とガッツリ眼が合う。

 黒髪カグヤ姫カットの少女、登河冬華。

 最近よく遭遇してしまうな。

 驚きに見開かれた黒瞳が、すぐに剣呑に細められて、それから微妙に気マズそうに逸らされた。


 ……参ったな。


 ここで黙って席を立つのは角が立つし、だからって〝やあ、登河さん機種変するの?〟とか気さくに話しかけても睨み殺されそうだ。


 ……さっさと用件を済ませるしかないよな。


 とはいえ隣にいられると気になるし、冷気だか殺気っぽい不穏な空気がビシビシ伝わってくる。

 ……もちろん、錯覚なんだけどさ。

 店員が振ってくる余計な説明やらはバッサリ断って、予め当たりをつけていた内容で迅速に決定。それでもそこそこ手間取ったけど。

 席を立った時には、隣の登河嬢はまだ手続き中だった。

 心労に駆られながらも店から出ようとして……。


 ……ふと、違和感を感じて立ち止まった。


 今まさに入店してきたふたり組の男。


 ひとりは黒いジャンパーにチノパン。暗色のニット帽。

 もうひとりは同じく黒のダウンジャケットにカーキ色のズボン。

 双方ともサングラスをかけ、マフラーとマスクで口許を隠している。


 怪しいと言えば普通に怪しい。が、この時期にそんな服装のヤツはいくらでもいるってのも確かだ。


 ただ、持ち物がハッキリと奇妙。

 ニット帽の男は潰れたスポーツバッグを三つも肩に提げ、ダウンジャケットの方は釣り竿ケースっぽい長物を左手に提げていた。


 ニット帽の男がジャンパーの懐に手を入れる。

 猛烈にイヤな予感がしたが、もう遅かった。

 取り出されたのは大振りなサバイバルナイフ。そのまま真っ直ぐに受付けのひとつに迫ったそいつは、カウンターの机にガツン! とナイフを突き立てて吼えた。


「このバッグにありったけの金と新機種を詰めろ!」


 一瞬の静寂。

 すぐにわき上がる悲鳴と喧騒。

 店内の数名が出口に駆けようとして、そこに立ち塞がるダウンジャケットの、その手に握られた刃に押し止められた。


「逃げるな。騒ぐな。斬っちまうぞ」


 マスク越しに呟いた低い威嚇。

 ダウンジャケットがぶらりと下げた右手、そこに握られたギラつく刃。

 こちらはナイフどころじゃない。刃渡り七十センチほどのゆるやかに反った刀身……日本刀だ。


 気圧され後退る客たち。

 女性客のひとりが恐怖に悲鳴を上げた。瞬間、剣刃が閃き、女性の二の腕から血がしぶく。


「騒ぐなってば」


 刀の男は面倒そうにボヤく。

 けど、痛みとショックで女性はさらに声を上げうずくまり、連鎖するように他の者たちが騒ぎ出した。

 刀の男は肩をすくめつつ、けど、どこか嬉しそうに刃を振りかざす。


「おいヒデ! 何やってんだ!」

「コイツらが騒ぐからだ」


 ナイフを構えた男の怒声に、ヒデと呼ばれた刀男は悪びれもせずに言い切った。

 それから、近場のひとりに切っ先を突きつけて警告する。


「騒ぐなよ。騒いだら斬る。けど……できれば騒いでくれ。そうすれば、遠慮なくブッタ斬れるからな」


 ぐるりと店内を見回して告げた男、ヒデ。

 横を向いた拍子にサングラスの隙間から覗いた眼、眠そうに細められその眼は言動の通り、狂気に濁っていた。


「おいヒデ! 無茶すんじゃねえッ! さっさと戴くモン戴いて逃げるんだよ!」


 ニット帽の男がナイフで周囲を牽制しつつ相棒に詰め寄る。

 対する相棒は深い溜め息を吐き出して……。

 そのまま、己のサングラスとマスクを外してしまった。

 あらわになった素顔は青年、まだ三十には届いていないだろう。やや不健康に蒼白く、覇気のない無表情。


「バカ! 何顔さらしてんだヒデ!」

「うるさいな。オマエこそヒデ、ヒデって、人の名前呼ぶんじゃねえよ」


 ウンザリとした呟きと、ズブリと肉が貫かれるイヤな音。

 ニット帽男の背中から刀の切っ先が突き出ていた。


「え? は……え!?」

「オマエ、騒ぎ過ぎ。騒いだら斬るぞって、そういうルールだから……ルールは守ろうな。それは敵も味方も絶対だ」


 ヒデは眼前で口から血をあふれさせているニット帽男を一瞥し、口の端を歪めると、居並ぶ俺たちをバツが悪そうに見回した。


「あー……と、斬るだけじゃなくてもふくむ。そのくらいは柔軟な解釈で頼むわ」

 

 いかにもやれやれと。

 そのまま力任せに相棒を蹴りつけ、突き刺した刀を引き抜いた。

 壁に叩きつけられて倒れたニット帽の男。その身体からたちまちあふれ出て拡がっていく紅い血だまり。


 店内に再び悲鳴が上がる。

 ヒデはウンザリと溜め息を吐いた。

 ヤバい! ……そう思った時には、すでに直近にいた中年男性に向かって剣刃が閃いていた。

 驚きへたり込んだ中年男性だが、それが幸いし、頭上ギリギリを刃がかすめて走る。

 刃が空を裂いた音は想像以上に鋭く、周囲を威圧した。


「……ルールを、守ろうな。騒いだらズバッといくよ。な?」


 ぐるりと切っ先を回しながら再度の警告をするヒデ。

 口の端を引き攣らせるようなその歪な笑みに、周囲の悲鳴がやみ、喧騒は嗚咽を堪えたさざめきに変わる。


 何が起きてる……!?


 乱入してきた強盗っぽいふたり組。

 けれどいきなりの仲間割れで片方は倒れ、残ったひとりは血まみれの日本刀を手に、さも途方に暮れた様子で周囲を見回している。


 その濁った眼差しが、見つめる俺の視線と重なった。


「ん? オマエ、そこそこ落ち着いてるな。オマエでいいや。窓のブラインド下ろせよ。で、入口閉鎖。今からこの店はクローズドだ」


 刀を物騒に揺らしながら指図してくる男。


 現状で逆らいようは……ないよな。


 俺は大人しく従ったのだった。


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