第26話 現代日本における女騎士についての分析と考察


 改めて、アルルが何者なのかを考えてみた。


 本名年齢出身不明。

 外見年齢は二十歳前後。

 金髪青眼、乳白色の肌をしているが、西洋人にしては細面で彫りが浅い顔立ちで……まあ、美人さんだ。

 日本人には見えない。けど、日本語が超流暢りゅうちょうで、むしろ外国語で喋ってるのなんて聞いたことない。

 自身を〝騎士〟だと称しており、現に金属製で本格的な騎士甲冑と金属盾に、長剣を所持して現れた。

 俺を守るためにきたと言い、親父……深空白斗の筆跡で〝息子を頼む〟と書かれたメモを所持。だが、不慮の事故でタライの直撃を頭部に受けて記憶喪失中。

 盾に刻まれていた奇妙な文字。その一節から〝アルドリエル〟を仮の名として使っている。


 そしてこの度、彼女が持っていた長剣が本物であることが判明した。


 現代日本において刃引きのなされていない金属製の刀剣の存在とは、どのような場合が考えられるのか?


 ……美術品として、ぐらいしかないよなあ。


 だが、所持は銃刀法違反だ。所蔵するのも届け出と認可が必要だ。

 日本国内において実剣を……しかも西洋拵えの諸刃剣を携行しているという状況はまずもってないと思う。

 普通に考えて、非合法なコレクションとして隠し持つぐらいしか有り得ない。なら、そんなものを携行して出歩くなんて、さらに有り得ない。


 そして一番の問題は、彼女は一度警察の取り調べを受けており、その際に〝所持している刀剣は模造品〟という結論を出されていることだ。

 だが、実際には模造品ではなく、本物だった。

 警察が鑑定をミスった? 考えられんだろう。

 なら、そもそも鑑定していないか……あるいは、


「あのロボコップが嘘をついているとか……だとしたら、むしろ未鑑定と虚偽の合わせ技っぽいな」


 つまり、戌亥刑事はアルルのことを正規に調べさせることなく、内々で処理したということになる…………のか?

 俺は小さく呻きながら、読んでいた資料本を閉じて本棚に戻した。


 今は昼休み。

 ここは学園の図書室だ。

 差し当たって近場で一番資料があるのがここだった。

 スマホでネットの資料を漁りながら、それっぽい資料本を流し読みしてみたんだが、考察の結論は以上の通り。


 結局、アルルが何者かはさっぱりわからない。

 ただ、あの盾に刻まれていたのはやっぱりルーン文字だったことと、あの表記ではってことは判明した。


「謎は深まるばかりです……って感じだよな」


 戌亥刑事を問い質してみるか?

 ……無駄だろうな。

 問い質して答えてくれるとは思えないし、そもそも真実を答えてくれる保証がない。


 逆に、アルルが持っていた剣が本物であることを、戌亥刑事が把握していなかったとしたら……マズいことになるだろう。

 可能性は限りなく低い。けど、ゼロではないなら、軽々には動けない。


 抱いた戦慄めいた怖気に、俺は自分でもあきれて苦笑う。

 彼女……アルルが俺の傍から離れる可能性を、こんなにも恐れることになるとは、ついこの間までは思いもしなかった。

 俺は気を取り直すために深呼吸をひとつ。


「……ねえ、深空君」


 ふと呼びかけられて顔を向ける。

 カグヤ姫カットの女生徒……登河冬華さんが腕組み仁王立ちしていた。

 端正な顔を相変わらずの仏頂面で曇らせ、ジッと睨みつけてくる。


 ……けど、向こうから声をかけてくるってのは、何だ?


 よっぽどの用件があるのか?


「……少し、話があるんだけど、いいかしら?」


 場所を移しましょう……って感じに視線を横に流すクールアイズ。

 人目を避けて何の話をするのやら……。

 ビビりながらも、俺は頷いたのだった。





 前にも言ったが、神之原学園の屋上は解放されている。

 そして、このクソ寒い時期には誰も好んで踏み込みはしない。たどり着くことさえできれば、人目を忍ぶには最適だ。


 ……けど、昼休みじゃあ移動の過程でどうしたって見られるよな。


 実際、途中で結構な人数とすれ違った。

 俺と一緒にいるとこを見られるのは、あんまりよろしくないと思うんだがな。

 先行する冬華嬢は気にしているのかいないのか、少なくとも見た目からは判断つかない。


 屋上に出れば、途端に吹き荒ぶ冬の寒風。

 冬華嬢は風に流れる長い髪をたまらず押さえながら、階段室の裏に移動した。こっち側なら風向き的にだいぶマシだ。代わりに日差しも陰るが、直で寒風を受けるよりはいい。


「……深空白斗から連絡があったって本当なの?」


 単刀直入だった。

 ここで変にしらばっくれてもしょうがないか。そもそも、しらばっくれるほどの情報でもない。


「一応、本当だ。間接的で曖昧にもほどがある内容だけどな。親父の筆跡で書かれた伝言を持ったヤツが現れただけだ。親父の消息は不明のままだし、そもそも伝言が本当に親父のものかもわからない」

「……伝言の内容は?」


 一瞬、俺は返答に淀む。

 改めて考えてもバカバカしいというか、フザケた伝言だ。


「……〝息子を頼む〟……」


「…………」


 俺が口の端を歪めたのはあきれから。

 だが、冬華嬢が眉根を寄せたのは……どういう感情からだろうな。


「……その伝言を持ってきた人は?」

「不慮の事故で記憶喪失中だ……いや、本当だぞ! 疑うなら誌訪署の戌亥刑事に確認してみろ」


 ただでさえクールな双眸が険悪に細められたのを、慌ててなだめて捕捉する。まあ、そりゃあな、立場が逆なら俺だってフザケンナって思う。

 しかし、それにしてもだ。


「……伝言の件、どっから聞いたんだ?」


「…………私のお母さんからよ。お母さんは、警察から連絡があったとしか言わなくて、くわしくはわからない」


 やや苦そうに顔を伏せる。

 その仕種でだいたい察しはついたが……。

 一応、確認はしとかないとな。


「それは〝それ以上は教えてくれない〟ってことか? それとも〝まともに話ができない状態〟ってことか?」


「……後者よ」


 キッと睨み返される。

 ……うん、まあ、もう少しやんわり訊こうかとも思ったけど、俺から変に言葉を選んで気づかわれるのも、それはそれでムカつくだろ?

 なら、回りくどいやり取りこそ互いに面倒だ。

 ともかく、登河母がそんな状態なら、問い質すのは無理だろう。

 ……警察から連絡、あるいは警察を騙った何者か……現時点じゃ可能性が飽和し過ぎてて絞れないな。


「そういうわけで、申し訳ないけど親父の行方はまだ不明だ。話はそれだけか?」


「………………」


「……他に話がないんなら、もう行くよ。あんまり一緒にいるのは、お互いに面倒のもとだ」


 踵を返したところで、

 背後の冬華嬢が、微かに息を吸う気配があった。


「……最近、少し考えてみたの。もし、あの事件の時、デパートで人質になっていたのが自分だったら、どうしただろう……って」


 いかにも喉からしぼり出したような声音。

 振り返れば、うつむき視線を落としている彼女の姿。


「……銃を持った犯人を相手に、私は何ができるだろう……もし、その銃が誰かに向けられたりしたら……自分に、向けられたら……その時、私はどうするんだろう……って、考えてみたの……」


「……それで? 何ができそうだった?」


 先を促せば、冬華嬢はゆるりと顔を上げた。


「何も」


 微笑とも泣き顔とも取れる曖昧な表情。

 もどかしい感情をどうにも持て余している……そんな感じの表情で、彼女はゆるりと頭を振った。


「何もできないと思う。怖くて、怯えて、きっと何もできない……」


「そりゃそうだろ。それが当然だし、それでいいんだ。そんな状況で、余計な無茶をするべきじゃない」


 ……だから、勘違いしちゃあいけない。


「極限状況で動くことができたからって、ウチの親父がスゴいなんてことはない。アイツはただ、命の意味を理解していないだけだ。目先の感情に先走って、後先考えてないだけの狂人だ」


 そうさ、重要なのは動いたことではなく、それがもたらした結果だ。

 アイツが余計なことをしたせいで、多くの命が失われ、多くの人が傷ついた。それこそが重要にして大問題。


「でも……」


 冬華嬢は何かを言おうとして、けど、言葉にできない様子で唇を震わせると、再びうつむいた。


〝……頭ではわかってる。理屈も承知してる。悪いのはあのイカレた籠城犯の男。でも……〟


 以前、彼女はそう言っていた。


 彼女は、本当は俺を憎みたくはないのかもしれない。

 逆恨み八つ当たりするのがイヤなのかもしれない。


 けど、それでも、そうせずにはいられない。


 頭でわかっていても、心がどうにもならない。

 心で思っていても、頭が納得してくれない。

 なら……。


「俺はあのバカを憎んでる。だから、アンタも憎めばいい。あのバカを、あのバカの息子である俺を、遠慮なく憎めばいい」


 それで少しでも気が晴れるなら、そうすればいい。

 そうしなければ堪えられないのなら、そうするしかないんだから。


 ……本当に、この世の中は世知辛い。


 俺は限りなく自嘲に近い苦笑で顔を歪めながら、今度こそこの場を立ち去ったのだった。


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