第16話 親の因果が子に報い


「……父は、まだ行方が知れません。連絡もないです」


 正直に話した。

 隠すつもりはないし、隠すようなこともない。


 ……あ、いや、正確には完全に連絡なしというわけではないが。


 傍らに立つアルル。

 一応、彼女は親父の消息を知っている可能性がある。


 雪江氏の視線が、アルルを捉えた。

 どちらが何を言うよりも先に、俺は一歩前に出る。


「ご用件は、父の消息を訊きにきただけですか?」


 アルルに注意を向けられると困るし、アルルが何かを話しても余計な面倒しか生まない。そう思い、俺に注意を引こうとしたんだけど……ダメだな、この台詞じゃ相手の注意だけでなく怒りまで引きそうだ。


 案の定、雪江氏はその目尻に険を浮かべて溜め息を吐き捨てた。


「……何その言い方……訊きにくるのがそんなにオカシイかしら? 貴方のお父さんは、ウチの人の仇同然よ。ねえ? その行方を知りたいと思うのが変かしら?」


「……いえ、家族の仇を探すのは当然です」

「ふん……そして、家族をかくまうのも当然ってこと?」

「……匿う?」

「とぼけないで! 知ってるのよ。貴方、警察に呼ばれたんでしょう?」

「……それは」


 事実を直球に説明などしたら、納得どころか神経を逆撫でしそうだ。何かもっともらしい言い訳をしないと。


「……アオツグ、この御婦人は……」

「……悪いがオマエは黙っててくれ……」


 小声で呼びかけてきたアルルを同じく小声で制する。

 ……けど、この距離じゃ小声でも意味ないよな。


「ねえ、貴方よね? 深空白斗の伝言を持ってきた女って……」


 雪江氏が眼光鋭くアルルを睨む。


 ……おい、待て、何でそんなことバレてるんだよ。


 ネットでそんなピンポイントな憶測が流れてたか? それとも単純に情報もれ? もれるとしたら警察か消防関係者、後は病院か?


 いずれにせよ、今はどこから知られたかは問題じゃない。


 深空白斗の手紙を携えて、俺を守りにやってきた女騎士。しかし、現在は記憶喪失中…………そんなバカらしい説明、正直に告げても何の意味もない上に、まず間違いなくフザケていると思われるだろう。

 ああ、本当、そんなこと考えるまでもないことなのに……!


「申し訳ない。わたしは記憶をなくしているのだ」


 真摯に謝罪してしまうアルドリエル。


 ……だから、黙っててくれって言っただろうが!


 眼前の雪江氏は、ヒクリと両の眼を見開いた。


「バカにしないで!」


 ヒステリックな叫び声。

 雪江氏は髪を掻きむしるようにして頭を振った直後に、ポケットから何かを取り出した。


 案の定、それは刃物。小振りな果物ナイフだ。


 ま、予想してた通りの展開だよな。どう見ても正気じゃなかったし、さっさと回れ右して逃げ出すべきだった。

 そんなのは、歴然とわかりきっていたことだけど……。


 ……正直、それもキリないっていうか、疲れてんだよな。


 俺はウンザリと溜め息を吐いた。


 眺めた視界には、憤怒と狂気のままに突き出されてきたナイフ。それが俺の腹に届く寸前に、目の前を金色の流線が流れた。


 金色の髪……アルルの長い髪。

 首の後ろでひと房に束ねられたそれが、ふわりと宙に弧を描いたのを視認したその直後には、彼女が雪江氏を地面にねじ伏せていた。


 ナイフを握った腕をひねり上げ、うつ伏せにした雪江氏の上に馬乗りになって抑え込んでいるアルル。

 一瞬の早業。あざやかのひと言に尽きる。


 ……こりゃあ、脳筋なだけの紅姫じゃ勝てるわけないな。


 そんな内心の軽口は、キッとこちらを睨み上げてきた青い瞳に射抜かれ断ち切られた。


「アオツグ……ッ!!!」


 怒声だった。

 いつもの穏やかな口調とは掛け離れた、怒りもあらわな声。昨日の飯時に上げたような狼狽の叫びなんて比じゃない声量。


 腹の底から張り上げ、憤りに震え濁った叫び。

 ニコニコとゆるい笑顔ばかり浮かべていた白い顔は激情に朱く染まり、強くしかめられた眉の下で、切れ長の双眸が鋭く睨み上げてきていた。


 それでも、その顔がどこか痛ましげに感じたのは……そうだな、彼女が俺を怒鳴りつけたそれが、あきらかな叱責だったからだろう。


 そりゃそうだよな。我が子がこのザマじゃあ、お袋様の怒りは当然だ。


「……悪かったよ……」


 俺はそっぽを向いて吐き捨てる。

 それは相変わらず、フテ腐れたガキそのままの態度で……。


 ……我ながら、本当に情けないことだった。


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