第15話 炒飯作れねえ母ちゃんなんかいらねえ


「やっぱり、母ちゃんの料理っていえばミソ汁とカレーとチャーハンだと思う!」

「ふむ、その辺は本に載っていたから、何とか作れると思うぞ」

「あまい、あまいぞアル姉! ミソ汁やカレーは家ごとに味が違うんだ。うちのミソ汁といえばこれ! って感じに。だから、アル姉のアル姉によるアル姉の味を作り出さないとダメなんだ!」

「……う、む。……頑張ってみよう」

「あ、でも昨日のコーンスープも超うまかったんでまた食べたい! あれはもう深空家のコーンスープと呼べるレベルだ!」

「そうか、良かった。苦労した甲斐があったよ」


 ノリと勢いで喋っている紅姫と、それを真剣に受け止めているアルル。

 俺はそんな彼女らの後ろ姿にのんびりついて行きながら……。


「……味噌汁とカレーはともかく、チャーハンは母の味なのか?」

「何言ってんだアオ兄! チャーハンをパラパラに作れる母ちゃんは神だと思う!」


 力説する紅姫。

 何かのネタか? まあ、追求しても人生の益にはならんだろう。


 四之宮商店からの帰り道。

 食材やら日用品やらをそれなりに買い揃え、差し当たって昼飯はどうしようか……という状況だったんだが。


「では、昼食はチャーハンを作ってみようか」

「やった! ……ああ、でもオレ、クラスの友達に呼ばれたんだよなあ」


 ついさっき誘いの連絡がきたようなのだ。

 兄と違って平和な交友関係を築けているようで何より。


「友達は大切にしろよ? 約束しといて、チャーハンのためにスッポカすとか最悪だぞ」

「……わかってるよ。ちょっと迷っただけだろ」


 迷ってたんかい。


「わたしもまだ上手く作れるかわからないからな。ベニヒメにはちゃんとパラパラに作れるようになってから食べてもらおう」

「……そっか。わかった。じゃあいってくる!」


 アルルに見送られながら、バス停の方へと走って行く紅姫。

 昨日は寝込んでたクセに、元気なもんだ。


 ひと息つく間もなく、今度は俺のスマホが着信した。


 ……メッセージ? ミカヅキのヤツだ。


〝【ミカヅキ】アオ、極マラ。おねがい〟


 何の話かと思ったが、これはネトゲの話だな。

 俺たちがプレイしてるオンラインゲームに〝極〟とつく高難度コンテンツのシリーズがあり、繰り返しマラソンプレイすることで手に入るアイテムとかがあるのだ。それを手伝えって意味だろう。


〝【アオ】いいけど少し待て、今は出先だ〟

〝【ミカヅキ】どのくらい?〟

〝【アオ】わかんねえけど。飯も食うから昼すぎくらいか?〟

〝【ミカヅキ】わかった。まってる〟

〝【ミカヅキ】まってるからな〟


 何だ? えらくグイグイくるな。

 アイツがそんなに欲しがってるアイテムなんかあったっけ?

 何にせよ、ふたりで挑めるコンテンツじゃない。人員確保のためにも賢勇にメッセージを送っとこう。コミュ障のミカヅキが人集めしているとは思えないし、できないから俺を呼びつけてるんだろうし。


「悪いアルル、ちょい用事ができた。このまま真っ直ぐ帰ろう」

「うむ、わかった」


 本当はもう少し村を回る予定だったが仕方ない。

 もっとも、この村の施設は四之宮商店の他はバス停と公民館くらいしかないし、実質ただの散歩だ。また今度でいいだろう。


 ススキの生い茂る河川敷沿い。

 そんないかにも日本の田舎な土手道を歩きながら。


 隣を歩くアルルがツイと顔を覗き込んできた。

 女だてらに俺と変わらぬ身長……というより少し高いくらいか? なので、目線はほぼ真横から。


「そういえば、アオツグは嫌いなものはあるか?」

「親父」

「……ああ、それは知っている。そうではなくて、食べ物の話だ」

「嫌いな食べ物は……あんまりないなあ。まあ、ゲテモノ系は普通にイヤかなあ。虫とか」

「ふふ、それはわたしも積極的に食べたくはないな」


 それは必要に迫られれば食えるということか? 俺は……やっぱ無理かなあ。田舎育ちだし虫そのものは平気だが、食うとなるとなあ。


「では、逆に好きなものはどうだ?」

「好きなもの……」

「うむ、好物があるなら、それを優先して用意できるようになろうと思ったのだが……どうだ?」


 改めて訊かれると……困るな。いや、好き嫌いがないのは、むしろ今まで良いことだと思ってたんだが……。

 こうして問い質されても応えられない状況というのは、逆に面白みがないヤツっていうか、心が寂しいヤツな気がしてきた。

 傍らを見れば、青い瞳が期待に輝きながら答えを待っている。


「……少し待て、今考えてるから」


 好きな食べ物が何なのか考えるって、それこそ何だって感じだが、俺にとっては難しいんだよ。これまで食い物なんて安さと手軽さでしか選んで来なかったからな。


 今まで食ったもんで美味かったもの……か、ああ、そうだな。


「オマエの作ったコーンポタージュは美味しかったな。あれなら、毎日でも作って欲しいくらいだ」


 うん、本当にあれは美味かった。

 ようやく応えられてホッとしつつ……。


 ……いや、この台詞は普通に口説いてるよな俺。


 見れば、傍らを歩く金髪さんの眼差しは変わらずに穏やかだった。

 

「そうか。なら、また作ろう」


 わずかに傾けた笑顔は、特に照れも動じもしていない。どこまでも柔らかで温かい、いつものアルルだった。


「…………」

「ん? どうした?」

「いや、オマエが美人だから見とれてただけだ」

「ふふ、母をからかうものではないよ」


 くすりと笑声をこぼす姿は、丸っきり子供のイタズラをたしなめるそれ。


 ……あれ?

 もしかしてコイツ、俺に対しての感情は純粋に母性愛だけなのか?

 本当に本気で、俺の母親役になろうとしてるだけ?


 だとしたら、あれだな、少し、いや、かなり恥ずかしいな俺。


 それはもう色んな意味でだ。勘違いしかけてたのもだし、そんなに親身に世話したくなるほど、俺が寂しそうに見えるってことだろう?

 多少……いや、だいぶショックを受けつつ。けど、それならそれで、むしろ健全なのかもしれないな……。


「アルル」

「うん?」

「これから一緒に生活するなら、食事の好き嫌いより重要なことがある」


 どうせ子供扱いされてるなら、気取ってたってしょうがない。

 そう思い、腹をくくった。

 俺の覚悟を察してくれたアルルも、表情を引き締める。


「うむ、それは?」

「家に居る時は、照明を消さないようにしてくれ」

「明かりを……?」

「とにかく暗くしないで欲しいんだ。寝る時でもだ」

「そういえば、昨日も一昨日も点けっぱなしで寝ていたな……」

「…………つまりな、その……」


 情けない話なのはつくづく思い知っているが……。


「俺は……、く、暗いのが……怖いんだよ」

「…………」

「子供の頃から、苦手なんだ……暗闇が」


 そっぽを向いて吐き捨てる。

 暗いのが怖い。

 それはもう、明かりなしでは夜にトイレにすら行けないレベルで怖い。

 わかってる。高校生にもなって何それ? と、俺も思う。思うけど、怖いもんはしょうがない。

 こんな情けない話、誰だって笑うだろう。


 けど……。


 恐る恐る盗み見てみれば、横の金髪さんは必死な様子でところだった。

 眼に涙を浮かべ、口許を押さえて爆笑寸前のアルドリエルさん。


 ……ああ、うん、そうだね。俺も他人事だったらそんな感じになると思います。


 けど、ちょっとだけだが、コイツなら笑わずに受け入れてくれるかもしれない……とか、期待していた自分が哀れになってきた。


「……そんなに可笑しいかよ」

「ぅ……いや、す、すまない。だって……」


 笑声を呑み込み、目尻の涙を拭いながら、アルルはなおニッコリと、


「そんなにシッカリしてるアオツグが、暗いのが怖いなんて……あまりにも可愛らしいじゃないか」


 可愛らしい……って。


「男がこの歳で可愛いとか言われてもな……」

「ふふ、そうか? でも……母が我が子を可愛いと思うのは、普通のことだろう?」


 子を慈しむ母そのままに、俺の頭を撫でてくるアルル。その手は本当に優しく温かくて…………安らいでしまう自分にこそ腹が立つ。


「誰だって苦手なモノぐらいあるだろう。オマエだって……」

「そうだな。記憶がないのでわからないが、わたしにも何か怖いものがあるのかもしれないな。けれど、わたしは暗いのは怖くない」

「……そうかよ」

「ああ、だから、暗闇から貴方を守ることができる」


 真剣な声音。

 見れば、青い眼差しが真っ直ぐに俺を見つめていた。

 それはあの夕刻のバス停で、俺を守ると誓った時と同じ眼差し。同じく真摯で真剣な瞳が、それ以上に優しい笑顔とともにこちらをジッと見つめていた。


「約束しよう。わたしは、貴方を闇に包みはしない」


 穏やかに静かに、そんな大仰なことを言う。


 闇に包む……とか、そんな大層な話じゃないっての。


 ただ、暗いのが苦手なだけ。普通に情けない、臆病と笑われて仕方ない程度のことだってのに。


 だから、俺は恥ずかしくなって、帰路を進む足を意識して早めた。


「……あ、待ってくれアオツグ」


 アルルが慌てて追いかけてくるが、俺は見向きもせずに黙々と歩を進め続けて────。


 帰り着いた我が家の玄関先に、誰かが居るのを目に留めた。


 中年の女性。これといった特徴のない。いかにも夕食の買い物にでも出てきましたって感じの、ごく普通の主婦って印象の人。


 ……だが、その顔には覚えがあり過ぎた。


 緊張に強張った俺に、傍らのアルルが怪訝けげんに双眸を細める。

 前方の中年女性はこちらに気づくと、微かに疲れた笑みを浮かべて呼びかけてきた。


「お久しぶりね、深空君」


「……どうも、登河のぼりかわさん」


 俺はカラカラに乾いた喉から言葉をしぼり出す。


 登河雪江ゆきえ

 神之原学園二年A組の登河冬華とうか……あのカグヤ姫カットの母親だ。

 つまりは、


「……あなたのお父さん、深空白斗はまだ帰っていないのかしら?」


 彼女は無表情のまま、ボソリと呟くように問いかけてきた。  


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