第14話 駄菓子屋は青春の交差点なのさ……って、婆っちゃが言ってた!


 明けて土曜日の朝。

 俺たち三人は散歩がてら買い物に出張っていた。


 やってきたのは四之宮しのみや商店。

 我が火尾木村に現存する唯一の商業施設だ。

 本来はただの駄菓子屋だったが、村民の要望に応える内にどんどん品揃えが混沌カオス化していき、今は雑貨屋となっている。


「コンビニで買える程度の品ならここで買える。……って、コンビニはわかるよな? アルル」

「もちろんだ。コンビニエンスストアの略称だろう?」

「……ああ……うん、そうだけど……まあ意味がわかってんならいい。ともかく、ここに置いてないものは隣町まで出向くか、注文するしかない」


「……一応、この店でもネット通販の代行とかやっとるのよ」


 のんびりと応じたのは店主のオトメ婆ちゃん。

 無数の品に埋もれたカウンターに座した、白髪に割烹着かっぽうぎ姿の小っこい老婆。俺や紅姫は幼い頃からの馴染みだが、この十年でだいぶシワくちゃになって体格も縮んでしまった。


「荷物の受け取りだけじゃなくてね、注文とか、支払いも……ほれ、電子マネーとかあるじゃろ?」

「婆ちゃんわかるのか?」

「うんにゃ、婆ちゃんはわからんから、受け付けるだけ。実際にパソコン動かすのはね、孫が代わりにやってくれとるのよ。この村は、スマホ持っててもネットはようわからんて人、それなりにおるからね。そこそこ需要あるの」

「へえ……ていうか、孫一緒に住んでたのか」

「住んどるのよ。二年くらい前からね」


 この店は奥座敷と二階が居住区になってるようだが、婆ちゃん以外の住人は見たことがないんだが。


「あの子はナイーブなの。だからぜんぜん外に出ないのよ」

「…………」

「婆ちゃん! これ二本もらうぞ!」


 アイスケースの前にいた紅姫が声を上げる。

 その手にはあんずの果肉をシロップ漬けにし、棒状の袋にパッケージされた駄菓子、あんずボー。


「凍らせたヤツな! 金はアオ兄が払う!」

「はいはい、六十円ね」


 紅姫の無体な宣言に、婆ちゃんも当たり前のように俺に支払い請求。

 まあ、十年以上繰り返されている日常だからしょうがない。俺は婆ちゃんに代金を渡しつつ、紅姫を睨む。


「この季節に冷凍の方かよ」

「だって凍らせた方が美味いだろ。はい、アル姉の分!」

「え、わたしに? 良いのか?」

「うん、オレのオゴリだ!」

「待てバカ紅、それは用語的にも道義的にもオカシイ」


 紅姫の襟首をつかもうとした手が、横から伸びてきた白い手に阻まれた。ゆるく添えられたアルルの手。見れば、ふにゃりと嬉しそうな笑顔を浮かべている。


「ありがとうアオツグ」

「……お、おう」


 ……わかってるならいいんだ。


 意図せぬ接触にうろたえてしまった。

 そんなやり取りに、婆ちゃんが何やら感慨深そうに頷いた。


「……そっちの別嬪べっぴんさんはアオ坊の彼女さんかい? はあ、アオ坊も彼女さんができる歳になったんだねえ」

「いや、違う。コイツは……」

「うむ、わたしはアオツグの恋人ではない。母だ」

「そしてオレの母ちゃんだ!」


 俺の訂正を半ばで掻き消して宣言するアルルと紅姫。


 婆ちゃんは、しばし首をかしげて、


「……そうかい。はあ、アオ坊とベニちゃんも、お母さんができる歳になったんだねえ」


 考えるのをやめた!?

 まさかボケがきてるわけじゃないよな?


 ちょっと心配になってきた俺の傍らで、アルルは冷凍あんずボーを口にして、ギュッと眼を閉じる。


「冷たい……けど、甘酸っぱくて美味しいな」

「そうだろ? オレは夏も冬もこればっかりなんだ!」

「本当にな。ところで何で俺の分はないんだ?」

「え? だってアオ兄の分は買ってないだろ?」


 お兄様は何を仰ってるのかしら? って顔で見つめてくる我が妹分。


 ……ふむ、コイツには兄の威厳を再認識させる必要があるな。


 説教モードを発動しようとした俺の眼前に、横合いからツイっとあんずボーが突き出されてきた。


「はい、アオツグ、わたしと半分個だ」

「…………」


 目の前のあんずボー。すでにアルルがかじりついたそれは、どうあがいても間接的接触を避けられそうにないのだが?


「母と仲良く半分個ですよ、アオツグ」

「いや、言い方の問題じゃなくてな……」

「……?」


 不思議そうに小首をかしげるアルルさん。

 ぜんぜん気にしてないのか?

 ……だったら、俺が変に遠慮してても仕方ないな。

 俺は差し出されたあんずボーをかじる。

 何か状況のせいか、いつも以上に甘ったるく感じた。


「どうだ?」

「いや、俺は食ったことあるから……まあ、甘酸っぱくて美味しいよな」

「うむ、これはわたしも好む味わいだ」


 アルルは無邪気に笑いながらあんずボーにかじりつき、再びこちらに差し出してくる。普通に回し食い状態だ。どうやら本気で気にしてないようだな。


「ここまでかじれば丁度半分個になると思う」

「意外に細かいな」

「もちろん全部食べてもいいんだぞ」

「そりゃどうも」


 別にそこまでガッつく気はないし、言われた通り半分個の位置でかじりついた。

 俺も駄菓子は嫌いじゃないし、普通に美味しい。が、やっぱりこの手の氷菓子は寒空の下で食う物ではないと思う。

 吹きつける風も相俟って、俺は寒気に身を震わせた。少々身体が冷えてしまったかな。


 ふわりと、俺の背後から被さってくる温もり。アルルが自分のコートの内側に包み込む形で抱き締めてきやがった。


「何のマネだ?」

「我が子が寒そうにしていたら、母として温めてやるのが愛だろう?」


 すぐ間近で微笑むもんだから、白い吐息が頬に触れてくる。

 ピッタリくっつかれたら確かに温かいけれど、それ以上に色々とやわこい感触が触れてきて困るんだが?

 特に背中に押しつけられてるデカいのふたつ、攻撃力が半端ない。一瞬でも気を抜いたら意識を持って行かれそうだ。


 心を無にしようと素数を数えていると、小さくて攻撃力皆無なのが前から抱きついてきた。


「オマエまで何のマネだ紅姫」

「兄が困っていたら、追い打ちをくらわすのが妹の愛だろう?」


 ニシシと笑いながらギュッとくっついてくる。

 字面はともかく、抱きつかれたこの状況はまあ、愛なのか?

 巨乳と貧乳に挟み撃ちにされてる俺に、カウンターの婆ちゃんが楽しそうに笑声をこぼす。


「あらあら、アオ坊はモテモテだねえ」

「……もういっそ、婆ちゃんもまざるか?」

「ホホホ、あと五十年若かったらそれも有りだったかもねえ」

「そりゃ残念だ」


 俺は苦笑いを返しながら……。


 ……ん?


 何となく視線を感じて顔を上げた。

 駄菓子屋の二階、窓越しに人影が見えた。が、すぐに引っ込んでしまう。婆ちゃんが言ってた孫かな?

 このゆるいラブコメみたいな状況を見られたか? ……それは少し、いや、かなり恥ずかしいな。


「……いい加減に離れろオマエら」

「ん? 何でだ? アオツグ」

「何でだよ? アオ兄」


 アルルは寂しそうに、紅姫は不満そうに、

 ……いや、ぜんぜん離れる気がないオマエらこそ何だよ!?


 婆ちゃんはそんな俺らをニコニコと眺めながら、


「仲良いねえ……うん、仲が良いのは……良いよねえ」


 その笑顔は、少しだけ寂びそうに陰っていたのだった。


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