第13話 封魔忍者 封魔 三太夫

それから、何時間が経過したのだろうか、俺はそのあたりの記憶が曖昧あいまいだった。


恐らく甕の中で数時間が経過していたに違いない。


5歳の子供が我慢できる限界をゆうに超えていた。


頬を伝う涙の跡。声を出そうにも


あまりの恐怖と重圧感。


甕のひび割れた隙間からジッと見ていた。


父と母の最期の姿も。


イシャの身体から発せられる冷気が、5歳の身体を否応無いやおうなく金縛りにした。


いつのまにか俺は甕の中で気を失っていた…。




「甕の中に生き残った者がいるぞ」


耳の遠くで誰かが叫ぶ声が聞こえる。


叫んだ声を聞きつけた者が家屋の中に集まり始める。


「どうした。何か見つけたのか」


「小太郎様、古いかめの中にわっぱが1名おりまする」


声で気を取り戻した俺は、隙間から外を覗く。


扉の向こうから朝日の柔らかい光が差し込んでいた。


逆光を背に、黒装束に身を包んだ人影がスッと家に入ってきた。


左脚の横側、膝上あたりに光る大きな輪のような物を付けている男だった。


その男は、俺が隠れる甕の中に手を入れると、

猫の首根っこを、むんずと掴むように、5歳の身体を軽々片手で掴み上げた。


それが俺と封魔忍者の頭領であった封魔 小太郎との出会いだった。




時が過ぎて、あの惨劇と頭領との出会いの時から

20年の歳月が流れた。


猪助は、嫌な事を思い出したと、と我に返った。


そして、隣でいびきをかく正東風まごちの腹をそっと撫でて起こした。


「正東風、ゆくぞ」


眠い目をこすりながら、正東風が状況を思い出し、無言で頷く。


それから二人は、また猪助を先頭に木々の生い茂る山道を駆け始めた。



二人は、それから二晩で里の近くに辿り着いた。


正東風は、やっとたどり着いたと言わんばかりに膝に手を置き


山の中腹の見晴らしがよい場所から、里を見下ろした。


幸いにも、封魔の里はまだ魔族の侵攻を受けていると思われず、夕暮れかかった黄金色の空に染められた里からは、無数の夕餉ゆうげの煙が立ち上っていた。


「飯のいい匂いがするな、正東風」


匂いをゆっくり胸に吸い込んだ猪助が呟いた。


「猪助さん、腹がすきました。早く里に戻りましょうよ」


匂いで最後の力が沸き上がった正東風が猪助よりも先に駆けだした。


「猪助さん、早く早く」


正東風は時折、振り返りながら猪助を手招きする。


猪助は只々、その光景を心寂しく感じていた。


〈あの時、父と母が生きていてくれたら、俺もこうして父と母を呼んだのだろうか〉


たった五年で奪われた父と母との生活。


猪助の心に一生涯、影を落とすわびしさ。


里の優しい人々に囲まれていても、

猪助の心の片隅にあるきっと消えない孤独な闇。


〈魔族をのさばらせてはいけない...〉


猪助は心により一層深く、その気持ちを刻み込みながら、速さを増した正東風の背中を追いかけた。





里に入ると正東風は、真っ先に一番奥にある小太郎の屋敷を目掛けて駆けていく。


「正東風、夕餉は後だぞ。先ずは親方様と会ってからだ」


慌てて、猪助が正東風を大声でいさめた。


その声に呼応して、違う声が横から飛んできた。


「猪助、正東風、無事であったか」


すらっと伸びた背丈に、日に焼けた肌が屈強な体躯を一層際立たせる男が走って駆け寄ってくる。


「三太夫兄さん」


猪助がその声の人物を、立ち止まって迎えた。


兄弟子である封魔 三太夫さんだゆうであった。


「猪助、お前たちも今戻りか」


太い眉毛の下にある瞳が、力強く猪助の目を捉えた。


「ええ、兄さん。私と正東風もつい先ほど里に戻りまして、


これから親方様にお会いするところでございます」


「そうか。ならばワシも一緒に向かおう。

ワシも今しがた戻ったところだ」


元気が有り余る様な大きな声で三太夫が猪助の両肩をグイっと鷲掴みにし言った。









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