第4話

「あ、そういえば今井がさあ――」


「私、昨日さーやと――」


 なんて、女子の会話はいつも饒舌だ。なんで男に比べて話すのが巧いのか、不思議に思う。会話の中で日々牽制だとか攻撃が行われているなんて聞くが、本当に日常会話で情報戦染みたことをされては、もし俺なら精神がもたないと思う。まあ、正直こんなのは女子を特別視した為に起きた噂程度のものだろうけど。

 そんな会話に、天町さんはあくまで明るそうに元気よく、返していた。でも、やっぱりその元気は心からではないのだと思う。その会話が寧ろ、天町さんの邪魔をしているとさえ思える。

 やっぱり、無理矢理友達なんて作る必要はない。そんな無理に表情を作る必要があるのなら、嫌われたほうがマシではないか。俺ならそう考える。

 案の定、会話が終わったあとに天町さんは誰にも見えないように(俺には見えていた)小さく溜め息を吐いていた。


「江草くん。帰ろう」


「いいよ」


 天町さんは、何もなかったかのようにして、俺に話しかけてきた。


「今日も河原行こうよ!」


「そうだね」


 天町さんは、普段ギターを持ってきていないので、いつも一度家に帰り、ギターを取ってから河原へ行く。まだ俺は天町さんがギターを弾く姿を見たことがない。

 今日も昨日と同じように、ギターを取りに帰って、そしてギターを弾くことなく時間が過ぎていく。

 そこで聞こえてくるのは、歌声でもギターの音色でもなく、惰性のまま行われる会話だけだった。正直、付き合わされている身としては、うんざりはしないものの、このままでいることの不安を感じた。


「それでね、最近面白い芸人が――」


「なあ、そろそろ少しくらいは弾けないの? あっ……」


 思わず口に出してしまった。口を紡ごうとしたが、言ってしまってはもう遅い。


「あ、えと……ごめん」


 愛風さんは相変わらず笑ってはいたが、声は小さかった。

 俺は少し焦って、何かいいわけになることを探して、無理やり言葉を繋げようとした。


「あ、いや。謝る必要はないよ。少し、天町さんが無理してないか心配になってさ。……よかったらさ、少しだけギターを弾かせてくれない?」


「うん。いいよ。江草くん練習してるんだもんね。聞きたい聞きたい!」


 ひょいと手渡されたギターは、思ったよりも大きくて、少し重たい気がした。そして、新品の真っ白たピックを持って、ギターをかき鳴らした。


「あ、森のくまさんだ」


 俺の下手くそなギターの音が河原に響き渡った。ブツブツと途切れる音、たまに起きる不協和音。まあ、ひどいものだった。

 だけど、一瞬でそんなものは気にならなくなった。

 聞こえてきたのは透き通るような、鮮明に聞こえる歌声。それは天町さんの歌声だった。河原を通る人が全員振り返ってしまうような、人どころではなく動物が、芝生が、石ころが聴き入ってしまうくらい。それくらい魅力的な歌声だった。


「歌、流石だね」


「そんな。バンドを諦めるような人の歌声だよ。流石なんて――」


「いや、そんなことないよ。それにきっと、天町さんならまた始められる」


 適当で、根拠なんてない言葉だ。それは、天町さんだって気付いているだろう。でも、天町さんは笑顔だった。


「ありがとう。それにしても、ギターの上達が早いね。かなり頑張ってるんじゃない?」


「努力ってほどじゃないよ。教えてくれる人が厳しいだけ、それに丁寧に教えてくれるから」


「いい人に会ったんだね」


「初対面でギター教えようとする変なやつだけどな」


 家のものとはいえ、勝手に売り物をくすぶってきて、平然と家で食べるようなやつだ。変な人というより、非常識なやつだ。バンドをやっているやつらは変わり者しかいないのだりうか。


「そうだ、天町さん。もう一回歌ってくれない? とは言っても、同じ曲しかできないけど」


「いいよ! 久し振りだから、いくらでもエネルギーは有り余ってるよ!」


 そう言って、またジャカジャカと弾いて一緒に歌った。下手くそなギターを弾いている、と近くを通った学生に笑われた。何匹かの赤トンボがギターに止まっては離れていった。そして、雲はゆっくりと流れていった。川はきらめくように流れ、風が音を乗せ揺らめく。目の前で起きている全てが音楽に合わせて動いているような気分になった。


「ねぇ、私がまたギター弾けるようになったらさ。江草くんも音楽、始めようよ」


 弾き終えたあとに天町さんが呟いた。


「もうギター弾いてるけど」


「ううん。そうじゃなくて、曲作って、歌うの」

 

「曲なんて難しそうだけど。それに、全く経験ないし」


「大丈夫、私が教えるから。そうだ! 詩を書いてみてよ」


 天町さんがペンを持ち、宙をなぞるような仕草を見せながら言った。


「詩?」


「そう。まずは詩を書いてみようよ。そしたら作曲は私と一緒に作ろう。簡単に作るだけなら時間は掛からないから」 


「歌を作る。か」


「自分の手で作るって楽しいよ」


 確かに、自分の手でものを作るというのは、普通では手に入らない楽しさがある。小説を書いていた時もそうだった。達成感に近いが、それとはまた別の、心が満たされるような感覚だ。勿論、断る必要などない。

 

「……にひ」


 天町さんは、表情を崩して、にへらと笑った。


「なんだよ。その笑い方」


「いやぁ、なんでも」


 なんて言いながらも、表情はそのまま、締まりのない顔で笑っている。多分、俺が断らないことを分かっているのだろう。その顔を見ていると、体から力が抜けそうになった。


「はぁ。じゃあ、そうだな。少し詩を考えてくるよ」


「うんうん。今回はね、いきあたりばったりでやってみようと思うんだ。だからね、自由に書いて欲しい」


「それって、グダったりしないかな。例えば、曲と詩が合わなくて、何度も何度もやり直したりとかさ」


「それも音楽だと私は思うな。そして! その過程の中で……私はもう一度ギターを弾く」


 俯きながらも、でも言い切った。天町さんは変わろうとしている。俺があった時は行動に移せないでいたが、自ら行動せざるを得ない場所へ向かおうとしている。


「そうか。そうなると、詩を書く方も大変そうだ。ギターを弾けるようになるキッカケにも関わりそうだし、真面目に考えないと」


「そういうのは考えないで、ただ思うように考えてみてよ。直感で、自分の感じたままに」


「俺のその考えを取り払えなかったら」


「それは、つまりそれが江草くんの感じたことなんだよ。取り敢えず、まずは書いてみて。江草くんならきっといい歌詞が思いつくよ」


「うん、俺なりに考えてみるよ」


 小説に関しては、ファンタジーだとか、青春ラブコメだとか、いろんなジャンルに手を出してきたが、歌詞を書くだとか、短くまとめる文章は書いたことがなかった。まず音楽をやろうなんて、毛頭にも思わなかったし。

 だから、作り方なんて全く知らない。まずは歌詞がどんなものなのか調べなければ。

 俺は家に帰って早速、自分の最近聞いている歌の歌詞を読んでみた。韻の踏み方だとかを適当に参考にして、それからまず書いてみた。

 

「なんか、とまるなぁ」


 やっぱり、物語ではないが、なにかプロットみたいなのは必要なのだろうか。何を基にして作ればいいのだろうか。

 そんな感じで、試行錯誤しながら歌詞をつく作っていく。やっぱり、不安がある。これ、グダってないかだとか、カッコ悪いポエムモドキになっていないかだとか。自分ではそれなりに書けたとは思うが、それでも人に見せる以上は、それなりに見栄えのいいものが作りたい。だから、少し心配だ。

 次の日もその次の日も、天町さんにアドバイスを貰いながら修正したり、変更したりしてひたすら書いていった。まだ見せるのは恥ずかしいので、歌詞を見せることはせず、何となく遠回しに聞いていた。そのお陰で、少しずつ、少しずつだが、自分の物になっている気がした。






「大分ギター、上手くなってきたんじゃない?」


「愛風さんのお陰だよ」


 初めて練習をしたときから、マメが出来るくらい練習した。まだ、2週間くらいしか経ってないけど、それでも前と比べて大分上手く弾けるようになった。


「趣味でやるんだったらこれくらい出来れば十分かな。あとは弾いてくうちに上手くなってくよ。あ、そうだ」


 愛風さんは外へ出てガサガサと、何かを探していたようだった。数分すると、愛風さんの手には一本のギターが握られていた。


「もう、使ってないギターで、倉庫の奥にずっと仕舞ってあったやつ。江草、ギター持ってないんでしょ?」


「いや、でもギターって高いんじゃ……」


「いやぁ、これは中古屋っていうか、骨董品店で見つけたやつ。4千円くらいで買ったやつだから(多分元値は15万くらいだけど……)」


 小さく呟いだつもりだろうが、はっきりと耳に届いた。


「え? 15?」


「たまーにいるんだよ。ギターの価値を知らない人がね。私もその時は初心者だから知らなくてさ。後で調べたら、結構良いやつだった」


「てことはこれを売れば」


「やめなさい」


 結構ガチで言われた。


「冗談だよ。大事に使う」


「弦とかは早めに買っておいたほうがいいよ。それ、ちょっと錆びてるでしょ」


「あぁ、全く手入れしてないのがよくわかる」


 本当はギターの弦なんか全くわからないが、多分埃被ってたしそうなのだろう。


「うっ……。まあ、大事に使ってやってよ」


 少し年季が入っているが、綺麗なギターだ。愛風さんが普段使っているギターと違って、色は薄めだ。大きさも少し小さめくらいで結構持ちやすい。


「そういえば、歌を作るっていうのはどう? 進んでるの?」


「まあ、歌詞はほぼほぼ完成。だいぶ時間が掛かったけど」


 勉強と小説を書く以外の時間は全て詩を書く方に時間を書けてきたから、なんとなく自信はある。


「そっか。いいじゃん。そのうち私達のバンドに勧誘……」


「なんでガールズバンドに入らなきゃならないんだよ」


「女装したら可愛いと思うけどな」


「嫌だね」


 抵抗しかない。てか、需要ないだろ、絶対。


「まあ、それとは別にさ。これ、渡そうと思って」


 一枚の渡された紙はどうやらライブハウスでのライブの告知らしかった。


「ライブ?」


「そう、私達のライブ。他にもいくつか出るんだけど、良かったら見に来てよ」


「是非行くよ」


「ありがとう。この日はバンドを結成した大事な日だから、見に来てほしくてね」


「そっか」


 バンドを結成した日に、どれだけ重みがあるのだろうか。きっと卒業式や、合格発表とはまた別の、特別な感情を抱くのだろう。それを、メンバーと共に共有する。なんだか楽しそうだ。


「てことは、夏休みに入る直前になるのか」


「そう! 夏休みに何か始めようってね。それがバンドの始まり」


「いいね。青春って感じで」


 俺じゃそんな輝いた思い出は作れなさそうだし、羨ましい。


「あはは、そう言われると恥ずかしいね。いっぱい練習していくから、楽しみにしていてね」


「うん。絶対見に行く」


「あ、そうだ。アイス取ってくる! あとラスクもう一袋」


 そう言ったきり、10分程戻ってこなくなった。その後、たんこぶを作って上がってきたとかきてないだとか。まあ、想像におまかせしよう。

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