50. 自分でできること

 わたしたち三人は、おじさんの車で姫神神社に帰ってきた。


 車の中で垣間見かいまみの術を使ってみると、ニオの体についた幽気はまだ少なかった。

 しかし、だんだんと増えているのは確実だった。


 わたしがニオを拝殿に招き入れている間に、のどかが入り口に神札みふだを貼った。

 これでわたしたち姫神さまに縁のある人以外は入れなくなる。


「……ところで姫神さま。それ、何ですか?」


「エレキギターです。こっちがアンプで、これがエフェクタなのです」


 じゃりーん。電気的な割れた音が拝殿に響く。


 みずうみの平穏をつかさどる音曲おんぎょくの神さまが、拝殿の静謐と緊張感をぶち破っている。


「琵琶が折れちゃったので、代わりにこれでみずうみを鎮めるのです」


 じゃりーん。


 鎮まる気がしません。 そして琵琶は折れたのではなく折ったのです。

 とは言えず、わたしはだまってうなずいた。


「さ、ぼくはここで見てるですから、二人で魂祓えがんばるですよ」


「姫神さまはやってくれないんですか?」


「そう簡単に神さまの手を借りちゃダメです。自分でできることは自分でやるですよ。いざとなったらぼくが代わるのでだいじょうぶです」


 ということなので、わたしとのどかはすぐに魂祓えを始めることにした。


 手早く祭祀の準備を整える。社務所で常装つねのよそいに着替え、大幣おおぬさと守り刀を祭具庫から取りだす。


 二人とも、あいかわらず装束はぶかぶかだ。

 わたしたちのサイズの水干すいかん狩衣かりぎぬを祭具店で発注してくれたのはつい昨日のこと。

 当然、新しいものはまだ届いていない。


 『御役目みやくめはあんたたちの成長を待ってはくれない』。


 みちるさんの言うとおりだった。


 急いで祭祀の準備を整え、姫神さまが見守るなか、のどかと二人でニオの前に立つ。

 のどかは守り刀を、わたしは大幣を振るい、幽気の御解みほぐしと御寧みやすめをおこなう。


 ニオをとりまいていた幽気は、しっかり消えてなくなった。


「よかった……」


 のどかは、ほっとした表情で守り刀を握りしめていた。のどかが神業みわざをもちいるのは、これが初めてだ。


 それからは一時間ごとに二人で魂祓えをくりかえした。


 お昼ごはんはその合間に拝殿で食べた。

 ニオを外に出すわけにはいかないので、朝ごはんの残りや買い置きの缶づめで、とにかくお腹をふくらませた。


「これはこれで楽しいよね。台風で家に閉じこもってるときみたい」


「しずかはお気楽でいいなあ」


 のどかが呆れた顔をする。


「しーちゃんといると、みょうに心強いよね」


 と、ニオが苦笑いを浮かべる。


「明るくしてれば幽気なんて向こうから逃げてくよ! たぶん!」


 午後、魂祓えをしていない間、ニオはずっと拝殿で横になっていた。

 社務所から持ってきたお客さま用のふとんで、ニオは「うーん」と何度もうなりながら寝転びをうった。

 お手洗いは社務所にしかないので、そのときだけはわたしがニオについていった。


 外はずっと凪いでいる。


 風がないと、いつもは清澄な境内も少しだけにごった感じがした。

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