第14話 劇薬となる

 会社から脱出したマコトの目に映ったのは、立ち昇る幾つもの黒煙だった。



「火事が起きてんのか……なんで……」



 思わず疑問を口にしたマコトの耳には、悲鳴や爆音のようなものが届いており――



「く、来るな! 来るんじゃねぇッ!」


「あああぁあああっあああ……」



 悲鳴がした方向。

 その方向に視線を向けて見れば、松明振りかざす男性と、松明の火に身を焦がされながらも歩みを止めない欲人の姿が目に映る。



「だから火事が起こってんのか……」



 つまりは、至る所でこのような行為が行われており、歩く火種と化した欲人によって、幾つもの火災が引き起こされていることをマコトは理解することとなった。



「そこの人! 狙うなら頭だ! 頭を狙え!」


「あ、頭を? む、無理だよ! し、心臓なら!」


「くそっ!」



 マコトの助言を無視し、男性は心臓を――実際には狙いを外し腹部へと右手に握っていた包丁を突き立てる。

 それを見兼ねたマコトは、二度、三度とアスファルトを蹴り、火種と化した欲人との間合いを詰めると――



「悪りぃ」



 謝罪の一言を述べると共に、頭部の中ほどまで埋まる一撃を振り下ろし、欲人は断末魔の呻き声をあげながら地面へと崩れ落ちることになったのだが……



「ひ、人殺し……」


「あ、あいつ躊躇なく殺しやがったぞ……」


「え、映画の世界じゃないんだからよ……」



 その光景を見た助けられた男性――もとい、周囲から様子を窺っていた人々の反応は宜しくないようだ。


 しかし、それも仕方がないことなのだろう。

 彼らの中では、欲人ではなくあくまで人間という認識なのだ。

 勿論、中にはゾンビという言葉を思い浮かべており、マコトの行動が正しいと考える者も多く居たのだが、その事実を必死に飲み込もうとしている最中なのだから、マコトに対する反応も厳しくもなる。


 とはいえ、少数ではあるが、マコトの行動を見たことにより、覚悟を決めた者が居たことも確かなのだろう。



「あ、アイツに対して火は使うな! 襲われたら頭を狙え! 良いか! 頭を狙うんだぞ!」


「あ、頭だな! ふぅ……これはゲームだ。ゲームだと思い込むんだ俺」



 遅い来る欲人の頭を狙い、攻撃を仕掛けようとする者がちらほらと見受けられるようになって行く。

 それは、立石と吉岡、安田と共に行動していた女性達も同様のようで――



「お、小野屋君だけに任せてちゃ駄目だよね!」


「そ、そうっすね! や、やってやるよ! 初代はナイフ縛りでクリアしたことだってあるんだ!」



 マコトと行動を共にしていた全員が、覚悟を決めるようにして武器を握る手にグッと力が込めた。



「マコト君……マコト君か……安田を地面に転がしたマコト君格好良かったな……ふ、ふふふっ」



 若干一名。マコトに向けて熱のこもった視線を向けてはいたが……

 ともあれ、全員の覚悟が決まったのであれば、会社へと戻り、欲人を排除して安全地帯として確保するという手を打つこともできる。


 が、確保したところでこの場所の――バリケードにより要塞化したこの場所の安全を確保できなければ、いずれは欲人の侵入を許すことになるのだろう。


 そのように考えていた立石や吉岡、マユキ達女性陣は――



「俺はこの状況をどうにかしたいと考えてるんだけど……どうする?」


「ぼ、僕は小野屋君に付いて行くよ!」


「お、俺もだ!」


「ふふっ……マコト君に良いとこ見せなきゃ」




 マコトの質問に対して同行の意を示し、それを確認したマコトはマユキの精神状態を不安に思いつつも、悲鳴の聞こえる方へと歩みを進めることにした。







「立石さん! 確か駅前の地下駐車場に死体は安置されているんですよね!?」


「そ、そうだよ!」



 マコト達は、悲鳴の聞こえる方へと駆けては欲人を処理し、幾体もの欲人を処理しながら駅前の地下中駐車場へと向かっていた。


 その道中、襲ってくる欲人はマコトが。

 優雅に晩餐を楽しみ、こちらへと意識が向いていない欲人は立石や吉岡、マユキ達女性陣が処理していたからだろう。

 

 覚悟は決めたといっても、元は人間であるという認識が強い為、相当な精神的負荷になっていたようで、その顔色を見れば、あまり優れた様子ではない。



「マコト君! これで四体目だよ! 見ていてくれたかな?」


「す、凄いっすねマユキさん」


「ふふふっ、凄いでしょ~」



 まあ、中には例外も居るようだが……

 とはいえ、この例外はあまり良い兆候ではないとマコトは考えていた。

 恋仲である人物が殺されたことや、安田に与えられた精神的苦痛。

 そんな安田の手からマユキを救い出したからこそ、自分に対して恋愛感情――依存に近しい恋愛感情が向けられているのであろう。と、察しが付いており、マユキの精神状態が不安定であると確信していたからだ。


 従って、マコトは好意を受け止めることはできないと考えつつも、マユキの精神状態を考えれば素っ気ない態度を取る訳にもいかず、どう対応するのが正解なのか分からないまま、実に曖昧な返答と笑みを返してしまった訳なのだが――



「え、駅前に着いたのは良いけど……お、小野屋君! あ、あれ見て!」



 などと考えている内に駅前へと辿り着いてしまったようで、立石が声を荒げながら地下駐車場のある方向を指差す。


 

「あそこが最前線って訳か……」



 マコトが指の差す方向へと視線を向けると、そこに在ったのは数台の車でできた急ごしらえのバリケード。

 その手前側で火炎瓶や石を投擲する十数名からなる人々と、急ごしらえのバリケードを乗り越えようとする、ゆうに百を超える欲人の群れだった。



「くそっ! それじゃ駄目だ! 頭! 頭を狙――」



 応戦する人々を見たマコトは声を荒げて助言をする。

 


「んなことは分かってんだよッ!」



 が、マコトの声はそのような声に遮られ、代わりに「パンッ」という音が周囲に響いた。



「流石おやっさん!」


「まさか獣以外を撃つことになるとはねぇ……なんまんだ、なんまんだ」



 そう言って念仏を唱えた老人の――いや、今の時代老人と呼べるのかは怪しいところだが、六十代半ばの男性は両の手を擦り合わせる。


 そして、その老人が直前に行った行動をマコトは見ていた。

 今まさに肩に担いでいる「猟銃」を使用し、欲人の頭部を見事に撃ち抜いて見せたのだ。 

 それに加えてだ。



「もしかし酒屋のおっちゃん? 岡崎さんですか?」


「おっ、ハイカラな髪のヤツが居ると思ったらマコトちゃんじゃねぇか! かぁ~、若い奴はそういうハイカラなのが似合うから羨ましいぜ!」


「言うほど若くはないんですけどね……」



 その猟銃を持った老人――欲人の頭部を撃ち抜いた岡崎ゲンジロウとは顔見知りでもあった。



「はっはっ! まだ三十路前だろ!

俺が若けりゃマコトちゃんみたいに髪の色を染めても良かったんだけど……ん? 俺がその色にしちゃ、ただの白髪じじぃだな! がっはっはっ!」


「俺もいい歳なんでマコトちゃんはやめて下さいよ……というか、お変わりがないようで」



 マコトが気圧されていることからも分かるように、岡崎ゲンジロウという老人は快活であり、豪胆な性格であった。

 親指の付け根には星型のタトゥー、頭には折りたたまれたペイズリー柄のバンダナを巻いており、首元にはジプシーよろしくといった首飾りを提げている。


 では、そんなゲンジロウが猟銃を所持しているのかというと、酒屋の店主であり、大の酒飲みであるゆえに、酒の肴までも自分で調達しようと思い至った。と、いうのが理由になるのだから豪胆の一言に尽きる。


 そのような人物であるからこそ、マコトは幼い頃からの顔見知りではあるものの、なんとなく気圧されてしまい、若干の苦手意識を持ち合せていたのだが――



「世間話してる暇はねぇな! こいつら駐車場からどんどん湧いてくるぞ!

っていうか、マコトちゃんは「殺れる側」か? それとも「殺れない側」か!?」


「俺は……「殺れる側」です」


「正解だ! 平常性バイアスに糞喰らわせてやろうぜッ!」



 ともあれ、目下の問題は、地下駐車場から溢れ出てくる欲人への対応だろう。

 マコトはそう結論付けるとバリケードへと駆けよろうとする。



「直美! 裕也!」



 が、それよりも早く立石が駆け出し、バリケードを越えてしまう。



「た、立石さん!? な、何やってるんですか! 速く戻ってきて下さい!」


「課長ッ!! 何してるんすか!?」


「な、直美が! 裕也が歩いているんだよ!? 生きてたんだよ!?」



 立石が発した一言により、マコトは立石の奇行を理解してしまう。

 要するに見つけてしまったのだ。

 死んだ筈の嫁と息子の姿を。


 しかし、そう理解すると共にマコトは疑問を浮かべてしまう。

 何故なら、立石はここに至る道中で、欲人を処理して来た。

 欲人に生が無いことは十全に理解している筈なのだ。


 だというのに立石は奇行に走ってしまった。

 その理由を理解することはできるが、それでも理解できずにいると――



「おかえり! 直美! 裕也!」



 立石は涙を流しながら、両手を広げ、欲人と化した家族を迎え入れようとする。



「俺もこの異変でおっかあを亡くしちまったからな……

アイツの気持ちは分からなくもねぇよ……抱きしめた瞬間撃ち殺してやるのも、ある意味で慈悲なのかもしれねぇな……」



 立石の想いを汲み取り、慈悲の銃弾を与える為に猟銃を構えるゲンジロウ。



「俺は……ビビりだ……課長を助けたいのにバリケードを乗り越える勇気がねぇ」



 今にも泣きだしそうな表情を浮かべる吉岡。



「して、マコトはどうするつもりなのかのう?」



 ニヤニヤとマコトの出方を窺うアンジー。

 対してマコトはというと――



「なぁアンジー、もう一度聞くけど、俺と別れるのなら今の内だぞ?」


「ふむ、確か平穏な暮らしとか言うておったのう?」


「こんな世界での平穏だけどな」


「ふん、そんなものは欠片も要らんのう? 元より平穏とは程遠い場所に身を置いておったからのう」


「平穏とは? ……つまりはどうするつもりなんだ?」


「鈍いのう? 儂は何があろうとマコトに付いて行くということじゃ」


「……そうかよ。後で泣き言を言うなよな?」


「言うようなたまに見えるのかのう?」


「くくっ、確かに見えねぇな」



 マコトは覚悟を決める。



「見殺しにするくらいなら……俺がこの世界での劇薬で良い」



 自分が人類にとっての劇薬になる覚悟を――



「どけぇえええええええええッ!!」



 マコトは咆哮と共に、身体強化魔法を使用し、一躍でバリケードを越える。



「お、小野屋君!?」


「お前もッ! どけッ!!」


「ふぎゅ!? ひぎぃ!?」



 マコトは立石をバリケードの内側へと放り投げると、手のひら大の炎を灯す。



「爆ぜろッ! 【炎爆二爆】!」 


「お、おのやああああああああああああッ! やめろおおおおおおおおおおっ!! ソレは僕の家族なんだあああああッ!!」


「うるせぇッ! もう死んでんだよッ!! 【焔礫】!」



 立石の絶叫はマコトを制止するに至らない。

 マコトは一度目の爆発で裕也の頭部を、二度目の爆発で直美の頭部を奪うと、後方を振り返らずに次の魔法を使用して欲人の頭部を奪った。


 そして、そこからは惨劇だった。



「ぎぃいいいい……小野屋ッ! 小野屋ああああああッ!!」


「か、課長! 無理ですって! お、小野屋は魔法みたいなものを使ってるんですよ!? 勝ち目なんてないですよ!」


「それでも! それでも僕はッ!!」



 マコトの魔法によって、五体の欲人の頭が同時に割れる。



「マコトちゃん……そうか……昔から不器用な性格だったもんな」



 振り下ろした鉈を引き抜くことができず、身体強化魔法を施した右の拳で欲人の頭を砕く。



「マコト君……凄い……」



 歯の刺さった拳では、痛みの所為で碌に拳を振るうことができず、武器になりそうな物を見つけては拳の変わりに振るう。



「かっか、まるでいくさ場じゃのう」



 徐々に、徐々に欲人の数は減って行き――



「お前で……お前で最後だ……」


「あっ……ああああううぅつうう」



 倒れる勢いを利用し、最後の欲人の頭部をアスファルトで砕いたところで、マコトは地面に横たわって動けなくなってしまう。



「ば、化け物……」


「あ、あいつも……化け物の仲間じゃねぇのか?」


「ば、馬鹿! お、俺達を助けてくれたのは確かだろ? アレを上手く利用すれば良いんだよ!」


「な、なるほど!」



 マコトは、「もう少し小声で話せよ」と思うが、今は反論する余力もない。

 はぁはぁ、と呼吸をし、少しでも体力の回復を図っていると――



「今の内に殺しておいた方が良いんじゃないか?」


「あ、ああ……殺した方が良いかもしれないな」


「殺すんだよおおおおおおおッ! 直美と裕也を殺した化け物をッ!!」



 物騒な声がマコトの耳へと届き始める。



「か、課長! なに言ってるんすか! お、小野屋は課長のことを守ろうとして敢えて――」


「うるさい! うるさい煩い五月蠅い!」


「お、おい! そんなことしてないで早くアイツを!」



 一部の者達が武器を取り、マコトへと殺意を向けた瞬間。



「やらせる訳ないじゃろ?」



 アンジーは魔法を司る源である、魔力を練り始めるのだが――



「おい! こっちから来てるぞ!」



 パンッという銃声が響き、周囲の目はマコトとは反対の方向へと向けられる。



「ど、どこだ!?」


「!? あ、あそこの影に居るわよ! きゃああああ私怖い!! 早く! 早くアイツらをやっつけて!」


「ど、何処に居るんだ!? み、見当たらないんだが?」



 が、それは「今の内」に逃げろというゲンジロウとマユキからの合図であった。



「ふむ、どう転んでも良い結果にはならないと考えておったのじゃが……儂の勘違いだったようじゃのう」



 そんな二人の合図を受け取り、僅かに微笑みを溢したアンジー。

 


「ほれ、今の内に逃げるぞ? 歩けるか?」


「……肩を貸して貰えればな」


「んもぅ……仕方ないのう」


「わ、悪りぃ……」


「うひっ!? 首元で吐息を吐くでない!」


「し、仕方ないだろ?」


「あ、あひゅん!?」



 二人は人目を避けるようにして移動し、裏路地を通り抜けてバイクの元まで辿り着くのであった。

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